研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
強磁場における物質の挙動と新素材の創製
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  本河 光博  東北大学名誉教授 客員教授
 東北大学金属材料研究所 教授
主たる研究参加者  渡辺 和雄  東北大学 教授
 茂木 巌  東北大学 助手
 淡路 智  東北大学 助教授
 北村 直之  産業技術総合研究所 関西センター 主任研究員
 前田 弘  北見工業大学 元教授
 佐崎 元  東北大学 講師
 三谷 誠司  東北大学 助教授
 黒田 規敬  熊本大学 教授(平成11年11月〜平成14年10月)
 馬 衍偉  東北大学 CREST研究員(平成11年7月〜平成14年7月)
 陳 万平  東北大学 CREST研究員(平成10年5月〜平成13年5月)
3.研究内容及び成果
 本研究チームは、東北大学金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センターに設置されている30 Tハイブリッド磁石といくつかの無冷媒型超伝導磁石を用いて、以下に示す様な、磁気浮上効果および磁場配向効果を応用した基礎研究を行った。また、それに関連して新しい方式の磁石の開発も行なった。

 磁気浮上応用では、磁気浮上した水を容器なしで溶融凝固することに成功した。-10℃の過冷却状態から瞬時に氷の殻が形成され、内側で水の溶存空気の気泡が下方に移動するなど、容器なしの状態および強い磁場勾配の下での凝固に特徴的な現象が見られた。また、塩化アンモニウムを磁気浮上液滴の中で結晶成長させることに成功し、不均一核発生の抑制や気液界面での2次元成長など特異な現象を観察した。更に、磁気力を利用して、溶液内で結晶の位置を制御する方法も見出した。これにより、容器を用いても、容器の壁と非接触の状態で結晶を成長させることが可能となり、歪みの無い良質の単結晶成長技術への応用が期待できる。いずれも磁気浮上という極限環境を物質合成に応用した世界初の試みである。一方、磁気浮上という擬似的微小重力環境で新規ガラス材料の創製を目指して、幾つかの種類のガラスについて浮遊溶融実験を行った。その結果、初めて球状ガラスの作製に成功した。真球からのズレは約0.7%であり、その向上は充分期待できる。更に、磁気浮遊状態は物質の熱対流を抑制するという現象がガラスの球状微粒子作成にどのように働くか調べた。Na2O-2TeO2ガラスに強力レーザーを数秒間照射すると、ガラス微粒子は零磁場の時には熱対流により上方に流れるが、磁気力0.8G(中心磁場23T)では対流が抑制されて球殻状に微粒子雲が広がることを発見した。この微粒子の平均径は約0.5μmであり、零磁場の場合の半分である。飽和蒸気圧の違いから、宇宙などの微小重力の方法ではNaイオンは殆ど含まれないが、強磁場中で形成されたガラス微粒子中には原料とほぼ同比のNaイオンが含まれることがわかった。これは応用面で重要なポイントである。Ce3+を含有するAlF3系ガラス微粒子形成も行い、零磁場で形成された微粒子と異なり、強磁場中では原料のガラス成分を全て含むサブミクロンサイズのガラス微粒子が形成されていることを明らかにした。これらの強磁場中ガラス微粒子形成の研究成果は医療への応用が期待される。

 結晶育成などによる新しい物質合成の方法を開拓し、また特に高純度でかつ理想的な形状や表面を持つ高融点材料を作製するために、宇宙環境の代替として磁気浮上状態での物質の溶融・冷却を行う技術を開発した。ガラス微粒子においては、成分の乖離が起こらないという点で宇宙よりも優れている点が有る。これらは科学や産業上への展開において大変意義深い。これらの研究成果は、磁気浮上を宇宙技術と相補的に用いることにより、新しい技術の発展が可能となることを示している。

 磁気配向効果を用いた研究として、高温超伝導体の特性改善、生体材料の結晶化に及ぼす磁場効果、導電性ポリマーの磁気電解重合と反応制御への応用、磁場中結晶成長による有機半導体の電子構造の改質、強磁場中スパッタリングによる磁性薄膜の創製、などを行なった。

 高温超伝導体の特性改善では、YBa2Cu3O7(Y123)バルク材料を強磁場中シード法により作成し、結晶粒に含まれる常伝導相Y2BaCuOx(Y211)の粒径や密度が磁場の影響を受けることを明らかにした。その臨界電流密度は単結晶なみに向上した。磁場中化学気相法により作成されたY123テープ材では、大幅な臨界電流低下をもたらす結晶粒間角度のズレが改善された。臨界電流密度はこの組織変化を反映して高磁場を印加した試料ほど高くなっている。これらの結果から、磁場による組織制御と配向性制御を利用した高性能なY123線材合成プロセスの開発に見通しがついた。Bi2Sr2CaCu2O8(Bi2212)の線材全体に流れるIcを上げるためにコアー層を厚くすると、結晶配向性が乱れてJc が著しく低下してしまう。しかし磁場を用いると超伝導コアー層が如何に厚くなっても全体に亘って一様に結晶が配向する。特に、Bi2212 は部分溶融―除冷凝固法によって液相との共存状態で結晶の育成成長が行われるので、磁場中配向育成に適した材料と言える。更に、強磁場は結晶内部の微細組織をも制御できてJcの向上をもたらす。Bi2212 バルク試料に関し、磁場を印加すると3Tでかなり結晶配向化が進み、9T以上では試料全体に亘って極めて均一な高配向化が得られた。磁化曲線から判断して極めてJc 特性の良いBi2212線材の値に匹敵する。Bi(Pb)2Sr2Ca2Cu3O11(Bi2223)結晶の磁場配向育成はBi2212のように直接行なうことができないのでBi(Pb)2212を磁場中で部分溶融―除冷凝固法によって結晶配向育成させ、その後、無磁場中で従来のBi2223相生成熱処理法によって、Bi2212の配向をそのまま維持した形で配向したBi2223バルク材の育成に初めて成功した。

 生体の機能と構造の関係を明らかにするためには、蛋白質分子の3次元的構造を解き明かすことが重要課題となっている。本研究では、それに必要な良質の蛋白質単結晶を育成するための一般的手法の確立を目指した。蛋白質結晶は大きく磁場配向し、放射光を用いた構造解析の結果、モザイシティが28%低減して回折分解能が1.3Åから1.13Åに向上しており、磁場が結晶の完全性を格段に向上させることが分かった。

 次世代のエレクトロニクス材料として応用が期待されるポリピロールの磁気電解重合を行なった。得られた重合膜は、50nm程度のポリマー粒子が極めて緻密に凝集している。磁場による膜の組織制御が膜の特性制御につながることを初めて明確に示した。更に、重合膜を電極にすると5T膜では水素イオンの還元が極めて起こりにくいことを見出した。磁気電解重合膜を電極に用いることにより、新しい化学反応制御の方法を開発できる見通しがついた。

 有機強相関半導体であるCs2TCNQ3結晶を強磁場中で成長させ、結晶の形態や配向性に加えて電子物性が大きく変化することを見つけた。磁場中でラジカル分子とCs+イオンに対して選択的にローレンツ力が加わるため、固液界面における質量作用の化学ポテンシァルに摂動を与え、中性分子とラジカル分子の配列に影響を及ぼす。その結果、物性が強く影響を受けることが分かった。これは、材料工学における強磁場の応用に一つの新しい手段となり得る。

 物理的蒸着法によるFe-O 系薄膜作製では、次世代のスピンエレクトロニクス材料の一つとして重要視されているマグネタイト(Fe3O4)の薄膜が磁場中で容易に得られた。新しいマグネタイト薄膜の作製法として期待できる。Fe-N 系では、α'-FeN 相が大きな飽和磁化を有し磁気記録ヘッド材料として注目されているが非平衡相である為に生成が困難であった。そのα'-FeN 相が磁場中で得られた。磁場印加が非平衡相の生成に有効に働く点は大いに注目に値する。

 本研究チームの開発した補強安定化Nb3Sn線材は、熱処理をコイル巻の前で行うのでコイル作製行程から熱処理行程を省くことができ、コイルの張力巻線や巻線時にエポキシ塗布を行うことが可能になり、大型のコイル熱処理炉や真空含浸炉が不要になる。従来の方法に比べ、行程の簡略化に伴うコスト削減は極めて大きい。Nb3Sn超伝導マグネットの新しい製造方法として今後大きく発展していくものと期待できる。また、無冷媒大口径超伝導磁石を開発し、水冷磁石と合わせて52mmの室温実験空間中心に20Tを発生させ、世界初の無冷媒型ハイブリッド磁石を稼働させた。これはz軸方向に中心から78mmの位置で2050T2/mの磁気浮上力を得られる。世界初の無冷媒型ハイブリッド磁石は、我が国の独創的なマグネットとして世界の最先端に位置することになる。

4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

 外部発表の件数は論文116件、学会発表135件で、数の上でも精力的に研究活動した様子が伺える。また有用性のある特許出願も行われた。この研究では、磁気浮上および磁気配向効果が新素材の開発に如何に有効であるか、という点を強調している。

 磁気浮上実験では、容器なし状態でのイオン結晶の結晶成長が行われた。過冷却過飽和の効果として、大きな単結晶が短時間にできるという現象などは、結晶学的な見地からも興味深い現象である。ガラスの浮上溶融もデモンストレーションとして国際的にも話題となった。このような技術を一般に敷衍した功績は高く評価できる。浮上させた様子を横からヴィデオに記録する技術は、今後この装置を応用して材料開発に役立てる手段として重要である。磁場中のガラス微粒子作成は磁気浮上技術の応用として最大の成果である。ガラス微粒子は医療への応用として今後期待されており、それゆえに宇宙実験でも重要課題として取り上げられているが、本研究によって、これが地上でもできることを実証されたインパクトは大きい。特に、できたガラス微粒子の成分が、最初に仕込んだガラスの成分と比べて、宇宙の無重力状態では蒸気圧の違いのせいで変化するにもかかわらず、この方法では変化しないという結果が得られ、宇宙技術と相補的に利用することが重要となって来よう。宇宙で行なうよりも安価にでき、また研究者自身が操作できるということも大きな利点で、今後の応用に期待がかかるところである。この技術はすでに特許として成立している。

 磁気配向効果の実験では、まず高温超伝導体の磁場効果が挙げられている。方向性をそろえることにより単結晶並みの臨界電流密度が得られるなど興味深い点がある。バルクの性質も議論されているが、線材としての応用を意識するならばテープ材の研究の方が有利であろう。特にBi 系はすでに薄い膜で実用化が進んでおり、ここで開発された技術により厚膜が実用化されれば、臨界電流密度の増加はたとえ数倍といえども、トータルの臨界電流がかなり大きくなるという点で重要な研究である。また通常ではできにくいBi2223相ができるということも新しい発見である。

 タンパク質の単結晶育成に対する磁場効果は、このCRESTプロジェクトがスタートする直前に東北大金研の小松教授のグループで発見されていたが、そのグループの一員であった佐崎氏が引き継ぎ、精力的にこの研究に取り組んだ。このプロジェクトでは、結晶学的な見地からの基礎研究が多いが、KEKやSPring8で放射光を用いて行われた構造解析研究の結果、できた単結晶に対する評価はすごぶる高い。タンパク質の機能と構造の関係を調べる、いわゆる構造生物学において良質のタンパク質単結晶は不可欠であり、本研究グループからの供給に大きな期待が寄せられている。論文も多く、国際的にも高い評価を受けている。

 高分子の重合も興味深いテーマである。磁場効果により通常とは異なった特性の物質ができることは基礎科学の面からも応用面からも興味をもたれる。ポリピロールに関しては多くの論文が出され国際的な評価も受けており、デバイスとしての応用も視野に入れて今後も研究を続けることが望まれる。この他、磁場中で有機導体のCs2TCNQ3およびマグネタイトや鉄窒化物の磁性薄膜作製を行なっている。

 これらの研究に必要なマグネットの開発も行われた。まず高強度Nb3Snワイヤーの開発は注目に値する。これにより超伝導磁石が半分以下の体積と重量になり、実用面から言って大きな成果である。また、ヘリウムフリー(無冷媒型)超伝導磁石の開発は、本プロジェクトがスタートする前から行われていたが、本研究で作られた大口径ヘリウムフリー超伝導磁石はハイブリッド磁石の外側に用いられ、この実績は世界で初めての成果である。この技術の普及により、我が国の重要産業の一つである超伝導磁石産業が更に発展すると考えられる。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献

 磁気浮上は、19世紀の反磁性の発見以来、強磁場さえ有れば可能であると一般に認識されてきた。1930年代には、反磁性帯磁率の大きいBiで磁気浮上が観測された。しかし、水やプラスティックスのような弱い反磁性の物質については、1990年グルノーブル研究所で初めて磁気浮上させた。これは、ハイブリッド磁石が実用化されてから10年後のことである。その間、何故か、磁気浮上実験は行われなかった。東北大は、ハイブリッド磁石を1985年以来持っていたが、その東北大でさえも磁気浮上の重要性を認識し、実験を行ったのは、1997年である。これとほぼ同時期にオランダのナイメーゲン大学、アメリカのフロリダ州立大学等で同様の実験が行われた。しかし、彼らの興味は浮上そのものに終始し、蛙を浮かせて世間の注目を惹くなどはしたが、材料開発にまでは手を伸ばさなかった。東北大の当グループでは、磁気浮上が宇宙で実現される無重力状態に非常に近いことから、宇宙科学計画の中に掲げられているガラスの微粒子作成に磁気浮上が適用できるのではないかと考えた。これを実行したところ、実験は極めて成功裡になされた。磁気浮上は、今後、容器なしの結晶成長や坩堝なしの溶融技術として、太陽電池などに期待されている完全球状半導体微粒子作成など新しい素材の開発に役立つものと思われる。磁気浮上の方法は、現時点ではハイブリッド磁石を用いなければならない。そのため、宇宙へ行くよりもコストは低いとはいえ、相当な電力と水量を要するため安易には出来ない。この研究成果の更なる発展を期待するには、それなりの予算的裏づけが必要となろう。技術的インパクトや波及効果も見込まれることから、本成果は、我が国独自の技術分野として今後是非伸ばしたい。

 磁気配向効果の研究については、磁気浮上と違って超伝導磁石を使って行なえる。そのため、本研究チームに限らず、他の幾つかの強磁場応用プロジェクトにおいても一般的に研究されている。高温超伝導テープ材の開発は、応用を視野に入れた研究で、或る程度の基礎技術は成功していると見られるが、実用化に至るか否かはまだ明確でない。磁場中でのタンパク質単結晶育成を最初に手掛けた時には、この分野にかなりのインパクトを与えた。現在では、磁場をかけることは当前のような雰囲気になっているが、パイオニアワークとしての価値は非常に高い。良質タンパク質結晶の育成は、構造生物学の分野に極めて重要である。育成に関して本プロジェクトで得られた成果はかなり基礎的なものであるが、結晶成長が遅ければ遅いほど良いという通念を否定したことは注目に値する。本研究チームが着目し研究した導電性ポリマーの磁気電解重合と機能制御、および有機導体Cs2TCNQ3や磁性薄膜の作製に及ぼす磁場効果は新しい課題であるが、それらの充実を図るには今後とも研究を継続することが望まれる。

 本研究グループは、磁場発生技術に関しては世界でもトップクラスであり、わが国の超伝導材料・磁石開発において民間との協力もさることながら、最先端を行っている。本プロジェクトで完成した大口径ヘリウムフリー超伝導磁石を始めとして本プロジェクトで得られた多くのノウハウは今後わが国のこの分野をリードして行くものと考えられる。

4−3.その他の特記事項
 磁気浮上を材料開発に使うという発想と本プロジェクトによる成果は、我が国独自の技術であり今後継続して発展させるべきものと思われる。また、超伝導磁石技術は、今後の需要を考えると一層重要になってくる。本研究グループの技術を継続的に発展させることは、大いに国益に適うことである。
<<極限環境トップ


This page updated on September 12, 2003
Copyright(C)2003 Japan Science and Technology Corporation