「超高速・超省電力高性能ナノデバイス・システムの創製」  研究総括 榊 裕之

近年の情報通信技術の目覚しい発展は、超高速の通信用トランジスタ、超高集積・低消費電力型のLSI、多様で優れた機能を持つ半導体レーザーなど、様々なデバイスの驚くべき進歩によって達成されてきた。本研究領域では、ナノメートル級の超微細構造の形成技術および超集積化技術を活用することにより、情報処理や通信システムの性能を飛躍的に高めることのできる次世代デバイス・システムを創製することを目指した研究提案を公募した。平成14年度には37件の応募があり、1次と2次の審査を経て10件を採択した。平成15年度の追加公募には、12件の応募があったが、採択に到らなかった。採択10課題は、超高速性・超省電力性を持った「情報通信技術や光素子」を目指した課題および「情報処理技術」を目指した課題からなるが、次世代デバイス・システムの基礎を支えるナノプロセス技術の研究やナノデバイスにおける物理過程の解明と制御に係る研究も含まれている。採択された研究チームは、5年に亘り研究を精力的に展開し、以下に記す成果を達成した。
I  情報通信技術・光素子の超高速化・省電力化・高性能化を目指した研究課題

「量子細線レーザーの作製とデバイス特性の解明」
秋山英文(東大)らは、量子井戸を直交させたT字型の量子細線を対象に、成長中断アニール法によって均一性を飛躍的に高め、分光実験を系統的に展開し、細線レーザーにおける1次元励起子など多体効果の重要性を解明した。T型レーザーで初の電流励起発振にも成功した。特に、阪大小川ら理論グループとの共同研究と東工大の荒井チーム(後述)との連携協力により、量子細線レーザーの物理基盤を解明し、高性能化の指針を示している。

「低次元量子構造を用いる機能光デバイスの創製」
荒井滋久(東工大)らは、電子線リソグラフィと埋め込み成長による量子細線形成法を飛躍的に高め、実用的な量子細線レーザー実現のための技術基盤を確立した。細線の寸法制御によりバンドギャップを面内で自在に制御する技術も確立し、受動素子・レーザー・検出器を一体化した新素子も可能とした。なお、歪補償を取り入れた幅23nmの量子細線レーザーで、40000時間以上(平成20年1月時点)の室温連続発振に成功しており、実用化の道を拓く成果である。

「シフトレジスタ機能付超高速光メモリの創製」
河口仁司(奈良先端大)らは、面発光半導体レーザーの偏波特性が、入力光の偏波に応じて双安定的に切り替ることを利用した光メモリの研究で、世界を先導している。特に、全光型ルータ実現を目指した研究を進め、2ビットでのメモリ機能とシフトレジスタ機能を実証し、特徴を明らかにした。均質な素子のアレイ配列化により、多ビット化も可能との展望を示した。共同研究者は、光ヘッダー認識方式などに関し、注目すべき成果を上げている。

「有機半導体レーザーの構築とデバイス物理の解明」
安達千波矢(九大)らは、優れた有機半導体の開発を軸に、電流注入によるレーザー発振実現のための先導的研究を進めた。レーザー材料では、高励起下での励起子の失活の抑制が必須であり、新材料(ビス・スチリルベンゼン誘導体(BSB))の開発により、超低閾値(0.1μJ/cm2)での増幅的自然放出(ASE)発振を実現した。また、光導波モードの最適制御、FET型の発光素子の探索、1KA/cm2を越す大電流用の材料開発でも、顕著な成果を得た。

II  情報処理の超高速化・省電力化・高性能化を目指した研究課題

「超ヘテロナノ構造によるバリスティック電子デバイスの創製」
古屋一仁(東工大)らは、1THzに迫る超高速電子素子を目指し、設計解析と試作技術の研究を進めた。特に、金属や絶縁物のナノ構造を化合物半導体に埋め込む独自技術を確立し、新構造のHetero-Bipolarトランジスタやゲート制御型のHot-Electronトランジスタを試作、改良次第で、従来素子の速度限界を凌ぐ可能性を示した。浅田らは、共鳴トンネル素子を高度化し、3次高調波成分であるが、室温動作固体素子で初の1THzを越す発振を実現した。

「単一磁束量子テラヘルツエレクトロニクスの創製」
藤巻 朗(名大)らは、高温超伝導体YBCOジョセフソン接合(JJ)の高性能化を進め、テラヘルツ帯で動く単一磁束量子(SFQ)回路の実現を目指す研究を進めた。特に、積層型JJで問題となるYBCOと障壁との界面特性を均質プラズマの活用で格段に高める技術を開発し、高いIcRn積を得た。この結果、SFQ型分周回路で、500GHz(0.5THz)動作が実現した。また、YBCO系超高速回路での入出力を光学的に行う手法に関し、新知見を得た。

「共鳴磁気トンネル・ナノドット不揮発性メモリの創製」
小柳光正(東北大)らは、MOS型FETの絶縁膜にFePtなど磁性ナノ粒子を埋め込み、電子注入を磁化状態で制御する方式の新規不揮発性メモリの実現を目指した。1013/cm2を越す超高密度ドットの形成、磁場下の熱処理による磁性制御、電子線ホログラフィーによる磁化観察を実現し、メモリ素子の試作と特性評価を行った。容量電圧(CV)特性に現れる履歴(記憶)が磁化に依存することを示したが、繰返し耐性等の諸課題も明らかとなった。

「半導体スピンエンジニアリング」
新田淳作(東北大)らは、半導体内の電子の「スピン」を巧妙に制御し、新素子に応用する試みを進めた。スピン軌道(SO)相互作用では、電界が有効な磁界に変換されるため、種々の量子井戸にゲート電圧を加え、ゼーマン効果とSO相互作用との競合関係を自在に制御した。また、2経路スピン干渉素子におけるスピンの歳差運動をゲート電圧で制御するための一連の実験を行い、伝導度の振動的変化の解析から、アハロノフ・キャッシャー効果の実証に成功した。

III  ナノプロセス技術の開拓によるナノデバイスの実現を目指した研究課題

「InN系窒化物ナノデバイス/ナノプロセスの分子線エピタキシ法による新展開」
吉川明彦(千葉大)らは、青色LEDに必須の窒化物半導体の中で、基礎物性も材料科学的性質も詳らかでなかったInNに着目し、分子線エピタキシーによる成長、物性解明と応用探索の研究を進めた。特に、InN表面の極性の精密制御によって、結晶の高品質化の手法を示した。その結果、一分子層InNを含む量子井戸の実現と青紫色LEDへの応用、InN内の残留電子濃度の低減とp型InNの成長が可能となり、InNの素子応用の基盤が築かれた。

「多価イオンプロセスによるナノデバイスの創製」
大谷俊介(電通大)らは、原子から複数個の電子を除いた多価イオンを作り、金属・絶縁物・半導体に照射すると表面反応が生じ、数〜数十ナノメートル寸法の変形や改質が生じることを示した。また、多価イオン1個の入射が多数の二次電子の放出として検出できる技術、入射多価イオンに同期した2次イオンの検出によりSIMS分析ができることも見出した。さらに、細管型イオンガイドなども開発したが、ナノデバイスの創製には及ばなかった。

以上、述べたように、10チームは、各々の課題に取組み、チーム内の連携およびチーム外との協力や相互啓発も活かして、精力的な研究を進め、注目すべき成果を達成した。現時点では、実用化までの距離は様々であり、高性能デバイスの技術要素として近い将来に取り込まれることが期待される成果から、当面は、次世代の新規デバイスやシステムを実現させるための学術基盤・技術基盤として貢献するものまでが含まれている。いずれにせよ、これらの成果が、今後の研究開発をさらに誘発・促進し、次世代の情報処理・通信分野における高速化・省電力化・高性能化に大きく貢献することを念じている。

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