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平成17年度採択課題 研究終了にあたって

「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」研究領域
研究総括 南谷 崇

 本領域は、デバイス、回路、VLSI、アーキテクチャ、システムソフトウェアの各システム階層における飛躍的な技術革新と、それらを統合するシステム技術の開発によって、スーパーコンピュータから携帯端末、組込みシステムに至る多様な応用分野に適用可能な、情報システムの消費電力当たりの処理性能を従来の100倍から1000倍にする超低消費電力化技術の確立を目標としています。

 情報社会の基盤として必然的に拡大し続ける情報システム・ネットワークが消費する総電力量の爆発的増加を抑え、発熱増大や信頼性劣化に起因する情報機器の性能限界を克服することは、持続可能な社会に向けたエネルギー総需要抑制の視点だけではなく、産業技術の国際競争力強化の視点からも情報通信分野の科学技術が総力を挙げて挑戦すべき重要課題です。この認識を参加者全体で共有することがこの領域の出発点でした。国の科学技術政策の方向に沿った戦略的目標の達成に研究者一人一人が責任を負うという意識と土壌を育てることが各チームの個別研究方針・計画のベクトルを領域の共通目標に向かわせる求心力として働き、結果的に優れた成果を生む可能性を高めることになると考えています。このため、CRESTとしては異例の数値目標を具体的に設定し、この数値目標の達成を領域運営の基本としてきました。3回の公募ではこの基本認識を強調し、選考の際にも、提案課題の内容と計画に加えて、この認識に沿った研究推進に対する姿勢と意志を重視しました。

 領域が終了する平成24年秋には、個別の研究課題でそれぞれの数値目標を達成することに加えて、本領域の戦略目標達成がエネルギー総需要の抑制と産業技術競争力の強化へ貢献できる可能性を広くアピールするため、各課題の成果を総合したULP統合システムを構築して公開実験を行うことを計画しています。17年度、18年度採択チームの研究はそれぞれ22年度、23年度で終了しますが、各チームの研究成果を最終年度の領域成果公開に取り入れるために、当該チームの研究者を19年度採択ULP統合システム研究チ−ムに参加させるように予算措置と人員配置を実効ある形で実現して、最終年度のULP統合システム公開実験へ繋げる試みを領域として進めているところです。

 平成17年度から19年度までの3年間で合計12チームの研究課題を採択しました。デバイス/プロセスのレベルからアーキテクチャ、アルゴリズムのレベルまで、当初の狙いに近い分野分布になり、期待通りの効果が生まれています。本領域の発足前には我が国に存在しなかったシステム階層を上下に貫く低消費電力化技術の研究コミュニティが形成されつつあり、今後のCRESTあるいはファンディングのあり方に一つの示唆を与えるものと考えています。また、領域の最終成果を提示するためのULP統合システムに対する各研究チームの理解も進みつつあり、各チームの研究成果を統合システム研究チ−ムに組み入れる試みの効果が期待できる状況になってきています。

 今回公式にはCREST研究を終了する平成17年度採択課題からは多くの成果が生まれました。その中からいくつかの特筆すべき成果を以下に述べます。
 黒田チームは、高性能・超低電力短距離ワイヤレス可動情報システムの創出を目指して、チップ間通信、端末間通信、無線給電の3分野において達成すべき明確な数値目標を掲げた4つの研究テーマ、すなわち
1) 磁気結合チャネルを用いたチップ間通信で100mW/10Tbps
2) 60GHz帯を用いた偏波変調パルス通信方式の端末間通信で10mW/10Gbps
3) オールモスト・デジタル無線の端末間通信で1mW/100Mbps
4) 大面積かつフレキシブルなワイヤレス給電シートの低電力化、
を設定しました。いずれも転送速度当たりの消費電力を従来技術に対して1/1000に低減させるという本領域の掲げる数値目標の方針に従った極めて高い目標であったにもかかわらず、この4つの研究テーマのすべてにおいて、それぞれが世界最高水準の成果を産んで目標を達成し、社会的にも高い関心を集めました。特に磁気結合チャネルを用いたチップ間通信で達成した性能当たり消費電力は世界の現在の水準を2桁もリードしており、オリジナリティも高く、科学的、技術的インパクトの極めて大きい成果です。
 小林チームは、 研究の開始時点で15VであったTFTの動作電圧を、研究代表者のグループで開発した硝酸酸化法によるゲート薄膜形成によって研究終了時点で3V以下に低減して消費電力を1/25とすることが当初に掲げた最終的到達目標でした。実際には、目標を超えた駆動電圧1vを達成し、消費電力を1/225に低減しました。加えて、システム・回路レベルで動画と静止部分を区別して駆動するマルチドライバ技術やリフレッシュレートを低減するソフトウェア技術の革新によってさらに1/9の低消費電力化を実現することにより、システム全体の低消費電力化率1/2000を達成しました。これは当初の目標であった1/250の低消費電力率を一桁上回るもので、学術上も技術上も、極めて重要で優れた成果であると高く評価できます。
 佐藤チームでは、平成21年度末に世界で初めて「低消費電力多階層光クロスコネクトノード」プロトタイプ試作に成功し、敷設ファイバを使用した現場実験を行い良好な特性を得るなど、日本が先導的役割を果たして来た光通信ネットワークの分野で将来のトラフィック動向を見据え、世界でも本流と見なされるアプローチで実用に最も近い光ネットワーク方式を示し、世界をリードする成果を達成しました。今後の通信インフラの技術開発の新しい方向を示したものとして高く評価できます。
 高田チームは、本領域の趣旨に最も良く合致した代表的プロジェクトであり、組込みシステムを対象として、サービス品質(リアルタイム性能、顧客満足度、信頼性など)を保証しつつ、消費エネルギーを最小限にするためのソフトウェア/ハードウェア協調最適化技術を開発しました。複雑なシステムに対して多くの個別技術を組み合わせて低消費電力化を実現するためのハードウェアとソフトウェアのプラットフォームの指針を示し、アルゴリズムや要求仕様ベースにおけるエネルギー管理について新しい考え方を整理した点が高く評価できます。

 本領域としては、まだ終了まで1年半の期間を残し、平成18、19年度採択課題の研究を鋭意推進している最中ですので領域運営全体を振り返る段階にはありませんが、この時点でいくつか感想を述べます。
1)領域運営の基本は数値目標の進捗管理であり、これまでの学術振興会による科研費特別領域研究においてはもちろん、CRESTをはじめとするJST戦略的創造研究推進事業においても極めて異例の研究管理方法ですが、研究者が最終成果に責任意識をもって研究を実施するようになった効果は大きく、このことが結果として最終的に優れた成果を生むことになったと思います。
2)個別課題だけではなく、領域全体の成果を問うULP統合システムの公開実験のために、当初予定の研究期間を終了した研究者をさらに2年程度研究に参加させる仕組みと予算措置の試みが今後のファンディングシステムの実効性改善に向けて一石を投じることになるかもしれないと考えています。
3)この領域が設定された意義は極めて大きく、情報システムの上位階層における低消費電力化の重要性を広く世の中に認識させるきっかけになったと考えられます。事実、本領域が発足してから、国内外で低消費電力、省エネルギーを目的とした「グリーンXXXX」プロジェクトが次々と立ち上がっています。
4)「情報システム・ネットワークの低消費電力化」は本領域が先駆者ですが、5年間ですべてが解決されるような課題ではなく、今後の研究継続が必要なので、他のプログラムとの省庁を超えた連携も含めて、本領域終了後の継続の仕組みを考える必要があると思っています。
5)JSTの戦略的創造研究推進事業の一つであるCRESTは、ボトムアップ型の科研費とは異なって、いわばトップダウン型の研究推進を行うべきとされています。従って、研究者の多い分野へ投資するだけではなく、現在は研究者が少ないが国の科学技術政策上重要であると判断された分野へは、むしろ研究者を誘導して新たな研究者コミュニティを創るような施策が必要です。言うまでもなく研究投資が最大の効果を得るために研究者の自由な発想を可能にする環境が重要ですが、目標設定が要らないということではありません。このことが従来は研究者の間でも必ずしも理解されていなかった面があり、また政策担当者やファンディング機関にも応募研究者が少ない分野への投資を避ける傾向が見られます。長期的視点に立って国が必要とする研究分野へ研究者を誘導する機能が必ずしも果たされていないと感じます。

 最後に、研究課題の選定と評価だけにとどまらず、研究報告会、サイトビジット、合宿を含めたULP統合システム検討会、公開シンポジウムなどで日頃から適切なご助言、ご指導をいただく領域アドバイザーの石橋孝一郎、岩野和生、河辺峻、中島浩、古山透、三浦謙一、安浦寛人の諸先生、ならびに領域運営のサポートをしていただく領域参事の村山浩氏、JST吉田耕一郎氏に感謝します。