研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
精神分裂病における神経伝達の異常
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  須原 哲也  放射線医学総合研究所 特別上席研究員
主たる研究参加者  大久保 善朗  東京医科歯科大学大学院教授
 原田 平輝志  放射線医学総合研究所 主任研究員
 前田  稔  九州大学大学院薬学研究科 教授
3.研究内容及び成果
 統合失調症(精神分裂病)は若年期に発症し、幻覚妄想などの陽性症状、感情鈍麻や意欲の減退といった陰性症状を発現して古くは次第に慢性化、荒廃化すると考えられてきた。しかし抗精神病薬、特に近年の非定型抗精神病薬の開発によって多くの統合失調症患者の社会への復帰が可能になってきているが、その一方で疾患の病態生理は未だに不明な点が多く、薬物の開発や臨床利用も経験的な方法によるところが多いのが現状である。本プロジェクトでは非侵襲的画像解析を用いて、統合失調症の神経伝達機能の異常に関し、主にポジトロンCT(PET)を用いて検討し、さらに抗精神病薬による脳内受容体の占有率測定や、新しいポジトロン標識リガンドの開発・評価を行った。特に統合失調症では脳内のドーパミン神経伝達の異常が予想されていることから、脳内のドーパミン神経伝達に関わる受容体や、ドーパミン神経伝達を修飾する神経系の測定に向けた取り組みを行った。

 脳内ドーパミンD2受容体は線条体に高密度に分布しており、これまでのドーパミンD2受容体研究は線条体を中心に行われてきた。高親和性リガンドFLB 457を11Cで高比放射能標識を行うことによって線条体外ドーパミンD2受容体の定量評価を行ったところ線条体に比し著しく低値であった。これらの値が正常の加齢でどのように変化するかを検討したところ、大脳皮質領域で10年で約10%低下することが分かった。一方人格の形成にドーパミン神経伝達が関わっている可能性が示唆されていることから、線条体外ドーパミンD2受容体と人格指標の一つである新奇性追求の関連について検討を行い、右島部においてドーパミンD2受容体結合能と新奇性尺度の間で強い相関を見出している。

 統合失調症では抗精神病薬未服用の患者と正常被検者の比較を行うことができた。ドーパミンD2受容体は予想に反して前部帯状回において統合失調症群で有意な低値が認められ、陽性症状と負の相関が認められた。ドーパミンD2受容体結合の低下は介在神経のドーパミン神経系に対する抑制的調節機能の障害を反映するものと解釈される。視床を分割して評価したところ主に背内側核と視床枕を含む領域で統合失調症において有意な低値が認められた。他の神経伝達物質受容体に関しては、セロトニン2A(5-TH2A)受容体とセロトニン1A(5-HT1A)受容体の測定を行った。5-HT1A受容体は扁桃体で有意に低く不安/抑うつ症状とに相関が認められた。一方統合失調症の脳に形態変化が伴うとの報告は多いが、小脳虫部が有意に小さいこと、さらに側脳室の大きさで測定した経時変化で、統合失調症においては正常対照群に比較して経時的な拡大率が有意に大きいことを明らかにした。このことは今後経時的な機能変化を追っていくことの重要性を示唆している。

 統合失調症の治療に関連して、大脳皮質領域における抗精神病薬によるドーパミンD2受容体の用量と占有率との関係を明らかにした。サルを用いて高用量のクロザピンによるドーパミンD2受容体の占有率とその時間変化を測定したところ、占有率は時間と共に急速に低下することを明らかにした。このように占有率の時間変化は抗精神病薬治療において重要な指標であり、薬物の特性を考慮した治療計画を立てる上で、先に述べたシミュレーションの関係式は臨床的に極めて有用な指標を提供できるものと予想される。
 PETを用いた研究においてはin vivoで有効なリガンドの有無が、測定範囲を決定する。またin vivoの条件下では、内在性伝達物質の影響を受けるか受けないかなど、リガンドによってin vitroの条件とは異なる特性を検証する必要がある。 [11C]FLB 457、[11C]WAY 100635等開発したリガンドの評価を行った。しかしin vitro結合とin vivo結合での乖離が見られ、有意義なデータは得られなかった。例外として、グリシン結合部位に選択的な[11C]L-703,717が小脳のNR2C/NR1サブユニットにin vivo条件下でのみ選択的に結合することを発見し、その脳移行性を改善したプロドラッグ体であるAcetyl-[11C]L-703,717を臨床利用可能なPETトレーサとして開発した。NMDA受容体のリガンドに見られたin vitro結合とin vivo結合の乖離は、生体中でのNMDA受容体の複雑な活性調節機構を反映した結果であると推察された。従ってこの乖離の原因を明らかにすることがNMDA受容体の機能解明につながると同時に、今まで困難であったグルタミン酸受容体のPETリガンドの効率的な開発を可能にするものと考えられる。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 PETを用いて統合失調症における脳内ドーパミン受容体に着目した研究は日本では殆ど行われていない。その困難な課題に挑戦した意義は高く評価された。研究論文は海外70件、国内28件掲載された。口頭発表は国内98件、海外49件であった。これらは着実な成果と言えよう。研究の過程で統合失調症患者ではドーパミンD2受容体は予想に反して前部帯状回において有意な低値が認められ、陽性症状と負の相関が認められたこと、NMDA レセプターリガンドが小脳に集積する興味ある結果を見出した。しかし臨床応用には至らなかった。研究の推進はリガンド開発にかかっていたが、やはりリガンド開発は困難が多く特許出願も1件にとどまった。スエーデンやアメリカの強大なグループに対抗するにはもっと広いグループの結集が求められる。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 脳内ドーパミン受容体結合能の研究、薬物の占有率の検討、新たなリガンド開発など重要な課題で比較的質の高い成果を上げている。しかし、対象疾患者数の低さ、実用的なリガンドの開発といった点でまだまだ問題が残った。これらの問題は研究対象の困難性から来るものと思われる。本グループとしては高い成果を上げたと評して良いと思われる。日本にとっては数少ない貴重な研究グループなので、幅広いグループを結集して薬剤の開発に進んで欲しい。
4−3.その他の特記事項(受賞歴など)
 この研究課題を遂行可能になったのは、高価なPET機器の使用が可能になったこと、有機合成チームの結集が出来たこと、放射性物質の取り扱いが可能だったことが挙げられよう。その意味でCRESTによる支援、放射性医学総合研究所の貢献は大きかったと言えよう。
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