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生体情報フィードバックを用いたテーラーメードオンライン教育システム開発

  • テーラーメード教育
  • 学習支援
  • 意志力の定量化

細田 千尋

(科学技術振興機構 さきがけ専任研究者/東京大学 大学院総合文化研究科 学術研究員)

自らの情報を入力すれば、自身にとって効果の高い学習プログラムをすぐに受けられる未来が来るかもしれない。さきがけ研究者の細田さんは、脳の形の変化をはじめとしたさまざまな身体のデータから、学習の向き・不向きを定量的に判断する研究に精力的に取り組んでいる。さきがけ研究の成果を「テーラーメイド・オンライン教育システム」の実現につなげ、教育の向上に取り組みたいと細田さんは語る。

脳の構造と生体情報から学習のやる気を予測
個人に合った教育で三日坊主を防ぐ

情報通信技術の発展でオンライン教育は普及してきた。しかし、その大半は講義の配信にとどまり、学ぶ人それぞれに適した教育方法には工夫の余地が大きく残されている。さきがけ研究者の細田千尋さんはこの課題に、脳科学の立場から挑む。「学習を最後までやりきれるのか。学習を続けるには本人のやる気が大きく関わると言われています。機能的磁気共鳴映像装置(fMRI)で撮像した被験者の脳の構造画像から、課題への取組みを継続できるか否かを約80%の確率で予測できることがわかりました」。細田さんはこの発見を手掛かりに、多様な生体情報から個人差を抽出し、最適な学習方法の検討に役立てようとしている。

研究対象としているのは、英語やプログラミング言語の学習や、短距離走のスタートダッシュといった運動学習だ。細田さんたちは、東京大学駒場キャンパスにあるfMRIで、20歳前後の大学生被験者の脳画像データなどを集めてきた。「その人が学習を継続するか否かは、前頭葉の一部(前頭極)の体積やそこと脳深部を結ぶ神経線維連絡の状態から定量的に推定できます。学習を継続する人の脳に見られる構造の特徴は、何を学習するかに関係なく、共通している可能性が非常に高いです」と細田さんは学習における脳の構造変化の重要性を指摘する。

4か月間の英語語彙学習のオンライン教育プログラムを47人の被験者に課したところ、最後までやりきったのは24人だった。学習を最後まで行った被験者の脳の構造を学習前と比較したところ、右前頭葉が平均6%大きくなり、右前頭葉と尾状核を呼ばれる脳深部を結ぶ神経線維連絡も強化されていた。さらに1年後に再び測定すると、その後も学習を続けた人は変化した脳の構造を維持し、学習をやめた人は学習前の脳の構造に戻っていた。そして、学習において最後まで学習をやりきることができるかどうか、においては、前頭極の発達が鍵になっていることを細田さんは見いだした。

「1人ずつfMRIで撮像するのは大変です。fMRIで見なくても分かる生体情報がないか、探しているところです」。細田さんは、fMRIを用いずとも脳の構造変化を捉える方法として、前頭葉機能を調べる時に使う「ハノイの塔」に着目した。「ハノイの塔」とは、3本のくいが立っていて、一番左に円盤が積み重なり、1回に動かせるのは円盤1個、大きい円盤の上に小さな円盤は重ねられないというルールで、すべての円盤を一番右のくいに移して塔を完成するゲームだ。「このゲームを終えるのにかかる回数や時間を被験者自身に予測していただいたところ、実際にかかった回数や時間との差が大きい人ほど、学習の継続力は低いという、負の相関関係にあることがわかりました。前頭極は自分の客観的な理解(メタ認知)にも関わる場所とされているため、『ハノイの塔』の完成見通しに関する自己認識が、fMRIの代替になり得ます」。

細田さんが研究に用いる生体情報は、脳の構造情報に限らない。被験者の脳波や心電図、視線、脈波(心臓の拍動に伴う末梢血管内の血圧・体積の変化)をウエアラブルな装置で測るほか、並行して実施するさまざまな心理テストや知能指数(IQ)テストの結果も活用する。1回の実験で約80人、3年間で延べ400人近くもの被験者の生体情報を測定し、fMRIで撮像した脳の構造データと学習結果を比較する。細田さんはこうして、個人の特性に応じたオンライン教育の実現に向けた研究を進めている。

学習を続ける習慣をつけるにはどうすればよいのだろうか。「学ぶ環境次第で、前頭極が発達するかどうか、つまりオンラインでの学習が長続きするかどうかも変わる可能性があります。最後まで学習を続けさせるには、正解したことを何度も褒めることが効果的にはたらく場合もあれば、他の人と競争させたほうがよい場合もあります。学ぶ人の個性に合わせた教育が重要です」と細田さん。「英語学習に関する実験では、継続力がある人とない人でIQに差はみられません。継続力のない人に合った教育方法を考えることはこれから重要になるはずです」。

この研究は教育一般のあり方にも影響する。「学校教育からドロップアウトする人は世界的に多く、長年問題になっています。1つの科目ができないことがすべてのことに対して自己効力感をなくすことにつながり、非行やうつの原因になるというデータもあります。それを救う手だてとして、やる気を起こさせる学習の方法や教え方が大事です」と細田さんは言う。現在は大学生が対象だが、「発達段階の幼児や小中学生たちも研究したいですね。思考などをつかさどる前頭葉は10代半ばまでゆっくり発達します。教育を受けて脳がどう成長するかが能力を決める要素になると思います」と脳の発達と学習能力の関係に言及する。

脳の構造から学習を続ける可能性を判定する技術は特許として権利化した。「教育関連の企業とタイアップして実際に応用してみたいですね。子どもたちのドロップアウトを防ぐだけでも意味はあります」と応用研究にも意欲を見せる。ただ、この方法には倫理面での問題もある。「脳の画像は究極の個人情報で、不用意に公表することはできません。入社試験への利用などは社会的には受け入れられないでしょう。個人に関する情報は十分にプライバシーの保護がなされるべきだと考えます」。

*取材した研究者の所属・役職の表記は取材当時のものです。

研究者インタビュー

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研究について

この研究は、さきがけ研究領域「社会と調和した情報基盤技術の構築(安浦寛人 研究総括)」の一環として進められています。また、さきがけ制度の詳細はこちらをご参照ください。

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