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平成17年度採択課題の研究終了にあたって

「マルチスケール・マルチフィジックス現象の統合シミュレーション」 研究領域総括 矢川元基

 本研究領域は、世界最先端レベルの超高速・大容量計算機環境と精緻なモデル化・統合化によって、複数の現象が相互に影響しあうようなマルチスケール・マルチフィジックス現象の高精度かつ高分解能の解を求めることを研究の対象としてH17年度に発足した。具体的には、地球環境変動、異常気象、およびそれに起因する災害予測、人工物の安全性・健全性の評価、複雑な工業製品の設計・試作、ナノレベルの材料挙動、生体内たんぱく質構造と生体内薬物動態など、支配因子が未知あるいは不確定性を含む現象やスケールが極度に異なる現象等のモデル化の研究、そのようなモデルの統合数値解析手法の研究、モデルや入力データの妥当性・結果の信頼性の評価方法の研究などが含まれる。

 平成17年度の研究課題公募に対しては73件にのぼる多数の応募があり、当該研究課題に近い専門分野の研究者によるピアレヴューも経て、研究総括ならびに12人の領域アドバイザーにより下記の8研究課題を採択した。

 すなわち、「ナノ・メゾ・マイクロの複雑固液界面の大規模数値解析」(研究代表者:尾形修司)、「計算量子科学によるナノアーキテクチャ構築」(研究代表者:押山淳)、「全球雲解像大気モデルの熱帯気候予測への実利用化に関する研究」(研究代表者:佐藤正樹)、「QM(MRSCI+DFT)/MM法による生体電子伝達メカニズムの理論的研究」(研究代表者:高田俊和)、「災害予測シミュレーションの高度化」(研究代表者:高橋桂子)、「生体系の高精度計算に適した階層的量子化学計算システムの構築」(研究代表者:天能精一郎)、「ナノバイオ系のシミュレーションとダイナミクス」(研究代表者:平尾公彦)、「観測・計算を融合した階層連結地震・津波災害予測システム」(研究代表者:松浦充宏)である。これらは専門分野が量子化学から地球物理までと多岐に渡っており、研究領域のマネジメント上の困難を感じなくはなかったが、5年半が経過した現時点になってみると、「地球・環境」、「マクロ・情報・工学」、「ナノレベル材料科学」、「ナノレベル生体科学」の4分野からバランスよく選考されたように思われる。これはアドバイザー各位の洞察力と選眼力に負うところが大きかったと感謝している。
 なお、8研究課題の内、「QM(MRSCI+DFT)/MM法による生体電子伝達メカニズムの理論的研究」(研究代表者:高田俊和)は、3年間の研究の後、平成20年度末に終了している。

 研究成果の詳細は、各研究チームから提出された終了報告書に記載されているが、その概要は以下のとおりである。
 「ナノ・メゾ・マイクロの複雑固液界面の大規模数値解析」においては、排気ガス触媒コンバーターやMEMS等に見られる、複雑(多孔質、微細加工、応力集中、超薄膜を含む)固体と液体/気体との間の、ナノメートルからマイクロメートルを超える規模のワイドレンジな動的界面現象や輸送現象への直接的応用を目指し、電子状態計算から流体計算(粗視化を含む)までの様々な計算手法を適切に組み合わせたハイブリッドコードのセットを開発する等、本領域の目的に最も忠実に挑戦した意欲的な研究が行われた。
 「計算量子科学によるナノアーキテクチャ構築」においては、特に密度汎関数理論に基づく、実空間電子状態計算手法の開発を、計算物質科学のグループとコンピュータサイエンスのグループとの密な共同によって遂行し、研究課題スタート時の量子論的シミュレーション手法を格段に改善し、1万〜2万原子群のナノ・バイオ物質に対する量子論的シミュレーション技法を確立した。それにより、シリコンナノドット、ナノワイヤー、炭素ナノ物質などをふくむ、多くのナノ構造に対して、量子論の第一原理に立脚した、物性・機能の解明と予測を行う優れた研究成果が挙げられた。
 「全球雲解像大気モデルの熱帯気象予測への実利用化に関する研究」においては、地球シミュレータの性能を十分に生かすことにより、地球全体の大気を3.5kmの水平メッシュで解像する「全球雲解像モデル」による計算を可能にし、これにより、従来の気象予測の精度向上のための障害となっていた熱帯域の水平スケール数kmの雲降水システムの計算を容易に行えるようになった。全球雲解像モデルを用いてマッデンジュリアン振動や熱帯低気圧などの熱帯の雲降水系のマルチスケール構造を現実的に再現することに成功したことにより、今後、全球雲解像モデルが、実際の気象予測や気候予測に重要な役割を果たしていくことの可能性が示された。
 「災害予測シミュレーションの高度化」においては、台風や集中豪雨などの災害を精度よく予測するために、地球シミュレータ上で超大規模かつ超高速な、全球から都市までを総合的に扱えるシミュレーションコードを開発した。予測精度を向上するために、実験室における実験結果を基盤にした新たな高精度計算スキーム、乱流雲モデル、大気海洋相互作用モデルを開発し、それらが予測精度に大きな影響を与えることを明らかにした。
 「生体系の高精度計算に適した階層的量子化学計算システムの構築」においては、高精度分子軌道理論から出発して、量子力学的階層構造(QM/QM)と分子力学的階層構造(QM/MM)を併せ持つ生体系のための計算手法をボトムアップ的に構築した。低スケーリングと新規波動関数研究に裏付けられた高精度で機動力あふれるシミュレーション技術と、それに伴う新規物性の開拓により、生体環境下の電子状態、動力学、物性検証までの分野横断的研究を可能とし、次世代の科学技術の基盤提供が行われた。
 「ナノバイオ系のシミュレーションとダイナミクス」においては、ナノバイオ系への展開を念頭に置いた電子状態理論やダイナミクス理論から構成される次世代分子理論や、次世代スーパーコンピュータ上での運用のための高速分子計算ソフトウェアを開発し、これらの理論と計算ソフトウェアにより、数千原子を超えるナノバイオ系の定量的な計算やシミュレーションが可能になり、理論的な生体機能解明やナノ材料設計に向けて大きく進展させることに成功した。特に、密度汎関数理論における長距離補正(LC)法では、世界の学会をリードする研究成果が発表された。
 「観測・計算を融合した階層連結地震・津波災害予測システム」においては、プレートの沈み込み帯に位置する我が国の地震・津波災害の軽減に資するために、プレート運動による地殻応力の蓄積を経て大地震が発生し、地震波が構造物を揺らし、津波が海岸部を襲うまでの一連の過程を再現・予測する、観測・計算融合の階層連結型高精度シミュレーションシステムを世界に先駆けて開発した。
 研究の終了にあたって、研究成果を研究終了報告書として取りまとめた。 ご高覧頂き、今後の研究・実用化の進展に向けてアドバイスを頂ければ幸いである。 最後に課題の選定評価にとどまらず、シンポジウム、サイトビジット、領域会議等で適切なご助言ご指導を頂いた領域アドバイザーの石谷久先生、戎崎俊一先生、遠藤守信先生、岡本祐幸先生、佐藤哲也先生、寺倉清之先生、土居範久先生、萩原一郎先生、久田俊明先生、平田文男先生、藤谷徳之助先生、渡辺貞先生の諸先生方に深く感謝いたします。