「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」

平成24年度 研究終了にあたって

「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」研究総括 南谷 崇

 平成17年度から実質8年間に渡って進めてきた本領域は、大きな成果を得て、この平成24年度で終了しました。21世紀に入り、ネットワークで流通するデータ量の指数関数的増加がもたらす社会の消費電力・エネルギーの増加とマイクロプロセッサの性能向上を阻むデバイス消費電力の増加が世界で意識され始めたのとほぼ時期を同じくしてこの領域が立案されたのは真に時宜を得たものでした。
 本領域では、その具体的な達成目標として「消費電力あたりの処理性能を100倍から1000倍にする超低消費電力技術の確立」という明確な数値目標を掲げました。また、それまで低消費電力化は主としてデバイス分野の課題と考えられていましたが、むしろアーキテクチャやソフトウェアなどシステム階層の上位レベルの課題であるとの認識から、領域の狙いを「デバイス、回路、アーキテクチャ、VLSI、システムソフトウェア、アルゴリズムの各分野における技術開発、および、それらを統合した技術開発」に定めました。
 この領域が実施された意義は極めて大きく、情報システムの上位階層における低消費電力化の重要性を広く世の中に認識させるきっかけになりました。事実、本領域が発足してから、国内外で低消費電力化、省エネルギー化を目的とした「グリーンXXXX」プロジェクトが次々と立ち上がっています。
 領域運営の基本は数値目標の進捗管理でした。このような領域運営方法は、学術振興会の科研費ではもちろんのこと、JSTの戦略的創造研究推進事業においても極めて異例でしたが、研究者が具体的な最終成果に責任意識を持つようになった効果は非常に大きく、このことが結果として優れた成果を生むことになったと考えられます。
 領域運営のもう一つの柱は、個別課題の数値目標に加えて、領域全体の成果表現として、各課題の成果を総合したULP統合システムによる公開実験を最終シンポジウムで実施することを当初から決めたことでした。領域発足時からULP統合システムのイメージを描く検討会を重ね、また終了時期の異なる研究チームが最終公開実験までULP統合システム構築へ関与する仕組みを実施しました。5年の研究期間を終了した研究者をULP統合システムのために引き続き2年程度関与させるための仕組みと予算措置の試みは、CREST事業では初めてのことであり、今後のファンディングシステムの実効性改善への寄与が期待されます。
 処理性能当たりの消費電力を1/100から1/1000に低減する数値目標は、実際には、極めて高いハードルでしたが、多くの技術課題でこの水準に到達し、世界一あるいは世界初の研究成果として国際的に認められました。また、領域運営の狙いであった異なるシステム階層間の統合あるいは異なる技術分野間の連携が促進され、当初に期待した以上の連携成果が生まれました。さらに、これらの個別成果、連携成果を統合した領域全体の成果がどのように社会的産業的価値を創出するかを説明するULP統合システムの姿を具体化して最終公開シンポジウムでデモ展示することができました。全体として領域運営の狙いどおりに戦略目標が達成され、極めて優れた成果をあげることができたと言えます。
 昨年、一昨年同様、この24年度の研究終了チームからも、多くの成果が生まれました。その中から、特筆すべき成果を以下に述べます。
 高木チームは当初23年度終了予定でしたが、東日本大震災の影響で最終年度に予定した研究スケジュールの実施が困難になったため、異例ではありましたが、研究期間を1年間延長しました。その結果、再構成可能データパス(RDP)が超伝導単一磁束量子(SFQ)回路の有する高速スイッチング、低消費電力、パルス論理特性に適しているとの着想に基づき、製造プロセス、デバイス技術、論理回路設計、システムアーキテクチャの研究者が協同してRDPを基本構成とするSFQプロセッサの実現可能性を示すことができました。特に、完全平坦化技術を開発してニオブ9層最小接合寸法1μmの超伝導集積回路作製プロセスを完成させたこと、1μmプロセス用論理セルライブラリと設計支援ツールを開発して超伝導集積回路の設計環境を整備したこと、1μmプロセスによる2×2 RDPを試作し45GHzでの動作実証に成功したこと、同じく4×4 RDPを試作して50GHzでの動作実証に向けた測定段階に至っていること、などはこの分野で世界をリードする成果として評価できます。
 市川チームの研究課題は、通常の課題とは異なり、本領域の終了時点で達成されている各チームの個別成果を統合した領域全体の成果が領域終了後にどのような形で社会的、産業的価値の創出に貢献するかを説明するULP統合システムの姿を具体的に描き、最終年度の成果公開シンポジウムで提示することを目的としました。本領域で実施したデバイスからソフトウェアまで多様なシステム階層に渡る個別研究課題の成果を統合して可視化する研究、言わば、メタ研究を本領域の中の一課題として他の通常課題と同時並行的に実施するという極めて困難な目標に挑戦したものであり、従来のCREST領域では類例のない課題設定と実施形態でした。この課題目標に対して、複数の研究チームの成果を統合する研究管理手法を提案・実践し、ULP統合システムの概念を「Place & Play」型システムとして具体化しました。その応用例としてBoP地域を対象とする地球規模の課題解決の可能性を提示したことは、本領域成果の産業応用への効果を具体的に説明するこの研究チームの特別なミッションを達成したものとして評価できます。
 西川チームは、処理の必要なデータが到着すると稼働状態に遷移し、必要な処理を終えると休止状態へ遷移するデータ駆動原理と自己同期型回路方式が、長い待機時間と可変の処理時間を特徴とする通信処理システムの低消費電力化に有効であるとの着想から、災害発生などの緊急時通信システムを主たる応用分野と定めて、アドホックネットワーキング、マルチプロセッサアーキテクチャ、自己同期型パイプライン回路の3階層でシミュレーションとVLSIチップ試作によってその省電力効果を検証することを目的としたもので、限定された応用分野ではありますが、データ駆動原理と自己同期回路方式が低消費電力化に一定の効果があることを示しました。アドホックネットワークによる災害時の通信確保は防災の重要課題であり、今後の展開が期待されます。
 前田チームは、情報機器の消費電力と周囲温度を無給電・非接触で測定する無線センサ端末を目指して、ナノインプリント技術を応用したマイクロマシニングによる高効率超小型コイル構造の改良を重ねた結果、消費電力1μWレベルの無線センサの開発に成功しました。通常の無線センサの消費電力100μW~1mW のレベルに対して1/100 から1/1000 の低消費電力化を実現したことになります。これは10,000個以上の単位で社会に実装されるセンサ端末のバッテリー交換を事実上不要とするもので、優れた成果であり、高く評価できます。また、各機器の消費電力と環境の温度・熱流分布を可視化するネットワーク測定システムを開発し、大手コンビニエンスストア国内全店(約14,000店)へのモニタリングシステムを実装した社会実験へ進展させたことは、グローバルに開発が盛んなスマートグリット構想等にも影響を与えることが期待されます。
 松岡チームは、10年後にHPCの性能あたりの電力効率を現状の1000倍とすることを目標として、1)ベクトルアクセラレータ・省電力メモリ・高性能ネットワークなどのハードウェア要素を活用するためのソフトウェア基盤、2)数理的手法に基づいた自動最適化(チューニング)基盤技術、3)大規模HPCアプリケーションにおける省電力化アルゴリズム、の3項目を軸とした研究開発を、実運用のスーパーコンピュータTUBAME1/2の設計と運用にフィードバックしつつ、総合的に推進しました。得られた成果は当初の目標、計画を十分に達成しており、高く評価されます。特にTSUBAME2.0がGPUアクセラレータやFlash SSDなどの大規模導入によって我が国初のペタフロップスを達成しTOP500で世界4位の演算性能の認定を受けたこと、および世界一省エネ性能に優れた運用スパコン(Greenest Production Supercomputer)の認定を受けたこと、さらにTSUBAME2.0の4000GPUを利用した大規模HPCアプリケーションである樹枝状凝固計算で2.0PFlops、1468GFlops/Wattという省電力・高性能を達成してGordon Bell賞を受賞したことなどは、これらの研究成果が世界トップ水準にあることを示しています。これらの成果を踏まえ、今後の急速に変遷するプロセッサ技術関連技術も考慮して、2016年までに2006年に対し1250倍の電力性能比が実現可能であるとの予測は説得力があり、技術的な背景をベースにした具体的な技術予測として評価できます。
 本領域を終えるにあたり、我が国のファンディングシステムに関して抱き続けてきた考えを述べたいと思います。JSTの戦略的創造研究推進事業の一つであるCRESTは、ボトムアップ型の科研費とは異なり、トップダウン型の研究推進を行うべきとされています。従って、研究者の多い分野へ投資するだけではなく、現在は研究者が少なくても国の科学技術政策上重要であると判断された分野へは、むしろ研究者を誘導して新たな研究コミュニティを創るような施策が必要です。言うまでもなく研究投資が最大の効果を得るためには研究者の自由な発想を可能にする環境が重要ですが、目標設定が要らないということではありません。このことが研究者の間でも必ずしも理解されていない面があり、また政策担当者やファンディング機関にも応募研究者が少ない分野への投資を避ける傾向が見られます。トップダウン型の戦略研究推進事業では、たとえ研究者が少なくても国として強化すべき分野に集中的に投資すべきであり、それによって研究者をそのような重要分野へ誘導すべきです。そのためには、現在のように募集告知から応募締め切りまでが2ヶ月程度では短すぎます。研究者にとってこのような短期で分野を変更することは不可能であり、表面的な装いの修正だけで中身は従来とほぼ同じ提案書をしばしば目にします。研究者を真の意味で重要分野へ誘導するためには、分野の予告期間は少なくとも1年間、望ましくは2年必要です。その場合、科学技術政策の立案者、担当者の長期的な先見性も問われることになるのは言うまでもありません。
 本領域で実施した数値目標を基本とする運営はCRESTとしては異例ではありましたが、我が国のファンディングシステムの改革へ向けた議論のきっかけになることを願っています。また、研究期間を終了した初年度、2年度採択の研究者がULP統合システム構築に向けて領域の最終年度まで関与することを可能にする予算措置の提案に対して柔軟な対応をしていただいた今回のJSTの判断には敬意を表します。
 最後に、この8年間、領域参事の村山浩氏には研究総括の意図をよく理解して研究者に対応していただき、領域運営を適切にサポートしていただきました。また、領域アドバイザーの石橋孝一郎、岩野和生、河辺峻、中島浩、古山透、三浦謙一、安浦寛人の諸先生には、課題採択、進捗報告会、公開シンポジウム、研究評価などを通じて熱心なご助言、ご指導をいただきました。ここに特に記して感謝の意を表します。

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