研究成果
 
 
電子状態の新しいシミュレーション法の開発に成功
- 実験的に不明な量子スピンと軌道の秩序状態を予測 -
 
新しく開発した経路積分繰り込み群法と従来の計算手法とをハイブリッド的に組み合わせたDFT-PIRG法を開発し、その成果がPhysical Review Letters Vol. 95, N.o. 17に掲載されました。
東京大学物性研究所 今田正俊 教授
 
 現実の物質中の電子の示す挙動をミクロなレベルから解明し、さまざまな物質の性質を第一原理的に予測できるような、信頼できる計算手法が開発できれば大きな波及効果が期待できます。基礎物理学上の新しい概念を発見し、未知の現象のメカニズムを解明することに貢献できる一方、次世代のエレクトロニクスの開発指針を得るうえでも役立つと期待できるからです。特に電子間のクーロン相互作用の効果の大きな、強相関電子系や強相関物質とよばれる物質群は、高温超伝導や巨大磁気抵抗などの目をみはるような未解明な現象によって、研究のフロンティアが次々に広がり、21世紀の物理学の基礎と応用にとって大きな魅力を提供しており、信頼のできる電子状態計算法が待ち望まれてます。

ところが、従来のすべての第一原理的な計算手法では、ある電子の挙動を計算するときに、他の電子は個々のふるまいをならしてしまった平均的な影響しか与えないとする近似を行なってきました。この近似は電子間のクーロン相互作用の効果の大きな、強相関電子系とよばれる物質群では定性的にも誤った結果を与えることが知られており、信頼できる計算手法は知られていませんでした。

戦略的創造研究推進事業のさきがけ「シミュレーション技術の革新と実用化基盤の構築」領域における今田教授のプロジェクトでは、新しく開発した経路積分繰り込み群法と従来の計算手法とをハイブリッド的に組み合わせたDFT-PIRG法という方法を開発し、強相関物質での精度の高い計算手法を手にすることに成功しました。

この計算手法の精度の高さは強相関物質であるの電子状態の計算に応用することによって実証されました。この物質は金属と絶縁体の境目にあって、わずかに絶縁体的であり、かつ磁気的には反強磁性という秩序状態にあると信じられています。しかし、従来の計算手法では良い金属を予想したり、磁気的に間違った状態である強磁性を予想したりして、実験事実を説明できる計算はありませんでした。

今田教授のプロジェクトの計算結果は初めて実験事実を定量的にも正しく説明し、さらにまだ実験的にわかっていないスピンと軌道の秩序状態を予測することに成功しました(図参照)。DFT-PIRG法を用いて、この物質に限らず他の強相関物質でも今まで正しく説明できなかった物性を説明することに成功しつつあります。
 
 
電子は空間に局在した粒子でもあり、また空間に広がった波としての性質も示します。この電子は固体中では、各原子の周辺で軌道という 異方的な「形」も持ちます。この軌道が規則正しく周期的に並んだ秩序 を示す場合があることが最近の大きな話題となっています。 今回、DFT-PIRG法によって、実験にさきがけて予測されているストロンチウム・バナジウム酸化物の電子が作る軌道秩序はこの図のように ストライプ状のパターンを示し、矢印で示されているスピンの秩序と絡んで、今まで知られていなかった新奇で複雑な構造を持ちます。A,B,C1,C2は 同じ形の軌道を分類わけしたものです。