研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
老化脳における神経の可塑性制御の分子基盤
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  森 望  国立長寿医療研究センター 部長
主たる研究参加者  上園 保仁  長崎大学大学院医歯薬総合研究科 講師
 中村 岳史  科学技術振興事業団 研究員
 渡辺 恭良  大阪市立大学医学部 教授
 木山 博資  大阪市立大学医学研究科 教授
3.研究内容及び成果

 本研究では神経の突起進展の制御因子である神経特異的なnGAPsと、その神経細胞に特異的な遺伝子発現を統括制御する転写抑制因子NRSF/RESTと、さらにNGF/neurotrophin等の神経栄養因子によるnGAPs誘導にかかわる神経特異的なシグナル伝達分子N-Shcに関する研究を総合して、神経細胞に特徴的なシグナリング、遺伝子発現、そして可塑性制御の分子機構を明らかにすることを狙いとした。

 
老化制御グループ:
1. 神経突起進展関連分子 nGAPs 成熟脳における神経突起伸展制御分子は神経可塑性にからみ、非常に有望な老化脳制御分子となりうると考えられ、SCG10を中心に、その構造と機能解析を進めた。SCG10の発現は、成熟大脳皮質の部分切除により誘導がかかるが、その遺伝子発現誘導レベルは老化により著しく阻害される。研究を進める過程で、新たな神経特異的ホモログ、SCLIP (SCG10-like protein)とRB3の存在が明かとなった。ドメイン構造は基本的に同じだが、特にリン酸化をうけうる分子の中央部の制御ドメインでの多様性が見られた。SCLIP、RB3を含めて、SCG10関連遺伝子群のすべてについてin vitroでもin vivoでも神経突起の主骨格となる微小管/マイクロチューブルの崩壊活性をもち、リン酸化によって活性が制御されることを明らかにした。微小管制御分子以外に、神経系での発現の強い新規のアクチン結合蛋白ClipinCを発見した。ClipinCは神経細胞内での微小管からアクチン繊維へ繋がる成長円錘のような場所で神経骨格の有機的な連係制御に係わっている可能性が考えられる。
2. 神経選択的サイレンサー制御因子NRSFは神経機能に直結した多くの遺伝子を統括的に制御する重要な転写因子である。NRSFによって制御される神経遺伝子の多様性について、NRS配列をプローブにヒトゲノムプロジェクトのデータベースを調べ、従来知られていなかったターゲット遺伝子の候補となるものを数十種明らかにした。NRSFによる神経選択的転写抑制に関して、mSin3-HDAC複合体のリクルートによるクロマチン構造変換を介した転写抑制機構があることを提唱した。
 
ノックアウトマウス作製/解析グループ:
 当初、N-Shcノックアウトマウスの作製を目的とし、N-Shc遺伝子の単離、ターゲッティングコンストラクトの作製、ES細胞への遺伝子導入等進めた。しかし、生殖細胞系列への伝播が起こらなかった。一方、カナダの研究グループがN-Shc KOマウスの樹立解析を報告したため、独自のKOマウスの開発は研究中途で断念した。平成13年からカナダで樹立されたマウスを用いた。
 
シグナルグループ:
 リン酸化チロシンアダプター分子Shcの神経系特異的ホモログであるN-Shcを単離したので、N-ShcとShcを対比して、その遺伝子基盤、生化学的特質、生物学的な応答特性を理解することを目指した。N-Shcに特有のシグナル伝達経路を調べるためにCH1ドメインでチロシンリン酸化残基を決定した。ついで、それに特異的に結合する分子を特定したところ、Grb2だけでなくCrkが新たなサイトに結合することを見いだした。アクチン細胞骨格の再編成に関わると考えられる因子を探索し、新規調節蛋白質Grit (G-protein regulator interacting with TrkA) を同定した。Gritの発現は神経系に強く、神経栄養因子シグナル等膜上の活性化シグナルをN-Shc, Crkを介してアクチン骨格制御へとつなげる新規分子と考えられた。N-Shcに神経細胞保護作用があるかどうか明らかにする目的で、神経活性化や神経細胞死のシグナル伝達に係わるプロテインキナーゼC(PKC)との相互作用の可能性について探究した。その結果、N-ShcとPKC deltaの発現が成熟脳で非常によく一致すること、また、N-ShcとPKCdeltaが酸化ストレス下に特異的に結合することを発見した。
 
チャネルグループ:
 G protein-coupled receptors (GPCRs) によるシグナルにN-Shc、Sck、ならびにShcアダプダー蛋白が介するかどうかをクローン化GPCR、ならびにクローン化N-Shc、Sckを発現させたアフリカツメガエル卵母細胞を用い、受容体によるイオンチャネル活性の修飾を指標として検討した結果、Shc系アダプター蛋白はGq共役型受容体シグナルを調節することで脳内での働きを制御していると考えられた。中枢では数多くのGq共役型受容体が発現しており、神経伝達、記憶、学習などに密接に関与していることから、Shcはそのモジュレータとして働く可能性がみえた。特に、N-Shc, Sckがあると神経の脱感作が強まる。これは、神経の過敏状態を抑制することにより、N-Shc等が神経保護に働く可能性を示唆するものである。
 
可塑性グループ:
 ネコの視覚野可塑性におけるnGAPs蛋白の役割について研究を進め、神経活動及び神経栄養因子に依存してSCG-10が誘導されることによって、LGNニューロンの軸策終末のチューブリンネットワークの崩壊が起こり、可塑的変化が生じることが、推察された。また、老化によってBDNF受容体からSCG-10発現に至る情報伝達系のスイッチの切り替えが生じ、これによって神経可塑性の低下が生じることが示唆された。
 
神経再生グループ:
 舌下神経切断後の神経再生の研究を進める過程でShcやnGAPs関連分子の遺伝子応答について研究を進めた。神経特異的に機能すると考えられるアダプタータンパク質、N-Shcの発現は、BMP2とRAによって直接あるいは間接的に誘導されていることが明らかになった。さらに中枢神経系においては、NT3やBDNFなどのニューロトロフィンファミリーの神経栄養因子がN-shcの発現を直接的に誘導・維持していることが明らかになった。Shcファミリーの上流で作用するニューロトロフィンの作用は、N-Shcを介するシグナル伝達経強度に対する正のフィードバック制御と捉えることができる。また本研究に関連してBMP2とRAあるいは神経栄養因子によって発現制御を受ける神経特異的新規タンパク質(BRINPファミリー)を発見した。その発現様式からいずれのBRINPタンパク質も、発達段階特異的、あるいは領域特異的な神経細胞の機能分化・個性獲得に作用していることが示唆される。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 原著論文は海外31件、国内16件掲載された。口頭発表は国内24件であった。研究の特質にもよるが、特許出願は行われなかった。神経可塑性分子nGAps、神経シグナル分子N-Shc、神経特異的転写因子NRSFの相互の関連についての基礎研究に進展が見られた。特にClipinC、Grit、神経の損傷時にみられるN-Shcの応答性などに新しい所見が得られた。研究が広範にわたるため、多くのサブグループで研究が進められた。それぞれの研究施設に異動があったため、連携が十分とは言えず成果のばらつきが大きい。特にN-Shcのノックアウトマウスの作製において海外に遅れをとったことが痛手であった。もともと困難が予想されたことであるが、上記の成果は発達期の脳を中心とした成果であり、神経突起の可塑性の低下から脳の老化機序を解明するとの当初目標は残念ながら未達成である。5年間では時間が足りなかった印象がある。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 日本では脳の老化の解明を目指す研究者は少なく、このグループは貴重な存在である。基礎的、理論面での成果は大きかったが、脳老化制御と脳保護へ至るような成果には繋がらなかった。一方脳老化制御に中心的役割を果たす分子群を解明したので、脳老化、アルツハイマー症やパーキンソン病の研究へと発展することが期待出来る。また、N-Shcが寿命に関連した因子であることが解ったので、この分野の研究を進めることでブレークスルーが得られるかも知れない。
4−3.その他の特記事項
 なし
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This page updated on September 12, 2003
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