研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
超過冷却状態の実現と新機能材料創製
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  戸叶 一正  物質・材料研究機構 材料研究所 材料基盤研究センター長
主たる研究参加者  熊倉 浩明  物・材機構 超伝導センターグループリーダー
 栗林 一彦  宇宙研宇宙基地利用センター 教授
3.研究内容及び成果
 過冷却は、融液の温度がその物質固有の融点以下に下がる現象であるが、通常の溶解、凝固では坩堝の壁や混入した異物を媒介とした、いわゆる不均一核発生が容易に起こるため、大きな過冷却を生じなくとも結晶成長は起こる。この場合、一般的には、平衡状態図から想定される通りの相が生成される。これに対して、本研究の目的は、人為的に大きな過冷却状態を実現し、そこからの非平衡凝固によって、通常では得られない様な新しい相や新機能を持った物質・材料を創製することにある。大きな過冷却を得るには、坩堝壁に接触しない状態で浮遊させながら溶解・凝固を行い、不均一核生成を抑止しなければならない。
  本研究では、まずこの様な浮遊溶解によって大きな過冷却を効果的に得るための技術開発を行なった。すなわち、物質・材料研究機構が静電浮遊溶解炉を、また宇宙科学研究所がドロップチューブ(落下管)をそれぞれ新たに開発するとともに、宇宙研が既存装置として所有する電磁浮遊炉とガスジェット音波浮遊炉に急冷装置を付属させて装置の高度化を図った。その結果、世界でもトップクラスの浮遊溶解の装置群を整備できた。これら装置を整備しつつ各種の機能材料を対象にした過冷却材料実験を行なった。すなわち、宇宙研は主に過冷却状態からの結晶成長機構の研究を行ない、また物質・材料研究機構は具体的な機能材料を対象にして、組織制御による機能特性の向上を図ってきた。以下に研究の概要と得られた主な成果を記す。
 
物質・材料研究機構における研究内容と成果
 物質・材料研究機構が開発した静電浮遊溶解は、帯電させた試料を電界中で浮上させながら溶解させるもので、世界的にも開発例が極めて少ない未踏技術である。静電浮遊の特徴はあらゆる材料に適用できること、撹拌がない静かな浮上のため大きな過冷却が実現でき、更に液体の正確な熱物性測定が可能なことである。本研究では、静電浮遊とレーザー加熱を併用し、静電浮遊溶解としてはこれまでに最も融点が高いMo(融点:2622℃)の浮上溶融と過冷却実験に成功して、この装置の有用性を実証した。また、いくつかの材料について過冷却液体の比熱を測定し、比較的正確な熱物性定数の測定が可能なことも実証した。静電浮遊溶解では、多くの材料が凝固後真球状となる。この内、固相変態の無いNbとMoについて、球状試料は単結晶であることが確認された。更に、Nbの真球状単結晶の超伝導特性を評価したところ、ほぼ理想的な第2種超伝導体の挙動を示したことから、欠陥が極めて少ないこれまでにない様な高品質単結晶であることが確認できた。この様に、大きく過冷却した球状液体中の単結晶成長では、従来の帯域溶融法とは異なるユニークな結晶成長が生じていることが分かり、高品質単結晶育成の分野で、新しいプロセスとして今後発展していくことが期待される。

 また、具体的な機能材料として、まずBi2Sr2CaCu2Ox(Bi-2212)高温超伝導体を対象に、非平衡状態を利用した特性改善や新しい結晶形態を利用した機能発現について研究を行なった。Bi-2212超伝導体は、高温になると磁場中の超伝導臨界電流密度が急速に低下するという点を改善することが強く求められている。本研究では、無容器凝固によって一旦非晶質化したPb添加のBi-2212を結晶化させることでPbが効果的にBi-2212結晶の中に取り込まれ、その結果、高温での不可逆磁場が向上して、磁場中での特性が改善されることを実験的に示した。また、Bi-2212の過冷却状態からの調和成長に関連して、銀基板上での帯状結晶の成長の研究、および過冷却状態からの急冷により非晶質化した試料からのひげ結晶の成長に関する研究を行った。更に、波及的な研究として、二本のひげ結晶を交叉させ、熱処理しただけで再現性の良いジョセフソン接合が得られること、またその接合特性が接合角度に顕著に依存することなどを明らかにした。このように高度な薄膜技術でない極めて簡便な方法によってジョセフソン接合が得られることは実用的に有利で、デバイス応用面での発展が期待できる。
 また2ゾーンの浮遊溶融帯域をもつ新たな過冷却装置を開発し、Ba(B0.9Al0.1)2O4を対象とした実験を行なってその有効性を実証した。Ba(B0.9Al0.1)2O4は非線形光学材料として有望視されているが、固体状態で高温相と低温相が存在し、そのため通常の溶解、凝固によって目的とする低温相のみの材料を作製することは困難な問題があった。しかし、本研究で開発した装置を用いると、液相を低温相の安定温度まで大きく過冷却させることができる。その結果、液相から直接低温相結晶を合成させることに成功し、実用化に新たな道を拓いた。また、金属間化合物 RNi2B2C ( R=希土類元素 )についても、無容器凝固の一環として、浮遊帯域溶融法による純良単結晶の育成実験を行い、トップクラスの高品質単結晶を作製できた。得られた単結晶は多くの研究機関で基礎的研究に使われて超伝導ギャップ構造の特異性や磁気構造、磁場-温度相図など、この系の不思議な超伝導性を明らかにする実験データの取得に貢献することが出来た。
 なお、本研究グループは、本題の超過冷却状態実現による新機能材料創製に主力を注ぐ傍ら、それ以外にも広く新機能材料創製技術に関心を払い、2001年初頭に同じ極限環境領域の他の研究課題で発見された MgB2 新超伝導材料の将来性に着目して国家的観点から実用化の研究を行なった。

 

宇宙科学研究所における研究内容と成果
 超伝導、光学、磁性などの機能材料では、目的とする相が包晶反応で生成される場合が多い。この反応は目的相(β)が、それと異なる組成をもった液相(L)と別固相(α)との反応(L+α→β)によって生成される非調和的な反応である。従って、物質輸送過程を伴い、反応の制御や単相化が難しい問題がある。もし、液相から目的の相が直接晶出する非平衡的な調和反応(L→β)が実現出来れば、より品質の高い機能材料を生成することが期待できる。本研究では、過冷却液相からの包晶相の直接晶出の可能性を検討した。材料としては、Nd-123系(Nd1+xBa2-xCu3O7-d)超伝導体、Y3Fe5O12(YIG)光学材料、Nd2Fe14B強磁性材料を対象にした。その結果、Nd系-123に関しては、大きな過冷却液体からの自発的な核生成・成長によって調和成長が起こり、ほぼ単相の化学量論組成に近いNd-123超伝導相(Tc=95.1K)を生成させることに成功した。一方、Y3Fe5O12およびNd2Fe14Bの場合は、過冷却液体からの自発的な核生成・成長あるいは単純な種付けのみでは包晶反応を抑止することは困難なことが分かった。しかし、これらの材料でも、過冷却状態から高速急冷(スプラットクール)することによって、融液から直接調和成長させることに成功した。特に、Y3Fe5O12(YIG)試料では体積率がほぼ100%の凝固組織が得られた。このように、従来、単相化が困難視されていた包晶系材料でも、過冷却状態の利用によって単相化が可能なことを示したのは、今後の機能材料の発展にとって大きな収穫と言える。
 また、宇宙研では半導体の球状結晶の成長も試みた。最近、半導体球状単結晶の表面に集積回路を形成する試みがなされ、低価格次世代ICとしてマイクロマシン等への応用が検討され始めているが、球状単結晶を効果的に作製するプロセスはまだ確立していない。本研究は、種付けが可能な電磁浮遊炉を用い、過冷液滴からの凝固・結晶化過程の詳細を調べた。その結果、過冷度の小さい方から板状結晶、粗なファセットデンドライト、密なファセットデンドライトが観察された。これらの一連の結果から、浮遊液滴を単結晶化するには板状結晶のエピタキシャル成長条件を維持すればよいことなど、球状単結晶化への有益な指針が得られた。更に、宇宙研ではドロップチューブ(落下管)の開発を行った。このドロップチューブは、サブミリサイズの液滴を自由落下させることにより、大過冷却状態からの準安定相の創成を目指して開発を行ったものである。その結果、内径200mm、自由落下長さが25m、到達真空度〜10-6Torrという我が国で初めての本格的なドロップチューブを開発することが出来た。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

 論文発表件数は国内6件、海外96件で合計102件である。その中の多くは材料(Acta Materialia等)、結晶成長(J. Crystal Growth)、物理、応用物理関連(Applied Physics Letters, Physical Review等)の主要な雑誌に掲載された。また、口頭発表は国内66件、海外65件で合計131件、そのうち18件が招待講演である。特許は出願中が1件である。本研究で得られた最も重要な知見は、大きな過冷却状態からの結晶成長が新たな材料創製プロセスを生み出す可能性があることを実証できたことである。例えば、
  1)浮遊過冷却液体からの結晶成長によって極めて高品質な球状単結晶が創製できること
  2)本来非調和成長である包晶反応系の材料で、過冷却状態を利用すると非平衡的に直接包晶相を生成できること(調和成長が起きること)
  3)液体を充分に過冷することにより固相変態を経由せず低温安定相を直接晶出させることが出来る
  といったことが明らかになった。これらはいずれも材料の高品質化、特性の向上につながるもので、材料プロセス開発に関連する重要な成果である。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献

 物質・材料開発は新産業創出の端緒となる重要な研究分野である。通常状態での研究に留まらず超高圧、超高温、超強磁場などの極限環境を利用して可能性を広げることがこれからは重要になると思われる。本研究の最大の目的は、物質・材料開発の新しい極限場として過冷却状態を採り上げ、これが果たして機能材料の性能向上に有効であるかを確認することであった。この点に関して、Pbの強制固溶によるBi系超伝導体の不可逆磁場の向上、Nd123系超伝導体、Nd2Fe14B磁性体、YIG光学材料等の偏晶反応系における調和成長の実現と高品質化の成功、光学材料における液体からの低温相の直接生成等の多くの成果が得られ、過冷却からの非平衡凝固が機能材料開発に新たな有効なプロセスとなり得ることを示すことが出来た。また、浮遊溶解によって欠陥の量が極めて少ない高品質球状単結晶が得られたことは、大きな過冷却からの結晶成長という従来とは異なる新しい単結晶育成技術を提供することになる。本研究では、更にSi球状単結晶の作製の可能性を検討した。これらの研究は、物性面のみならず、産業面でも新しいプロセスとして今後発展して行くことが期待される。

 また、波及的な研究として、二本のBi系超伝導体ひげ結晶を交叉させ、熱処理しただけで再現性の良いジョセフソン接合が得られること、またその接合特性が接合角度に顕著に依存することなどを明らかにした。このように高度な薄膜技術でない極く簡便な方法によってジョセフソン接合が得られることは実用的に有利で、エレクトロデバイスの応用面での発展が期待できる。

 なお、本研究課題を通して、静電浮遊溶解炉、25m級落下管装置(ドロップチューブ)等、世界的にも開発例が少ない無接触溶解凝固技術を新たに開発すると共に、既存のガスジェット音波浮遊炉と電磁浮遊炉に高度な観察装置や急冷装置を組み込むなど、装置の性能向上を図ってきた。これだけの総合的な装置と実験遂行能力をもった研究グループは世界的にも他に例が無く、今後も何らかの形でこれらの装置群を有効利用することにより新しい材料プロセスの発展に更に貢献することが期待できる。

4−3.その他の特記事項
 本研究を遂行している間、2001年初頭に同じ極限環境領域の他の研究課題でMgB2新超伝導体が発見された。本研究チームもその重要性に着目し、臨界磁場、臨界電流、粒間接合などをいち早く測定し、基礎物性のみならず応用面でも非常に有望な材料であることを実証し公表することが出来た。MgB2に関しては、その後応用を目指した線材、薄膜化研究が世界的に急速に進められ現在に至っているが、本研究チームの貢献がその契機の一つとなった。
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