中〜遠赤外波長域には、様々な分子振動の共鳴線が存在します。赤外分光やラマン分光によって振動スペクトルを観察すると、官能基の存在や分子の構造、さらには分子内・分子間の水素結合の強さなどを伺い知ることができます。さらに、赤外域の光パルスを利用した時間分解分光測定を行うと、分子振動の緩和現象をはじめ、プロトン移動反応や異性化反応などのダイナミクスを知ることができます。例えば、デオキシリボ核酸、タンパク質、水など、水素結合によってフレキシブルな構造をもつ分子系のダイナミクスを解明することは、生命現象の深い理解に繋がるという点で非常に重要です。近年、凝縮相中での分子振動緩和が100 フェムト秒という非常に短い時間スケールで起こっていることが、少しずつ明らかになってきました。このような超高速分子ダイナミクスを正確に計測あるいは制御するためには、赤外フェムト秒光パルス発生・制御に関する新しい技術の開発が必要です。事実、近赤外域や可視域と比べると、中〜遠赤外域での超短光パルス制御技術は、未だ発展途上と言えます。
本さきがけ研究の狙いは、中赤外域(波長 3-20 ミクロン)での超短光パルスを発生・制御する新しい技術の創出と、それを利用した非線形振動分光システムの開発にあります。非線形光学効果による広帯域な波長変換と赤外域での分散補償技術を開発し、バルス中の光電場が数周期しか存在しないような、高エネルギーサイクルパルス光波の発生を目指します。次に、中赤外パルスのスペクトル振幅と位相を任意に制御するパルスシェイピング技術を確立します。このようにして開発した光源技術を利用し、非線形振動分光システムを構築します。これにより、凝縮相における分子振動の緩和ダイナミクスを、非常に高い時間分解能で追跡できるだけでなく、異なるモード間の非調和結合の高感度な測定も可能になります。
本研究によって得られる光源技術や分子振動ダイナミクスに関する知見は、分子振動ダイナミクスの量子制御ほか、様々な応用に繋がると期待できます。 |