研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
MEGによる人間の高次脳機能の解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  武田 常広  東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授
主たる研究参加者  本多 敏  慶応大学工学部 教授
 村田 昇  早稲田大学理工学部 助教授
 遠藤 博史  産業技術総合研究所脳神経情報部門 主任研究員
3.研究内容及び成果

 本研究は、脳全体の反応を同時に計測することのできる全頭型MEGを用いて、人間の五感の基礎動特性を解明するところから始め、脳の高次機能を「構成による解析」の手法を用いてデータに基づき解明し、脳型計算機やヒューマノイドロボットを開発できる基礎知識を得ることを主要な目的とした。

 この研究によって、色覚、調節・瞳孔反応、運動視、立体視などの基礎的な視覚特性について、東大、産総研、慶応大の研究者からなるグループが精力的に実験を行い、従来の心理物理的研究では明確に出来なかった様々な事実を明らかにし、さらに人間の注意、言語などに関する新たな知見を得た。まず、これを述べる。

 色知覚が大脳底部で行われていることは、fMRIの計測で明らかにされてきた。しかし、どのようなタイミングで色中枢が活動するかについては全くデータがなかった。MEG計測の結果、人間の色覚中枢が第4次視覚野(V4)である大脳底部副側溝に存在し、第1次視覚野(V1)の活動から50ms程度後に(刺激から150ms後)活動することを世界で初めて明らかにした。関連して、スペクトル特性の異なる3つの錐体細胞の出力で知覚される色が、なぜか赤/緑、青/黄の2つの反対色感覚を伴って知覚されるかが数十年来の色覚研究の謎であったが、3つの錐体細胞に対し受容野の異なる2種類の神経節細胞による側抑制をモデル化すると、従来なぞであった反対色知覚が、側抑制の結果から自然に生じるということで見事に説明できることを示した。

 人間の眼の焦点調節、瞳孔反応の制御特性を調べるために、それぞれを独立に刺激しそのときの眼の反応をMEG反応と一緒に計測する刺激装置を開発し、実験を行った。焦点調節については、ボケ刺激が入力されて約200ms後に頭頂後頭溝の深い所における両側性の活動が調節を制御し、約100ms遅れて眼の焦点調節が実際に起きることが発見された。瞳孔の反応は大脳皮質によって制御されるかどうかは議論のあるところであったが、TMS(経頭骨磁気刺激)装置による頭頂皮質磁気刺激により刺激後約100ms後に瞳孔が散大することを確認した。

 視覚から運動にいたる脳内の情報処理や、注意・言語などの高次機能に関して、産総研のグループと協力して、LEDを光らせた時できるだけ早く右手人差し指を動かすことを被験者に求め、視覚、運動、体性感覚の部位にダイポールを置き、計測されたMEGデータを出来るだけよく説明できるダイポールの大きさの変化を求めた。視覚野の2つのダイポールは、同じような大きさでLED点灯後約90ms 後に立ち上がり、130ms前後にピークを迎えた。運動野も左右2つのダイポールが明らかに活動したが、右指を動かすと左側優位な活動を見せ、視覚野がピークを迎える少し前に立ち上がり、150ms位でピークを迎えた。さらに、体性感覚野は平均で200ms前後に立ち上がり始め250msでピークを迎えることが判った。このように、MEGによって、脳内において視覚野、運動野、体性感覚野に情報が伝達され、次々と処理される過程が計測された。

 以上のように、MEG計測の初期の測定対象としては、視覚、聴覚、体性感覚、痛覚などの1次感覚系を対象とし、それぞれの情報処理特性を明らかにするとともに、感覚間での類似性、相違性を明らかにする研究を行った。また、感覚入力に対する受動的な反応だけでなく、入力情報の能動的な理解に基づく反応を調べた。同時に、上述の解析結果を踏まえ、視覚情報の受容、特に高次視覚特性と無意識的運処理特性変化など、中枢神経系における脳の可塑性に関する基本的特性を明らかにする研究を行った。

 こうした解析には、MEGデータによる活動源推定法の開発が必要である。これはMEG研究において極めて重要な課題であり、理研、慶応大、東大の研究者が協力し、ICA、ウェーブレットを用いたデータ処理法を適用するとともに、分布型磁場源推定法においてL1およびL2ノルムを結合した評価法によってより確からしい活動源の分布を推定する手法を開発した。推定結果が実際の電流分布と如何に対応しているかを調べるために、複数のダイポールを実際の頭の形をした模型頭に入れて実験的データを採取できるようにした。推定法の開発および計測データの解析には、複雑な脳構造を自由に見られる環境の下に自由に新しい推定法を試して評価できるようにする必要がある。本研究では、AVS (Application Visualization System) という開発環境を利用して、所期の目的を果たした。

 最後に、MEG装置の最大のネックである大量のヘリウム消費の問題を解決できる装置を開発することが、本研究のもうひとつの大きな課題であった。そのような装置の開発は、MEG装置の利用を格段に容易になることから、広く求められている懸案であった。冷凍機の予冷機能を巧みに利用することによって、従来考えられなかった効率的な冷却法を考案できた。また、実証化の過程において、冷凍技術において従来から極めて深刻であるとされた閉塞問題に対しても、新しい精製器を開発することによって1年間以上の連続運転可能な見通しを得ることが出来た。この技術は、MEGのみならずMRI、低温物性試験機にも広く利用可能な装置で、冷凍技術に大きなインパクトを与える可能性を持っている。

4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 本研究は、全頭型MEG装置を用いて人間の脳における5感情報の処理の部位とその動特性を解明し、これにより人の高次脳機能を明らかにすることを試みたものである。MEGはミリ秒単位の時間精度を有し、脳のダイナミックスを解明するための優れた武器であるが、必ずしも使いやすい装置ではない。空間分解能、雑音、逆問題に起因する困難など、多くの問題点が指摘されている。このため実験にあたっては、パラダイムの工夫はもとより、付随する刺激装置の工夫やデータ処理手法の開発が欠かせない。本研究はこうした工夫により、時間特性の優れたMEG装置ならではのダイナミカルな脳内処理機構を明らかにした。その成果の主なものとしては、色覚中枢がV4に存在し、一次視覚野の活動から50ms程度遅れて活動することを世界ではじめて明らかにするなど、これまであまりMEG計測の対象とされていなかった焦点調節、瞳孔反応、両眼視野闘争などを含む脳磁活動の計測と解析で興味深い結果を出している。聴覚では音源定位を、運動については視覚入力、運動の準備、その実行の各段階において、情報がどのような潜時で転位していくかを明らかにしている。これらの研究は国際レベルの第一線に並ぶ重要な成果と考える。

 本研究の特徴は、独創的な工学的工夫により、巧妙な実験パラダイムを実現可能にしたことであるが、時間特性を活かした高次の脳機能に迫ることは、これからの課題として残された。これは逆問題に起因する信号処理の困難によるところが大きい。ICAその他における種々の工夫はみられるものの、信号処理における新しい手法の開発はこれからの課題として残されている。

 一方、MEG用のヘリウム循環装置を独自に考案設計したことは、遅れている国産の測定装置技術の開発に寄与する上で、特筆すべき有望な成果を挙げたといえる。
 これらの成果は、海外の学術誌に20編、国内の学会誌に8編の論文として発表されている。そのうちの1編はバイオメカニズム学会賞を受賞している。また、学会発表は招待講演を含めて、海外72件、国内94件に及ぶ。特許は国内8件、海外1件の出願があり、ヘリウム循環装置に関しては、実用化の話が進んでいる。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 本研究は脳研究における工学的なパラダイムの必要性と有効性を示したものである。とくに、ヘリウム循環装置は、本格的な実用化が可能になれば大きな産業価値が見込める重要な発明である。
4−3.その他の特記事項(受賞歴など)
 特になし
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This page updated on September 12, 2003
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