平成16年度 研究終了報告書 (平成11年度採択課題)
「分子複合系の構築と機能」研究領域
研究終了にあたって

 研究領域「分子複合系の構築と機能」は高機能が期待される新規化学物質の創出と、それらを基礎とした複合系の構築を戦略目標としています。そのため、有機、無機、あるいは有機金属分子が行う様々な相互作用に着目し、分子レベルでの機能発現・解析を目指します。また、その結果としての新技術の創出や新産業への導入を期待しています。

 現代社会が化学と化学物質によって支えられているということは厳然たる事実であります。空中窒素固定によって人類は飢えから解放されました。高分子化学によって多彩な衣料を獲得し、ペニシリンのような分子の発見によって多くの伝染性疾患から解放され、人類の生活は一変したのです。有機合成化学や石油化学の驚異的な進歩によって20世紀はまさに「化学の世紀」となったのです。そして21世紀では化学はそのベクトルを複合系の構築へと向けて発展しています。

 平成10年に発足した本研究領域の第二回目の公募では89件の応募がありました。そのなかから、アドバイザーの方々のご協力を得て5件の研究課題を採択しました。各研究課題の、平成11年12月からの5年間の研究成果が、 ここに集大成されています。この間、国際的学術雑誌への論文掲載数は515報を数えました。いずれも独創性が高く、国際的にも高く評価されている成果です。なお、アドバイザーの先生にはその後も、シンポジウム、中間評価、最終評価を通じて有益なご意見をいただきました。今木直、岩村秀、木村茂行、国武豊喜、古賀憲司、長谷川正木、村井眞二の諸先生、また外部評価者としてご尽力頂いた、徳丸克己先生に感謝申し上げます。なお、古賀憲司先生は平成15年7月25日にお亡くなりになりました。まだ66歳で、奈良先端科学技術大学院大学から東京にお帰りになって、これからもご活躍頂けるものと信じていただけに誠に痛恨の極みであります。ここに謹んでご冥福を祈ります。

 桑嶋功代表者の「高次構造天然物の全合成:制癌活性物質の探索と創製」では、生理活性高次構造天然物の全合成を基軸とし、生理活性の中でも特に制癌活性に重点を置き、制癌活性タキソール、発癌性(腫瘍生成促進効果)を示すインゲノール、抗腫瘍活性カズサマイシン並びにその類縁体に加えて、各種の興味ある生理活性を示す天然物の全合成研究を行いました。なかでも、高度に歪んだ炭素骨格を有するタキソールおよびインゲノールの新規且つ効率的な構築法による全合成は学術的意義が大であるといえます。一方、研究途上、カズサマイシンが膵臓癌に対するin vitro活性試験でタキソールの約108倍の増殖抑制活性を示し、且つタキソールが最も有効性を発揮する乳癌に対してもin vitro活性がタキソールを大幅に上回ることが示されました。カズサマイシンは比較的不安定であり、また、細胞毒性も強い事を考慮して、安全性を高め且つ毒性を低下させる目的で、若干の誘導体を合成し活性試験を行ったところ有望な結果を得ています。現在進行中ですが、大いに期待できます。

 鈴木啓介代表者の「ハイブリッド型生理活性分子の高効率構築法の開発」では、天然由来の生理活性分子の中にはハイブイリッド構造(生合成系を異にする複数のユニットから成る分子構造)を持つものがよく見られ、それらの生理活性がその特有な複合構造に由来することが多いことに着目しました。このよう な分子は既存の合成法の単なる組み合わせではうまく合成できないことも多いので、本研究では、ハイブリッド型化合物の合成研究を目標とし、ひずみ環化合物の特性や新しいルイス酸の創製などを基盤として、新反応や新合成法の開拓を行いました。その結果、アリールC-グリコシド型抗生物質、ポリフェノール 類、ポリシクロブタベンゼン誘導体の合成を行い、プラジミシン、ベナノミシ ン類の合成研究を行いました。また、ポリケチド由来の多官能性多環構造の構築や、グループ選択的ヒドロアルミニウム化反応やヘテロ環の立体特異的 1,2 −転移反応を精査し多彩な成果を上げています。これらはグループの他の研究 ともあわせ、我が国の有機合成化学の極めて高い水準を示すでものです。

 田中順三代表者の「無機ナノ結晶・高分子系の自己組織化と生体組織誘導材料の創出」では、有機、無機複合系細胞外マトリックスを化学的相互作用に自己組織化過程として捉えた研究を行ないました。医工系の多数の共同研究者の協力により生体組織誘導型人工骨・歯・靭帯再建用材料など多彩な材料の開発を行い、生体における特性評価を行ないました。中でも有機単分子膜を用いたリン酸カルシウム・炭酸カルシウムの形成過程、水酸アパタイト/コラーゲン複合体の合成と生物学的特性、配向性キトサンを用いたチューブによる神経再生、細菌感染のない経皮デバイス等の研究により生体組織誘導材料の開発を行いました。今後、さらに硬組織周辺を自己治癒能力により再生させる材料や技術の開発を目指しています。

 福住俊一代表者の「有機・無機複合光電子移動触媒系の開発」は、有機・無機複合系を用いて、光合成、呼吸という生体系における電子伝達システムを分子レベルで再現する高次に組織化された電子移動システムを開発し、高効率エネルギー変換系を構築することを目的としています。また、本研究では有機分子光励起種と配位不飽和金属錯体と錯形成させることにより、種々の有機化合物との光電子移動触媒反応を精密制御し、高効率かつ高選択性を有する新しい物質変換手法を確立することに成功しています。マーカスの電子移動理論が基礎となっているのですが、人工系で初めて天然の電荷分離寿命に匹敵する分子複合系の開発に成功し、電荷分離寿命の世界記録を次々と更新するなど画期的な成果を上げました。一方、光合成の逆反応過程と関連して、適当な複核金属ポルフィリン錯体を用いることにより酸素の4電子還元を均一系で初めて触媒的に行うことに成功し、その反応機構を明らかにしました。応用的にも多彩な展開を見せており、多数の論文を発表するなど画期的な成果を上げました。

 吉川研一代表者の「自己生成するナノ秩序体:高次構造制御と機能発現」では、まず巨大単一高分子である細胞中のゲノムDNAの単一分子鎖の折り畳み転移が、コイル状に広がった無秩序な状態から、高度に秩序正しく折り畳まれたコンパクトな状態への不連続な転移であることを明らかにし、その一般理論を構築しました。このような長鎖DNAの折り畳み転移は数万倍の密度変化を ともなうので、その構造変化と酸素反応との相関を調べることは興味深いことです。実際、RNAの合成反応(転写反応)にon/offの変化を引き起こすことを明らかにしました。そのほか、DNAの折り畳み転移と高いキラル選択性、細胞サイズ空間での生化学反応系の確立、化学エネルギーを直接利用した分子複合系の自発運動などについて興味深い成果が得られ、さらには化学反応媒質を用いた非同期形並列演算の可能性をも示しました。このように本研究では、ナノ秩序の自己生成に関する研究を展開し、時間軸上の事象を制御し、新しい時空間構造を創り上げていくという、極めて興味ある独創的な成果が得られました。

 以上の成果は、515報(国内51、海外464)の論文に発表され、またそのいくつかは、国内67件、海外23件の特許として出願されています。成果のうち若干のものは企業化が進行しており、今後の発展が期待されるものもあります。全体としてインパクトのある立派な成果が得られたと思います。詳細な研究内容につきましては個々の報告書をご参照いただきたく、皆様のご批判ご意見を賜れば幸甚に存じます。
「分子複合系の構築と機能」研究総括
櫻井 英樹

独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業CRESTチーム型研究