平成18年度 研究終了報告書 (平成13年度採択課題)
「情報社会を支える新しい高性能情報処理技術」研究領域
研究終了にあたって

 現行のコンピュータをベースとした情報処理技術は、20世紀の情報革命において飛躍的な進化を遂げ、社会の変革に多大な役割を果たしてきた。しかし、各種の技術的限界により、今までのペースでの性能・容量の向上は望めなくなってきている。一方で多様化、複雑化する情報処理形態に伴って、情報処理技術のさらなる高性能化に対する社会的ニーズは依然として高く、これらのニーズに応える技術の確立が喫緊の課題となっている。
 本研究領域は、高性能情報処理技術の中核をなすと考えられる全く新しい原理に基づく情報処理技術に関する研究、及び、従来のコンピュータシステムを新たな時代の要求に合わせて変革するための抜本的な要素技術を対象としている。
 平成13年度の募集に対し、大学、様々な研究機関等から、量子コンピューティングを始め、分子コンピューティング、光コンピューティングの要素技術に関する研究、高性能大容量コンピュータシステムに関する研究など計17件の興味深い提案があった。これらの提案を7人の領域アドバイザと書類選考を行って、領域の主旨に沿った成果が期待できる提案の内、特に優れた研究提案10件を面接対象として選定し、面接選考では、新規性と妥当性、トータルシステムへの展開イメージ、競合技術との関係、目指す到達点等を重点として検討を行い、その成果が学問的な貢献に止まらず、将来の情報社会や産業界へのインパクトが大きいと考えられる研究提案を選定した。
 選考の結果、「全シリコン量子コンピュータの実現」(研究代表者:伊藤公平)、「超高速ペタバイト情報ストレージ」(研究代表者:井上光輝)、「超低電力化技術によるディペンダブルコンピューティング」(研究代表者:中島浩)、「多相的分子インタラクションに基づく大容量メモリの構築」(研究代表者:萩谷昌己)の計4件の提案を採択した。

 「全シリコン量子コンピュータの実現」では、全固体という世界的に例の無いシステムを目指してその基本技術を開発した。量子状態を25秒にも継続させる世界トップレベルの成果、Siを一次元状に整列するための技法、リンを介した状態読み出しなど、従来に無い興味深い要素技術を生み出している。「超高速ペタバイト情報ストレージ」では、コリニア方式を用い、連続回転する光ディスクでホログラムの記録と再生を実証し、記録密度が従来のDVDより1-2桁大きい記憶装置の可能性を与えた。「超低電力化技術によるディペンダブルコンピューティング」では、汎用品を用いて、低電力で高性能なスーパーコンピュータを実現する方式を開発し、結果として、現時点で世界最高の電力性能比を実現した。また、様々な要素技術を開発しその有効性を、総合プロトタイプを実際に製作することによって示している。「多相的分子インタラクションに基づく大容量メモリの構築」では、液状DNAメモリに関して、世界最大のアドレス可能な手法を実現するとともに、その理論的限界を明らかにし、その応用として、認証に理想的なDNAインキを実現した。表面上の分子メモリに関しては、生体イメージング手法の基礎を与えるとともに、分子に対する多様なアクセス方式(多相分子インタラクション)確立し、これらを組み合わせることにより、大容量の分子メモリを実現できる可能性を実証した。

 これ等の研究成果は、国内外の権威ある学会誌に多数の論文として、また研究発表会で多数口頭発表として発表されており、その価値が国際的にも客観的に高く評価されている。

 伊藤チームの研究と萩谷チームの研究は、いずれも新しい分野開拓を目指した基礎研究であるが、伊藤チームは全固体量子コンピュータという考えかたを初めて提唱しその実現可能性を与えたもので、今後の発展が期待される。萩谷チームは分子メモリの最適構成やその限界を与えるとともに、DNAインキや生体イメージング技術という新たな応用を開拓したもので、今後の進展が期待される。
 中島チームの研究と井上チームの研究はこれらとは異なり、実用に近い所での研究であるが、中島チームは大学では困難な大規模プロトタイプを実現して今後のスーパーコンピュータの開発技術の方向性を与えるとともに性能予測手法に新たな手法を編み出した。井上チームは、過去20年に亘って実現が困難視されていたホログラムによる回転ディスク上の大容量メモリ方式を実現したもので、国際的にこの方式による研究の流れを作った。企業との共同研究の成果である。この研究は文部科学省のキーテクノロジ開発事業に採択されたことは大変喜ばしい。今後の発展が期待される。

 本報告書は、これらの研究の成果をまとめたものであるが、関連する分野の研究者、技術者に有意義な情報を提供し、今後、これらの研究が更に発展して、情報社会へ具体的に大きなインパクトを与えることを期待したい。
 おわりに、これらの研究採択の諸課題について、5年間にわたり、随時適切なアドバイスをいただいたアドバイザーの方々(大蒔和仁、小関健、喜連川優、小柳光正、杉江衛、三浦謙一、村岡洋一の各氏)に感謝する。これらの方々のアドバイスにより、研究上の大きなバリアーを乗り越えることができ、また効率よい研究費の使用が可能となったことを特に付しておきたい。そして、研究推進のために尽力された科学技術振興機構本部の方々、竹田克己技術参事をはじめとする実際の事務を扱った「情報社会」研究事務所の方々に対して改めて感謝の意を表したい。これらの人々の強力な支援あってこその研究成果であると考える。
「情報社会を支える新しい高性能情報処理技術」研究総括
田中 英彦
 

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