研究総括 笹月 健彦

20世紀が集団を対象としたマス医療であったのに対し、21世紀はゲノム情報に基づいて個人を対象としたテーラーメイド医療を実現すべき世紀である。これを可能とするためには、各疾病の発現に重要な役割を演ずる遺伝要因と環境要因の相互作用による病因の解明、およびそれに立脚した創薬をはじめとする新しい治療および予防戦略の開発、そしてこれらを含む種々の治療・予防戦略に対する効果発現と副作用発現の個人差の解明が重要となる。

平成14年度に発足した本研究領域「テーラーメイド医療を目指したゲノム情報活用基盤技術」では、(1)遺伝力の強い疾病や感染症などのゲノム解析による疾患遺伝子の同定とそれを基盤とした創薬、(2)既存のコホート研究にゲノム解析を付加した生活習慣病の遺伝要因と環境要因の同定およびそれを基盤とした疾病予防・治療戦略の開発、(3)大きな患者集団を対象とした、各種治療に対する反応性(有効性よび副作用)の個人差のゲノム解析、 および、これら研究をより効率的に推進するための(4)ゲノムマーカーのスタンダード整備、(5)我が国発の斬新で高速かつ安価なゲノム情報解析システム実用化の基盤技術開発、などを目的とした、創意工夫とチャレンジ精神に富み磐石の準備を整えた研究課題を採択してきた。

領域発足後既に5年を経過し、平成14年度から3年間にわたって採択した13研究課題のうち、平成14年度に採択した5件の研究課題は、平成19年度末をもって研究を終了することとなった。「高精度ゲノムアレイの開発と疾患遺伝子の探索」(研究代表者 稲澤譲治)では、開発した6種類のアレイを用いて各種の癌や先天異常症などの多数の疾患について原因遺伝子を同定した。また、開発したアレイでは実用化の検討が始まっている。「高血圧関連疾患に関する多面的なゲノム疫学研究」(研究代表者 加藤規弘)では、準連続形質である高血圧という難しい課題に多角的に取り組み、責任遺伝子を同定するなどの研究成果を挙げている。「転写調節系の分子解剖による糖尿病素因の探索」(研究代表者 武田純)では転写調節系に的を絞ったユニークな解析から、2型糖尿病と有意に関連する複数の遺伝子を発見するなどの成果を得た。「ゲノム解析によるパーキンソン病遺伝子同定と創薬」(研究代表者 戸田達史)では、初めて確実なパーキンソン病の疾患感受性遺伝子を同定した。また、抗てんかん薬に抗パーキンソン作用を発見し、効能追加を申請中である。「遺伝子発現調節機構の包括的解析による疾病の個性診断」(研究代表者 間野博行)では、悪性腫瘍を中心に疾患検体を収集し解析してきたが、肺腺がんの解析から新たながん遺伝子を発見し、診断法、治療薬の開発が期待される。

これら5件の研究課題はいずれも研究の完成までに長期間を要するゲノム疫学研究である。これらの研究課題の目的は、疾患に関与する遺伝子の発見であり、研究期間内にできるだけ多くの、疾患に関与することが確実な遺伝子を同定し公開してその後の研究につなげることが、当領域における社会に還元できる成果であると考える。各種のがん、高血圧、糖尿病、パーキンソン病を研究対象として取り組んできたこれらの研究課題では、ゲノムの解析から疾病の原因となる候補遺伝子が次々に発見されつつあり、それらの研究成果の多くはデータベースとして公開されている。また、既に原因遺伝子の同定に至った研究課題が複数あり、さらには、診断法、治療薬開発への取り組みが始まった課題もある。

研究の終了にあたって、これらの研究成果を研究終了報告書として取りまとめた。ご高覧いただき、今後の研究の進展に向けて忌憚のないご意見を賜れれば幸いである。

最後に、課題の選定、評価にとどまらず、シンポジウム、サイトビジット、領域会議等で適切なご助言、ご指導をいただいた領域アドバイザーの猪子英俊、鎌谷直之、古野純典、徳永勝士、富永祐民、中村祐輔、吉田光昭の諸先生方に深く感謝したい。


 

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