近年、量子力学の原理を最大限に活用した量子情報処理が注目を集めています。量子情報処理は、従来の古典力学的な情報処理では不可能・不得意な情報処理を可能にする全く新しい技術であり、新たな学際的研究分野を生み出す起爆剤となっています。また量子情報処理に関わる周辺技術の発展は、「量子もつれ」に代表される新しい量子現象の観測を可能にするなど、量子力学の深い理解に大きく貢献することが期待されます。
光は最も安定に量子コヒーレンスを維持するため、量子情報を伝送するのに最適な物理系とされています。しかし一方で光は止めておくこと(保存)ができない、互いに相互作用しない(量子ゲート操作が困難)といった欠点があります。従ってそれらの操作が可能な他の物理系に、光の量子状態を転写・保存し、意のままに操作・再生する“量子メモリ”の早期実現が強く望まれています。量子メモリが実現できれば、光による量子ネットワークや光量子コンピュータの構築に大きく近づくことが期待されます。また光と物質間での量子状態のやりとりが可能になれば、光を介して空間的に離れた物質間で量子もつれを形成するなど、従来にない物質の巨視的な量子状態生成が可能となります。これは量子物質光学と言うべき新しい研究領域が開拓される可能性を秘めています。
現在原子を用いた量子メモリの研究が先行していますが、デバイス化の観点から固体で量子メモリを実現することが望まれます。しかし量子状態は損失などによってすぐ劣化してしまうため、高い忠実度で量子状態を転写することは非常に困難であり、固体量子メモリを実現するにはまだまだ乗り越えるべき問題が山積しています。
本研究の狙いは、人工原子として知られる半導体量子ドットを対象として、光・量子メモリの実現に繋がる技術を創出することにあります。位相を高度に制御した超短パルス列によるフォトンエコー過程を利用することで、従来の電磁誘起透明化を用いた方式とは異なる新しい方式での量子メモリの原理実証を目指します(図)。さらに光非線形性を増大させるための手法と材料構造を探求し、微弱光領域で動作する量子メモリ実現の可能性を探っていきます。 |