研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
Gタンパク質共役受容体の高次構造
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  芳賀 達也  学習院大学生命分子科学研究所 所長・教授
主たる研究参加者  武田 茂樹  群馬大学工学部生物化学工学科 助教授(平成14年4月〜)
 立元 一彦  群馬大学生体調節研究所 教授(平成14年4月〜)
 豊島 近  東京大学分子細胞生物学研究所 教授
 中迫 雅由  慶応義塾大学理工学部 助教授
 武藤 裕  東京大学大学院医学系研究科 講師
 廣田 洋  理化学研究所ゲノム科学総合研究センター(平成11年4月〜)
 若松 馨  群馬大学工学部生物化学工学科 教授(平成11年4月〜)
 窪田 健二  群馬大学工学部生物化学工学科 教授(平成11年4月〜)
3.研究内容及び成果
 本研究は、Gタンパク質共役受容体の高次構造を明らかにし、それによって受容体の作用機構を知ると同時に、理論的にリガンドを推定し創薬への道を開くことを主要な目標とした。受容体に結合したリガンドのNMRによる構造決定も計画した。同時に、Gタンパク質共役受容体の新しいリガンド検索系を構築し、オーファン受容体の内在性リガンドの同定を目指した。また、平成10年度からコリントランスポーターの研究をこのプロジェクトに組み入れた。
 Gタンパク質共役受容体は、ロドプシンを例外として細胞での発現量が少ない。高次構造を決定するには、まず大量発現・精製系の構築が必要である。モデル受容体として、ムスカリン性アセチルコリン受容体M2サブタイプ(ムスカリン受容体)の変異体を選んだ。種々の発現系を検討し、最終的にバキュロウイルス・昆虫Sf9細胞系を用いて毎月40-60 mg受容体を発現させ、15-30 mgの精製受容体を調製する系を確立した。
 Gタンパク質共役受容体はジギトニン中で安定であるが、ジギトニンはミセルサイズが大きく、結晶化に適さない。種々の界面活性剤を検討し、高親和性アンタゴニストQNB(quinuclidinyl benzylate)を結合させた状態では、アルキルグリコシド中で比較的安定であることを確認した。QNBを結合させたM2受容体変異体の結晶化を試みた。結晶様構造物が観察されると、中迫雅由氏の協力で、東大分生研、理研、慶応大学、SPring 8でX線回折実験を行った。平成14年10月の時点で、8Åの回折点を示す結晶が得られている。構造解析には、結晶の質の改善が必要である。
 大量に精製したムスカリン受容体を用いて、受容体に結合したアセチルコリンアナログ、特に(S)-methacholineと (2S,4R,5S)-muscarineの立体構造をNMR/TRNOEで決定した。最初は東大理学部の武藤裕氏、後に理化学研究所の廣田洋氏の協力で行った。その結果、受容体結合時のアセチルコリンアナログは、二面角 O-C2-C1-Nが+60°のgauche型であり、非結合時のリガンドの構造(二面角:+90°)が、約30°回転したものであると結論した。この受容体結合時の立体配座は、内部回転角が固定したアナログを用いた薬理学実験から予想されていた配座 (二面角 O-C2-C1-Nが+180°のtrans型) とは大きく異なっていた。リガンドの構造変化と受容体の構造変化が協奏的に起こるという可能性を推測した。
 Gタンパク質共役受容体のリガンド検索系を種々検討した。受容体とGタンパク質αサブユニットとの融合タンパク質を発現させたSf9細胞膜標品を用いて、簡便にフルアゴニスト、部分アゴニスト、中性アンタゴニスト、インバースアゴニストを区別できることを示した。これらのリガンド添加で、この順にGDPに対する親和性が増加し、それをリガンド依存性[35S]GTPγS結合活性として測定できる。ノシセプチン受容体・Gα融合タンパク質というモデル受容体を用いて、この系はオーファン受容体のリガンド検索にも応用可能であることを示した。2000年に明らかにされたヒトゲノム塩基配列から、新規Gタンパク質共役受容体342種(匂い、味、内在性リガンドの受容体に相同性を持つものそれぞれ281,11,50種)を同定した。内在性リガンドを持つと考えられる新規受容体(約30種)について、Gタンパク質αサブユニット(主にGi1、一部Gs)との融合遺伝子を作成し、そのリガンドを検索した。その中の1種、hGPCR48-Gi1αに対して、5-oxo-eicosatetraenoic acidが数nMでアゴニストとして働くことを見いだした。
 コリン作動性神経に特異的に発現し、コリン取り込みを行う分子の存在は30年前から推測されていたが、その分子的実体は不明であった。コリン取り込みはアセチルコリン合成の律速段階であり生理的に重要な過程である。1998年12月、線虫C. elegansのゲノムプロジェクトが発表されたので、その情報を利用して線虫のコリントランスポーターのクローニングを試み、成功した。引き続きラット及びヒトの相同分子(CHT1)をクローニングした。CHT1は神経伝達物質トランスポーターファミリーではなく、Na+/グルコーストランスポーターファミリーに属していた。ヒトCHT1を培養細胞に発現させて機能解析を行ったところ、コリンに対する親和性、阻害剤感受性、イオン依存性などの点で、シナプトゾーム画分のコリン取り込み活性と同様の性質をもっていることが確認された。CHT1 mRNAは予想通りコリン作動性神経に特異的に発現していた。都神経研の三澤日出巳氏、杏林大学小林靖氏との共同研究により、抗CHT1抗体を用いた免疫組織化学によりラット、サル、ヒト中枢神経系におけるCHT1発現分布を調べ、コリン作動性神経に限局していることを明らかにした。ヒトCHT1遺伝子の5’ 上流8 kb以内にプロモーター活性が見られたが、この領域のみではコリン作動性神経特異的な発現を決めるのには不十分であった。これらの結果からCHT1は高親和性コリントランスポーターであると結論した。
 

豊島グループ

 G蛋白質結合型受容体の結晶化を支援するため、これ迄に実績のある筋小胞体Ca2+-ATPaseを例題として、膜蛋白質の結晶化の諸因子を検討した。特に不安定な膜蛋白質の結晶化を可能にするため、脂質を添加し電子顕微鏡レベルのチューブ状結晶からX線結晶解析にかかる大きな三次元結晶の作製までを同時に視野にいれた方法の開発を行った。この方法は極めて有効であり例題としたCa2+-ATPaseのみならず、今後の膜蛋白質の結晶化において重要な方法となるであろう。
 

中迫グループ

 ムスカリン受容体の三次元結晶構造解析に向けて、
1)ムスカリン受容体三次元結晶化過程で析出する種々の凝集体についての極低温X線回折実験による評価
2)低温X線回折実験基盤技術の開発・改善とそれを用いた蛋白質の結晶構造解析
3)将来の受容体−信号伝達蛋白質間相互作用解析に不可欠な蛋白質水和構造の解析
を実施した。
 
武藤グループ・廣田グループ
 ムスカリン受容体に結合したアセチルコリンアナログの立体構造(C1-C2間の内部回転角)をTRNOEを用いて決定した。
 
立元グループ
 Gタンパク質共役受容体のリガンド探索法として、受容体とGタンパク質G16のαサブユニット(G16α)との融合タンパク質をCHO細胞に発現させて、細胞応答を測定する方法を開発した。さらに、ヒトゲノム情報より得た受容体THTR (11種)及びTHTRと高い相同性を持つ受容体T2R (11種)について、上記の方法を用いてこれらの受容体に対するリガンドの探索を行った。
 
若松・窪田グループ
 G蛋白質が受容体によって活性化される機構は従来不明であったが,G蛋白質αサブユニットに良く保存されている塩橋を介してC末端部分の構造変化がGDP結合部位へと伝達されて、G蛋白質の活性化が起こることを明らかにした。この活性化機構の解析中にムスカリンM4性受容体の部分ペプチドがG蛋白質(Gi/Go)を特異的かつ強力に活性化することを見いだした。このペプチドはM4受容体のミメティックとして有望である。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

 Gタンパク質共役受容体(GPCR)の高次構造とリガンドの解明で大きい成果をあげた。ムスカリン受容体の結晶化とX線解析の極めて困難なテーマを大詰め近くまで進めた。ムスカリンM2受容体に結合したリガンド(アセチルコリン)が低親和性ではgauch、高親和性ではtransである新知見を示した。高親和性コリントランスポーター遺伝子クローニングに成功して、単一塩基多型の解析に発展している(Nature neuroscience)。

 Gタンパク共役受容体の高次構造を決定するために純度の高い結晶化を行なうという困難な目標に向かって着実に成果を積み重ね最終目標にあと一歩のところまで近付いた。また、それを創薬に結び付けるリガンドの探索を始めている。さらにコリン作動性シナプスで重要なコリントランスポーターを発見し二次構造を決定した。

 Nature、Nature neurosci.、Nature struct biol.をはじめ、国際一流誌に多数の優れた論文を発表している。基礎的な研究なので論文数、IFなど数値的にはあまり高くないが、主研究グループを含め各サブグループ共に夫々の分野の主要な学会誌に優れた成果発表を行っている。英文の原著論文107件という数字が発表力の高さを示している。国内5件、外国2件の特許を出願している。

 ムスカリン受容体の結晶化とX線解析は極めて困難なテーマであるが、よく着実に研究を進めたことに感銘する。研究をすすめるために一流の生化学者、生物物理学者、分子生物学者の参加を求めたことが研究の進展を助けた。

 研究課題と直接の関係はなかったが、豊島グループのCa2+-ATPaseの三次元構造はNature の表紙を飾った。結晶化の手法と構造決定が高く評価された結果である。

 非常に金のかかる大型研究であり、その他の研究材料費・消耗品費の割合が大きいのは当然である。CRESTでなければできない研究である。既存の研究設備を活用し、効率良く質の高い研究を進めたことが研究費の配分表から推定される。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献

 GPCRの高次構造が解明されれば理論的にリガンドを推定して創薬への道が開ける。また、味覚GPCRのリガンドは新規味覚物質の開発に有用であろう。高親和性コリントランスポーターも長年探し求められてきたものでインパクトは大きい。アルツハイマー病の分子病態に重要であろう。ムスカリン受容体の三次元結晶化に向けての着実な歩みと構造決定への期待は大きい。Gタンパク共役受容体はNMDAレセプターと並んでシナプスの可塑性にも関係する脳の主要なレセプターで種類も多い。その立体構造を決定しリガンドの探索を行なえば記憶情動、認知など未知の脳機能の解明に役立つであろう。

 ムスカリン受容体の結晶化とX線解析の国際的競争の先端を走っている。受容体に結合したアセチルコリンの構造が低親和性でgauscheであることは新しい重要な発見である。高親和性コリントランスポーターのクローニングに世界で初めて成功した。非常に困難な研究を成功に導いた研究技術の高さはトップレベルである。

 GPCRは治療薬の大きいターゲットであり、創薬への効果・貢献が期待できる。アセチルコリン受容体はアルツハイマー病の創薬に関係する。本研究は細胞機能に極めて重要な意味を持つG蛋白質共役受容体の構造決定に向けての重要なステップである。脳の高次機能の解明につながる重要な研究である。産業界への波及効果、コリントランスポーターの polymorphism に関する研究、アルツハイマー病に対する創薬などへの展開が期待される。

4−3.その他の特記事項
 ムスカリン受容体の高次構造の決定という、極めて困難な課題に挑戦して、ゴール近くに到達した。その研究と共に受容体に結合したアゴニストのアセチルコリンの構造決定、高親和性トランスポーターの同定など国際的に傑出した研究業績を出している。
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This page updated on September 12, 2003
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