研究成果
 
 
荷電コロイド分散系に有効な新しいシミュレーション手法の開発に成功
 

電気泳動など、荷電コロイド分散系の電気流体力学現象を扱うことのできる新しいシミュレーション手法を開発し、世界で初めて、濃厚なコロイド分散系の電気泳動のシミュレーションに成功しました。その研究成果がPhysical Review Letters Vol.96, No.20 (2006)に掲載されました。
京都大学大学院 工学研究科 山本量一 助教授
 
 水などの誘電率が非常に大きい溶媒にコロイドと呼ばれるマイクロスケールの微粒子が分散すると、コロイド表面にある解離基からイオンが放出されて粒子表面は電荷を帯びます。放出されたイオンは粒子表面に静電的に引き寄せられますが、同時に熱揺らぎによって拡散し、コロイド周りに電気二重層とよばれる雲のようなイオン雰囲気を形成します。体系に外部電場を印加すると、コロイド粒子が静電気力によって移動する電気泳動と呼ばれる現象が起こります。この場合、コロイド粒子の運動は静電力学と流動力学の競合によって決定されることとなり、特にイオン分布が粒子の運動に追随することができずに球対称から歪んだ場合は回りのイオン分布に強く依存する様になります。

 荷電コロイド分散系では、溶媒分子やイオンの空間・時間スケールはコロイド粒子よりも何桁も小さく、典型的なマルチスケールの階層構造が存在しています。シミュレーションのスケールをミクロな溶媒分子やイオンに合わせてすべてを粒子として扱うことは原理的には可能ですが、大きく遅いコロイドの挙動を解析するためには天文学的な計算時間が必要になります。逆にマクロなコロイド粒子にスケールをあわせると、今度は現実とは乖離したモデルとなり現実との対応が希薄になってしまいます。

 戦略的創造研究推進事業のさきがけ「シミュレーション技術の革新とその実用化基盤の構築」領域における山本助教授のプロジェクトでは、新しいシミュレーション手法として大きく遅いコロイドを粒子として扱う一方、小さくて速い溶媒分子やイオンを連続体とするハイブリッド型分子動力学法を開発しました。粒子と連続体を併用することで、マルチスケールの現象を取り扱っていることが大きな特徴です。

 今回の電気泳動のシミュレーションでは、コロイド粒子・イオン濃度場・溶媒流動場の3つの自由度を、それぞれニュートン/オイラー運動方程式・移流拡散方程式・Navier–Stokes方程式を用いて同時に時間発展させており、流体力学や静電力学に起因する多体効果を近似することなく、効率の良い方法で直接数値計算して求めることで定量的にきわめて正確なシミュレーションを実現しています。まず1粒子(希薄系)の電気泳動についてシミュレーションを実行し、O’Brien–Whiteによる信頼性の高い解析理論と比較してこの手法が定量的に正確であることを確認しました。そして多粒子(濃厚系)についてシミュレーションを実行し、電気泳動度の粒子密度依存性を求めて、これまで信頼性の評価が困難であったセルモデルに基づく平均場理論との比較を行いました。その結果、コロイド粒子の密度が大きい領域でセルモデルの精度が著しく悪くなることを世界で初めて実証しました。この原因は濃厚分散系ではイオン雰囲気の重なり効果が顕著であるのに対して、セルモデルではそれを一切考慮していないことによるものと考えられます。

 山本助教授のプロジェクトで開発されたシミュレーション手法は、電気泳動などの電気流体力学現象を基本方程式に忠実に直接数値計算するシミュレーション手法です。電気泳動技術を用いた微粒子集積化プロセスや電子ペーパーのような電気泳動型表示デバイスの研究・開発において、今まで解析が困難であった不思議な現象のメカニズムを解明することが期待できます。
 
 
 +X方向に印加された外部電場によって、表面が負に帯電しているコロイド粒子(緑色)はイオン雰囲気を伴って-X方向に泳動しています。カラーマップは水平断面上のイオンの濃度(青:低濃度、赤:高濃度)、矢印は同じ断面での溶媒の速度ベクトルを表しています。