発散しない量子波束は古典論との対応原理の問題として量子論の正当性が議論され始めた当初からの極めて原理的なテーマでした。その当時既にShrodingerは調和振動子の波動関数をコヒーレントに重ね合わせた波束の時間発展が古典的な粒子の運動に対応することを示しましたが、一方自然界の物質系では非調和ポテンシャルが普通であるため、その様な系で運動する波束は通常時間と共に発散してしまうことも早くから指摘されていました。
近年、モードロック短パルスレーザーの出現及びそのパルス波形整形技術などの著しい発展に伴い、私達の量子波束に対する理解が飛躍的に深まりました。と同時に、波束のダイナミクスを能動的に制御する試みが物理や化学の枠組みを超えて急速に展開され、今日では量子制御の中心的技術の一つとして利用されているのみならず、量子情報処理に応用しようとする試みも積極的に行われています。しかるに、本質的に位相の撹乱に対して脆弱な波束を長時間にわたり保持し制御する決定的な方法はいまだ確立されておらず、その類の波束の生成機構の解明並びにその制御の方法論の開拓は新しい量子制御の展開をもたらすことが期待される興味深いテーマです。
ごく最近、本研究者らが世界で初めて原子の励起状態を用いて生成、観測に成功した発散しない波束(図 1)はデコヒーレンスに対してロバストで長寿命(図 2)という特異な性格を持つと共に、原理的に高い精度で制御できることも明らかにされました。この“古典力学的”に振る舞う新奇な波束は実は非線形共鳴効果に起因すると考えられ、従って多量子準位系にごく普通に発現し得ると考えられます。これらの点に着目して、本研究では非発散波束の未知な性質を詳しく理解すると同時に波束の特異性を十分に活用した量子制御の原理実験を試みます。これらを通して様々な量子系に対する従来とは異なる立場に立った新たな量子操作技術の創出をめざします。 |