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平成15年度採択課題  研究終了にあたって

「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」研究総括 谷口 直之

本研究領域はポストゲノム研究のなかにあって中心的な役割を果たすものであり、
第3の生命鎖と呼ばれる糖鎖の生物機能の解明を行い、その利用のための基盤的な技術の開発を目指したものである。
糖鎖はタンパク質の50%以上に付加されており、ゲノムやタンパク質の研究にくらべて、多様性にとみ、また解析の複雑さから研究がどちらかというと避けられてきた嫌いがある。しかし、我が国の研究者は糖鎖を合成する遺伝子の6割以上を同定し、また、その糖鎖の機能解析に多くの実績を持ち、国際的にリードする領域である。
本研究領域は平成14年度に募集を開始したが、第二期募集にあたる平成15年度の応募件数は37件であり、多くの優れた研究提案があった。領域アドバイザーと共に書類選考により14件を選考し、面接選考を経て6件を採択した。採択に当たっては、研究が、国際性、独創性、創造性に富んだものであることと、研究計画が具体的で、将来、応用への基盤的な技術開発へ貢献できるものを選出した。また選考にあたっては利害関係にある選考委員は選考に参加せず、公正な選考に努めた。
採択後は、研究報告会や研究実施報告書を参考に領域アドバイザーのご意見を取り入れ、研究上の問題点、その解決方法などを指導した。また、研究テーマが拡大し過ぎたときには軌道修正や、国際的に競合していたが残念ながら先行されてしまったテーマについては具体的なテーマの方向転換や修正などを指示した。
平成15年度採択課題の中から多くの成果が生まれ、引き続き我が国が国際的にこの領域でリードできる地位を占めることができた。以下に各チームの研究成果を簡潔に記述する。
伊藤チームは、b-Hexosaminidase A(HexA, ab heterodimer)の欠損に基づき、脳内GM2ガングリオシドの過剰蓄積を伴って発症するTay-Sachs病(Hexa鎖欠損症)及びSandhoff病(Hexb鎖欠損症)を研究対象とし、脳内酵素補充療法の開発を目指した。その結果、酵母を用いてヒト型様糖鎖含有組換えリソソーム酵素の大量発現系の構築と糖鎖構造改変に基づく高機能化技術の開発に成功した。合成されたHex-AをSandhoff病モデルマウスに脳室内投与することにより、有意な運動機能の改善を確認した。
井ノ口チームは研究開始当初に研究代表者が提唱した「2型糖尿病などの生活習慣病の病態は、スフィンゴ糖脂質の異常発現によって細胞膜の構成・構造および機能が変化し、シグナル伝達が異常となったマイクロドメイン病である」との仮説を数々の実験により証明し、GM3がメタボリックシンドロームの新たなバイオマーカーである可能性を見出した。また、GM3合成酵素(SAT-1)遺伝子欠損マウスが生後まもなく聴覚異常を発症し、その後成長するにつれてコルチ器の選択的脱落をすることを見出した。この知見は聴覚機能に複合糖質が関与していることを示す最初の例である。
中田チームは、ムチンがスカベンジャーレセプター(SCR)を介してPGE2の産生を亢進し、PGE2産生に伴う血管新生や免疫抑制が腫瘍の増殖に大きく関与していることを示した。SCRを介した炎症作用の抑制という観点から、マウス関節炎に可溶性SCRを投与した結果、関節炎を抑制することを認めた。また、シグレック2へのムチンの結合がB細胞の情報伝達を抑制するがわかった。樹状細胞上に発現しているシグレック3,9についてもムチンとの結合により、各々アポトーシスの誘導およびIL-12の産生を抑制することを見つけた。
野村チームは、解析に極めて適したモデル生物である線虫を使って、バイオインフォマテックスを利用しながらヒトの糖鎖関連遺伝子の線虫オーソログをRNAi法と遺伝子欠失突然変異株の取得によって網羅的に抑制・ノックアウトをした。激しい表現型がみられる遺伝子を選び出して、それらを個別に解析した結果、4割以上の糖鎖遺伝子が細胞分裂や胚発生・形態形成、生存、行動などに不可欠であることを見いだし、糖鎖遺伝子の多細胞生物での重要性を確認した。
宮城チームは、形質膜局在シアリダーゼ(NEU3)を主な対象として、その生理的
機能および癌や糖尿病等におけるシアリダーゼ異常発現の機構や意義について解析を
進めた。主な成果として、(1)NEU3は生理的にはシグナル分子として機能しており、
がんや糖尿病におけるNEU3の異常発現がそれぞれアポトーシスおよびインスリン
のシグナリング障害をもたらしていること (2)NEU3はがん細胞の悪性度を助長して
いること (3)ノックダウンにより、がん細胞では細胞死をもたらすが、正常細胞には
影響せず、がん治療の優れた標的分子である可能性が高いこと。さらに、(4)NEU3
阻害剤の設計・合成において、新規なCF2-シアロシド結合をもつシアリルガラクト
ース誘導体の合成に成功した。
山口チームの研究は本CREST開始時に、東海大、野口研、慶応大の3グループがそれぞれ保有する技術の特徴を生かしてチームを結成し、新たにスタートした。各種糖鎖抗原に対するヒト型単鎖抗体提示ファージを単離し、得られた単鎖抗体について、大量発現・精製した上で、特異性・親和性の解析を行った。その結果、他法では出来なかった高い親和性を持つMan3抗原に対する抗体や、その他診断薬・治療薬の開発の可能性が期待できる抗体を各種得た。
平成15年度採択課題の研究終了にあたり、適切な助言をいただいた領域アドバイ
ザーの塚田 裕先生、川嵜 敏佑先生、鈴木 明身先生、成松 久先生、若槻 壮市先生、
また研究の遂行を手助けいただいた、西澤技術参事をはじめ糖鎖研究事務所の皆さんに厚く御礼申しあげる。

独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CRESTチーム型研究