本研究領域の目的は、個体の生から死に至る過程を、神経、免疫、内分泌、循環等の高次ネットワークによる動的な恒常性維持機構からとらえ、内的・外的ストレスに対する生体の適応と変容のメカニズムを時空間横断的に解明すること、さらに生活習慣病をはじめとする多くの疾患を「動的恒常性からの逸脱あるいは破綻」として理解し、これを未然に察知し予測的に制御する技術の開発を追求することにあります。
とくに近年、細胞特異的な遺伝子改変動物の作出や細胞分離技術などが大きく進歩したため、生命科学や医学のあり方が大きく変わろうとしています。そこで、これまで知られていなかった異なる細胞間、システム間、臓器間の連携による恒常性維持や負荷適応の機構を明らかにし、これを制御する生命科学と臨床医学の展開が求められています。
具体的には、
(1)内的・外的負荷に対する個体の恒常性維持のために、実質・間質細胞間、臓器間、さらに神経、免疫、内分泌、循環等の多岐にわたるシステム間で、相互依存的に作用する複雑系機能ネットワークの動作様式を明らかにします。とくに恒常性の維持と破綻に関わる液性因子、神経伝達、免疫細胞、間質細胞などを同定し、これによって恒常性維持を制御する技術を開発します。
(2)誕生から発達、成長、老化というライフステージに応じた個体の恒常性変容機構の時系列的動的変化の様相を解明し、その微細な徴候を早期に検出し、これらを制御する技術を創出します。
(3)内的・外的因子によって生ずる臓器障害の発症・進展機構、ストレスや傷害に対する生体防御機構や治癒機構を解明し、ヒト疾患の診断や治療に結びつく技術を創出します。基礎研究の成果はできるだけ臨床例でも検討し、新たな病態概念のもとに多科連携医療の可能性を探索します。
(4)これらの複雑系ネットワークの相互作用の動作様式を多面的に理解し、これを制御する信頼性の高い手法の確立をめざします。そのためにシミュレーション技術やこれを実現する計算科学的な論理的研究も推進します。
こうした研究を通じて、生体の恒常性機構を制御する未知の分子・細胞・ネットワーク機構を解明し、その知見に基づいて新しい医療技術の開発を行います。
入來 篤史 | (理化学研究所 脳科学総合研究センター シニア・チームリーダー) |
大島 悦男 | (協和発酵キリン株式会社 執行役員・研究本部長) |
寒川 賢治 | (国立循環器病研究センター 研究所長) |
小島 至 | (群馬大学生体調節研究所 教授) |
小室 一成 | (大阪大学大学院医学系研究科 教授) |
小安 重夫 | (慶応義塾大学医学部 教授) |
坂口 志文 | (大阪大学免疫学フロンティア研究センター 教授) |
坂田 恒昭 | (塩野義製薬株式会社 Global Development Office イノベーションデザイン部門長) |
砂川 賢二 | (九州大学大学院医学研究院 教授) |
高橋 淑子 | (京都大学大学院理学研究科 教授) |
中尾 一和 | (京都大学大学院医学研究科 教授) |
鍋島 陽一 | (先端医療振興財団 先端医療センター長) |
望月 敦史 | (理化学研究所 基幹研究所 主任研究員) |
本研究は、恒常性維持と疾患発症を複雑系としての生体システムの視点から理解し、最適医療実現に資する基礎技術を開発するための科学研究です。そのためには、次のような視点に立って研究を進めることが必要となります。
生体の恒常性維持は、負荷に応答して短時間で生じるフィードバックシステムだけでなく、時間をかけてセットポイントを変更するシステムも存在します。その制御には自律神経系、内分泌代謝系、免疫系、血管系等のシステム連携や臓器間の連関が作用し、そこには未知の機能をもった多彩な細胞と液性因子が関与します。
このような研究は病気の理解と克服にも重要です。多くの病態は負荷に対する適応機構の破綻として理解されます。臓器の機能が破綻するまでには、一次的な生体反応だけでなく、二次的、三次的な反応、すなわち構造と機能の変化が起こり、ここにもシステム間連携や臓器連関が関わっています。これらの生体反応の存在は古くから知られていましたが、これに関わる分子や細胞については、必ずしも明らかではありませんでした。とくに遺伝子改変動物の作出や細胞分離技術の進歩によって、恒常性維持や病態形成に関わる新しい生命科学が急速に展開しようとしています。
これらのことを踏まえ、臓器形成や再生、負荷に対する適応と破綻(臓器障害)の問題について、分子・細胞の新たな機能に基づくシステム間連携の解明を目指す研究提案を募集します。臨床医学に足場をおいた研究者が新たな手法を取り入れることで、新しい分野が切り開かれると期待しています。さらに、既に得られた知見や技術を携えて医療分野へ参画する他分野の研究者によって、これまでにない成果が得られるのではないかと考えています。
これらの研究の遂行は容易ではありません。そこで本研究領域では、これまで交流のなかった研究者が、アイデアや技術を交換し、相互に助け合うことのできる分野横断的な研究チームによる提案を歓迎します。
研究領域を運営していくにあたっては、異なるテーマを扱うチーム間で議論を深め、共同研究の芽を育むことによる相乗効果にも期待しています。研究領域全体としてひとつの目標を見据えることで初めて、生まれる成果もあるはずです。ぜひ、そうした相乗効果をもたらすようなオープンマインドを持って、ご応募ください。