「ディペンダブルVLSIシステムの基盤技術」

平成24年度 研究終了にあたって

「ディペンダブルVLSIシステムの基盤技術」研究総括 浅井 彰二郎

 人類の諸活動が情報技術に依存する度合いは増す一方である。情報システムのエンジンであるVLSIも、それ自身が膨大な数の回路素子を含む巨大システムであり、その信頼性・安全性は上位情報システムの信頼性・安全性のコアとなっている。2007年4月に発足した本研究領域の目的は、信頼性・安全性への脅威となる多くの問題を取り上げVLSIの信頼性・安全性を高めること、さらにはシステム全体の信頼性。安全性を高める新しいVLSI機能や設計ツールを提供することにある。

 一般に、実践的研究では、研究の課題、目標を社会や産業の課題に即して設定することがきわめて重要で、それは研究成功の必要条件である。そこで、本領域の運営にあたっては、情報システムのディペンダビリティに取り組む情報通信、システム制御、自動車、宇宙などの企業や研究機関から有識者をお招きして研究への関与をお願いした。これらの方々には、各種会議での討論、研究チームへの参画あるいは共同研究を通じ、研究推進に多大の貢献をしていただいた。一方研究成果はIP・ツール・評価キット等の形で特定または非特定の企業等に提供し、その効果の実証、実システム適用を推進するように求めた。

 発足以来3年度にわたり、本領域では合計11研究チームを採択した。初年度採用の4チームのうち3チームは、6年度にわたる研究期間をこの3月に終了した。平成19年度採択6年間といえば人が職業として研究に従事できる期間の長さを30~40年としてその15~20%にもなる。それだけの貴重な時間を注ぎ込んだ結果がそこにある。以下各チームの成果と今後の研究展開について一言する。3チームの主な成果と総括所見について、詳細は各研究課題事後評価結果をご参照いただきたい(なお、坪内チームはアイデア実証をさらに進めるため、平成25年度、26年度にわたり研究期間を延長している)。

 小野寺秀俊チームには、特性ばらつきに強いセル・レイアウト、細粒度基板バイアス、耐放射線FF回路などの研究成果がある。試作回路により実証され、ライブラリーとして公表され、特許化されているものも多く、実用化に近い。チーム全体で取り組んできた「ディペンダブルVLSIプラットフォーム」は、実用化にはなお相当の道のりがあるが、本領域の研究期間終了後、平成25年度に延長実施するJAXAとの共同研究計画が具体化した。これはMCU、FPGAに代わり得る本技術の実用化によるイノベーションへの重要なステッピング・ストーンとなりうる。

 坂井修一チームは、「VLSIの設計段階においてディペンダビリティを組み込む設計技術」と、「故障の検出・回復によりディペンダビリティを飛躍的に高める回路・アーキテクチャ」を2本の柱として研究してきた。故障耐性の高いアーキテクチャについては、これをFPGA上に実現するため、さまざまなチップやボードを試作してきた。その効果に着目する企業があり、共同研究が開始されている。設計技術についても企業との連携を強化し、実証と実用化へのステップを進めている。いずれについても今後の発展に期待する。

 安浦寛人チームは、物理層からアプリケーションまで、設計の各段階でディペンダビリティを評価し、ディペンダビリティの高い設計要素を組み込む技術目標を掲げた。広範な課題なので、実際には、ソフトエラー、タイミングエラー、悪意による攻撃の3項目に、検討対象を絞った。中性子線等に起因するソフトエラーのモデル化、素子の製造ばらつきや経年劣化によるタイミングエラーに対し耐性を持つ回路などに進歩を見た。本チームについては、日本の中に電子回路設計ツールを事業とする有力企業がないことが痛手であるが、今後の更なる発展に期待する。

 この数年間を振り返ると、2つの大きな事象が思い浮かぶ。ひとつは日本の国力・産業競争力の目に見えての低下であり、もうひとつは東日本大震災とそれに続いた原子力発電所事故による大きな災害である。後者は多くの個人に悲痛な体験をもたらし、社会資本や経済活動にも大きな損失を与えた。この経験は将来の社会により信頼性・安全性の高いシステムを築くための出発点としなければならない。前者については、経済力も技術力もこれ以上の衰退を食い止めるために、産学がもっともっと双方から手を伸ばして、課題を共有し、能力を補完し合い、連携の実効を挙げなくてはならないと思うところである。

 最後になるが、領域総括とともに本領域の運営に当たり、研究への助言、外部協力者の紹介など、一方ならぬご尽力をいただいたアドバイザーの方々のお名前を挙げ、ここに改めて感謝申し上げる。

 石川正俊  東京大学
 菊野亨   大阪学院大学
 高橋忠幸  宇宙航空研究開発機構
 高山浩一郎  富士通研究所
 西直樹    日本電気
 矢野和男  日立製作所
 長谷川淳  ルネサスマイクロシステム
 増渕美生  東芝
 野口孝樹  (元)ルネサステクノロジー

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