大阪大学大学院工学研究科物質化学専攻助教授の井上豪氏、同教授の甲斐泰氏、(財)大阪バイオサイエンス研究所(OBI)第2研究部門・分子行動生物学部門部長の裏出良博氏らは、炎症やアレルギーのメディエーターとして作用するプロスタグランジンD2(PGD2)をPGH2から作り出すヒト造血器型プロスタグランジンD合成酵素(H-PGDS)と、その新規阻害剤042との複合体の結晶構造を原子レベルで詳細に解析することに成功した。経口投与でPGDSを阻害できるアレルギー薬の開発に役立つ構造情報を得るとともに、アレルギーへのCaの関与を初めて構造生物学的に示した。この成果は、東京で開かれた日本化学会で、3月26日に発表された。
PGD2の受容体はCRTH2とDPの2種類が知られているため、PGD2の働きを阻害するには、受容体に栓をするアンタゴニストよりも、PGD変換酵素を阻害するブロッカーの方が開発しやすいと考えられている。井上氏らの研究チームは、兵庫県にある世界最強の大型放射光施設SPring-8のビームラインを用い、2.0オングストローム以上の高解像度で各種複合体の結晶構造の解明を進めている。酵素反応で重要な意味を持つ水素結合の場所を推定できるほどの高解像度で構造情報が得られるため、経口投与でPGDSの活性を阻害できる薬剤の開発に役立つ情報を蓄積できているわけだ。
今回、H-PGDSとの複合体の立体構造を解明した阻害剤042は、IC50=44nMという強力なPGDS阻害活性を有するチバクローンブルーのキノン部位だけを取り出して低分子化した化合物。医薬分子設計研究所が開発した。チバクローンブルーそのものは分子量が大きすぎるなど医薬品にはなりにくい。分子量を小さくした042は、PGDS阻害活性がチバクローンブルーの100分の1程度と低いため、042そのものが医薬品にはならないが、この活性低下の理由が今回の結晶構造解析で推定できるようになった。
経口投与で効く化合物の高活性化に活用
経口投与でアレルギーに効く薬剤の開発は、経口投与で抗ヒスタミンなどの効果を示すことが確認されている化合物HQL-79を基に進める考え。HQL-79はIC50=87μMと弱いながらもH-PGDSを阻害する。今回の成果が、H-PGDSの阻害活性の高い誘導体を開発するのに役立てる。HQLシリーズは、97年に創薬研究から撤退した住友金属(関連記事1)が創薬研究で作り出した化合物の名称。OBIは現在、HQL-79などの権利を有している。
PGDS阻害剤の開発は、OBIがこれまで蓄積した基礎研究の成果が実用化に役立つことを示す好例といってよいだろう。実際、大鵬薬品工業がOBIと共同でプロスタグランジンD2合成酵素阻害の開発研究を実施している(2001年度)。
今回発表した薬剤の設計に役立つ構造情報だけでなく、バイオテクノロジーを駆使した成果を相次ぎ論文発表している。ヒトH-PGDSを過剰発現させたマウスではアレルギー反応が促進されること、また反対にPGD2受容体の1つDP受容体をノックアウトしたマウスはアレルギー反応が少なくなることもOBIの研究グループが見いだした。
PGDS阻害剤は、異常な眠気の蓄積を抑制する居眠り防止薬の開発にも利用できる。PGD2は末梢組織ではアレルギーや炎症のメディエーターとして肥満細胞から放出される一方、哺乳類の脳内で産生される主要なPGで睡眠誘発や体温低下などの中枢作用があるからだ。末梢でも中枢でもPGD2はPGDSの働きでPGH2から作られるが、末梢と中枢とではPGS2生成に関与するPGDSの遺伝子構造がまったく異なる。末梢のPGDSは造血器型(H-PGDS)と呼ばれ、中枢のPGDSは遺伝子の相同性からリポカリン型(L-PGDS)と呼ばれる。OBI部長の裏出氏らは、ヒトL-PGDSを過剰発現させると、ゆっくりと気絶する睡眠異常マウスになることを見いだしていた(関連記事2)。L-PGDS阻害剤は、この睡眠発作を抑制し得る。(河田孝雄)
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