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佐藤チーム
柳瀬 亘研究員が、
日本気象学会山本・正野論文賞を受賞

受賞者:柳瀬 亘(東京大学 海洋研究所 助教授)

受賞名:日本気象学会山本・正野論文賞

受賞対象論文:
Yanase, W. and H. Niino (2007) “Dependence of the polar low development on baroclinicity and physical processes: An idealized high-resolution numerical experiment”. J. Atmos. Sci., 64, 3044-3067.

授賞式:2009年11月26日

    
受賞理由:      
 ポーラーロウは冬季の高緯度海洋上に発生するメソスケールの低気圧である。極軌道気象衛星が打ち上げられ、その画像の入手が容易になった1960年代になって初めてその存在が知られた。数時間程度の短い時間に急発達し、激しい風と高波を生ずるため、海上交通や漁船にとっては防災上重要な擾乱である。ポーラーロウはさまざまな形態で出現する。代表的な形態としては、台風に似た目やスパイラル雲バンドを伴うものと、コンマ状の雲を伴うものがあるが、その中間の複雑な形態のものもある。その多様性に応じて、発達機構についてもさまざまな説が提案されている。ポーラーロウは暖かい海面上に寒気が流れ出したときに起きるために、その内部では活発な積雲対流が生じ、それに伴う凝結熱の効果がポーラーロウの発達には重要な役割を演じるということは共通認識としてあり、主な説としては、台風と同様なCISKないしはWISHEによるものと、準地衡風の湿潤傾圧不安定によるものとがある。しかしながら、どのような環境場で、どのような形態のポーラーロウが、どのようなメカニズムによって発達するかについては、これまで十分解明されていなかった。
 柳瀬氏は、ポーラーロウの環境場と形態・発達機構の関係を出来るだけ統一的にかつ定量的に明らかにするために、理想化実験を行った。用いたモデルは水平間隔5kmないし2kmの気象研究所/気象庁の非静力メソスケールモデルである。このモデルは積雲対流による凝結熱の解放をある程度信頼できる形で表現可能と考えられている。理想化実験では、冬季の高緯度海洋上の代表的な環境場において、温度風平衡にある傾圧場を与え、傾圧性の強さ、成層の強さ、平均温度などを表すパラメータの値を少しずつ変え、さらには初期擾乱の大きさや強さを表すパラメータの値も少しずつ変え、系統的に多くの感度実験を行った。
 その結果、ポーラーロウの力学には傾圧性の効果が最も大きな影響を与えることがわかった。傾圧性が弱いときには、台風に似た発達機構により、明瞭な目とスパイラルバンドを伴ったポーラーロウが生じ、傾圧性が強いときには、湿潤傾圧不安定によりコンマ雲を伴ったポーラーロウが生ずることが示された。更に、台風に似たポーラーロウは初期擾乱がある程度強くないと発達しないことが示され、傾圧性が弱い場合にポーラーロウが発達するためには、シア不安定ないしは上層擾乱が必要であることが示唆された。一方、傾圧性が強いときには、初期擾乱によらずコンマ雲を伴うポーラーロウが発達することが示された。すなわち、初期に微小なランダム擾乱が与えられても、発達に時間がかかるものの、最終的にはコンマ雲を伴うポーラーロウが発達する。この際、水平面内のトラフの軸は北西から南東に傾いている。これは湿潤傾圧不安定の線形理論(Tokioka, 1973; Yanase and Niino, 2004)と整合的であり、このことは非地衡風効果による鉛直シアの運動エネルギーから擾乱のエネルギーへの変換が、傾圧エネルギー変換や凝結熱によるエネルギー生成に匹敵する寄与をするために起きることが、詳細なエネルギー収支解析によって示された。ポーラーロウの発達率は傾圧性が強いほど大きいことも分かった。
 以上の柳瀬氏の研究は、これまで遅れていたポーラーロウの力学の解明に明確な道筋を与えただけでなく、観測的研究やその予報にも有用な指針を与えるものである。また、非地衡風の湿潤傾圧不安定の線形理論で推定されていた擾乱の構造やエネルギー変換を、積雲対流に伴う凝結熱の効果をある程度信頼できる形で表現できる非線形数値モデルで確認できたことは、湿潤傾圧不安定の理論的研究としても高く評価できる。
 以上の理由により、日本気象学会は柳瀬亘氏に山本・正野論文賞を贈呈するものである。      




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