研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
脳型情報処理システムのための視覚情報処理プロセッサの開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  小柳 光正  東北大学大学院工学研究科 教授
主たる研究参加者  江刺 正喜  東北大学未来科学技術共同研究センター 教授
 中村 維男  東北大学大学院情報科学研究科 教授
 山本 光璋  東北大学大学院情報科学研究科 教授
 丹治 順  東北大学大学院医学系研究科 教授
 宮川 宣明  富士ゼロックス株式会社 技術開発センター 技術主幹
3.研究内容及び成果
 人間の作った情報処理システムであるコンピュータは、集積回路技術の進歩に支えられて性能が飛躍的に向上してきている。しかし、数値計算や記号処理の処理速度がいくら速くなっても、画像や音声、図形や文字に対する認識能力は人間に比べるとまだ格段に劣っている。人間の認識能力に匹敵するような情報処理能力を有するコンピュータを実現するためには、これまでの計算論理やアルゴリズムに従ってハードウェア性能を改善して行くだけでは難しく、人間の思考や認識のメカニズムに学んだ新しいアルゴリズムの導入が欠かせない。このような情報処理システムを実現するためには、新しいアルゴリズムやアーキテクチャ研究と併せて、そのための新しいハードウェア技術、特にシステム集積化技術に関する研究が重要となる。

 本研究は、人間のもつしなやかな情報処理システムを実現するための新しいアーキテクチャとハードウェア技術の両方を併せて開発し、実際に脳型情報処理システムのプリプロセッサとなる視覚情報処理プロセッサを構築した。これは脳における高次の視覚情報処理部の機能の一部を工学的に実現したものといえる。

 具体的には、人間の視覚情報処理機能に近い機能をもつシステムをアナログ/デジタル混在回路技術、システム集積化技術を駆使して構築した。はじめに、網膜の部分をアナログ/デジタルCMOS技術を用いて集積回路化した。このような視覚情報処理システムを実際に構築するためには、3次元積層型集積回路を用いる必要がある。3次元積層型集積回路では、LSIチップを複数個積み重ねて、チップを貫通する垂直配線によってチップ間を電気的に接続する。このような構造は網膜や脳の層状構造と非常に似ており、特に、光受容器や各種の細胞が3次元的に密に詰まった網膜をシリコンチップで形成する場合には3次元積層型集積回路は必須となる。また、システムを3次元集積回路で構成するとシステムを小型化できるのでシステムの集積度が向上し、長距離配線も減って配線負荷が減少し、高速で低消費電力のシステムを実現できる。

 以上に述べたような視覚情報処理システムを構築するために、研究組織全体を集積システムグループ、情報処理モデルグループ、脳メカニズムグループ、システム設計グループの4つのグループに分け、緊密な連携を取りながら研究を進めた。このような研究体制のもとに得られた主要研究成果の概要を以下にまとめる。

3次元集積化技術の開発(集積システムグループ)
 研究期間を通じて、3次元集積化技術のための主要技術の開発とその改良を行なった。その技術を用いて、フォトダイオード層と2層のCMOS回路層からなる3層積層型のイメージセンサの試作に成功した。また、より高性能で低電力の脳型視覚情報処理システムを構築するために、金属垂直配線技術、SOIによる3次元集積回路、極微細トランジスタのための基盤技術(SiGe選択成長、シリサイド、浅い接合の形成など)、さらには3次元集積回路チップ間を高速に接続するための光インターコネクション技術などに関する研究も行った。
 
3次元積層型人工網膜チップ(システム設計/集積システム/脳メカニズムグループ)
 システム設計グループと集積システムグループが協力して、従来にない3次元積層型集積回路を用いたアナログ/デジタルCMOS集積回路設計のための基礎技術検討を行い、その結果をもとにして網膜、第一野視覚野、MT野、上丘の生体モデルに基づく網膜回路、V1野回路、MT野回路、上丘回路を設計した。生体モデルの構築には脳メカニズムグループが指導的役割を果たした。チップ試作は集積システムグループが担当した。試作した3次元積層型人工網膜チップでは、石英ガラス基板に3層積層構造をもつ人工網膜チップが貼り付けられている。視覚情報となる光信号は石英ガラス基板を通して入力される。この石英基板はパッケージの役割も果たしている。チップ裏面には出力端子として働く多くのマイクロ電極(バンプ)が形成されており、人工網膜チップはこのマイクロ電極アレイを介してシリコン配線基板に実装されている。したがって、従来のLSIチップで用いられているようなボンディングパッドやワイヤーボンディングパッケージが不要であり、チップ面積と実装面積を著しく低減できる。このチップはパッケージ技術の点からみると、世界初の3次元積層型チップサイズパッケージであると言える。
 
視覚情報処理システム(情報処理モデル/集積システムグループ)
 人の網膜は解像度の高い中心視の部分(中心窩)と解像度の低い周辺視の部分より構成される。このような構造は人の視覚情報処理にとって根源的なものであり、高次の視覚情報処理機構を理解する上でも重要なものである。また、3次元空間的な視覚情報を中心窩構造を有するセンサーで収集、処理するためには注視点の移動が必要不可欠である。このために、注視点移動ビジョンシステムを製作し、このような機能や構造を有する視覚情報処理システムを実現するための基礎検討を行った。
 
 3次元集積回路技術や3次元実装技術の研究は、世界的にも注目の的であり、多くのプロジェクトが遂行中である。本プロジェクトにおいて研究が大幅に進展し、3次元集積回路技術に関しては、国内外の研究機関に比べて大きくリードする状況となっている。この3次元集積回路技術は、3次元積層型網膜チップや3次元積層型画像処理、さらには3次元積層型マイクロプロセッサ、3次元積層型集積メモリ、3次元システムLSI といった新しい積層型LSIの実現を可能とするものであり、ポストLSI技術として重要な技術である。また、SOIを用いた積層型超薄膜集積回路は、眼への網膜チップ埋め込みなど、生体へのチップ埋め込みによる再生医療の分野にも大きな変革をもたらす可能性をもっている。さらに、3次元集積回路技術をマイクロマシン技術やバイオ技術と融合すると、これまでにないような新しいマイクロ集積システムの実現も可能である。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 本研究は、半導体のシステム集積化技術を新しく開発することにより、脳型情報処理システム、とくに視覚情報処理プロセッサのハードウェアによる実現を目指したものである。そのためには3次元集積化技術の開発が鍵となる。3次元集積化技術については世界的に激しい競争が行われているが、本研究はその先頭を走り、この技術を中核に、生理学的な知見をも加えて、網膜から脳の初期視覚野にいたる情報処理機能を実現する人工網膜チップを開発した。

 本研究において基礎となる3次元集積化技術を開発し、これを低電力回路で実現する道を世界に先駆けて拓いた成果は高く評価できる。この技術を用いて人間の網膜を模した人工網膜チップを設計し、さらに実際に製作してその動作を確認したことも大きな成果である。しかし、脳の情報処理メカニズムの解明や視覚情報処理モデルの作成については大きな進展はなく、生理学研究者との協力も含めてこれからの課題として残された。

 本研究の成果は、海外27件、国内9件の一流学術誌における論文発表、海外66件を含む127件の学会発表からも明らかである。このうちには、海外できわめて評価の高い国際学会における10編の招待講演が含まれている。また、3次元半導体集積回路装置の製造方法が特許として成立していることも大きな成果といえる。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 低電力並列動作の3次元集積回路は次世代の半導体技術として注目されている。本研究はその実用化の目途をつけたものであり、世界の先頭を走る革新的な技術の開発といえる。これには、さらに光接続技術、高度並列計算機技術が付随しており、本プロジェクトの成果の社会や産業への波及効果は極めて大きいと言える。遅れをとった日本の半導体技術をふたたび世界に雄飛させる可能性を秘めたものである。
4−3.その他の特記事項(受賞歴など)
 本研究は脳の研究というよりは、脳にヒントを得た半導体技術の研究である。その立場から見ると、世界の最先端を走るものであり、産業界からも注目を集めた。新聞報道も15件にのぼるなど、注目された技術開発である。また、研究代表者は科学技術功労者として文部科学大臣賞を受賞している。
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