研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
深度地下極限環境微生物の探索と利用
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  今中 忠行  京都大学大学院工学研究科 教授
主たる研究参加者  跡見 晴幸  京都大学大学院工学研究科 助教授
 福居 俊昭  京都大学大学院工学研究科 助手(平成10年10月〜)
 金井 保  京都大学大学院工学研究科 助手(平成11年4月〜)
 高木 昌宏  北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科 教授
 白木 賢太郎  北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科 助手(平成11年4月〜)
 藤原 伸介  関西学院大学理工学部生命科学科 助教授(平成13年4月〜)
3.研究内容及び成果
 当研究チームの研究目標は浅い地下から深度地下、例えば深さ数百メートル、更には1kmの地下の無酸素状態、熱水、油田、岩盤等と云った極限環境から新規な微生物を採取・分離して、それらが有すると推測される特殊な酵素、代謝系や環境適応戦略を解析し、それにより地下微生物生態系の解明、生命進化過程の理解、遺伝子資源の確保、工業的利用や環境改善を目指すことにある。
  当研究チームの構成は京都大学大学院工学研究科、北陸先端科学技術大学院大学材料科学研究科、関西学院大学理工学部生命科学科の3研究グループから成る。京大グループが新規微生物のスクリーニングを担当し、これまでに発見した株KOD1、HD-1、VA1、SN16A、KB700A、M4、MAL1、N1について解析を行なった。この中でKOD1株は有用な超耐熱性酵素を有することから特に有望視され、3グループが共同でそのゲノム解析に携わると共に、北陸先端科技大グループが当株の有用酵素解析を主に担い、関西学院大グループと共に超耐熱性タンパク質の構造解析を行なった。
 当研究チームによる主な成果を記す。


[1] 京大グループ
 当グループは研究チームの主役として活動し以下の成果を挙げた。
1) 新規極限環境微生物の分離・同定および特性解析を行った。新規極限環境微生物としては、
(i) −10℃という生物にとって極限的な低温でも増殖するSN16A株やKB700A株、
(ii) マレーシア沖海底油田(海抜−5000m)より分離した新規地下微生物M4株、MAL1株、
(iii) フィリピンの温泉より好気条件下で生育する好気性超好熱始原菌Pyrobaculum calidifontis VA1株、
 などを分離した。また、静岡県相良油田より様々な直鎖状炭化水素や芳香族化合物を効率よく分解する石油分解合成菌Oleomonassagaranensis HD-1株を生理学的・遺伝学的に同定した。
2) 鹿児島県小宝島の硫気孔より分離した超好熱始原菌Thermococcuskodakaraensis KOD1を対象とし、様々な観点から本菌の詳細な解析を進めた。
(i) KOD1株の100種類以上の遺伝子およびそれらの発現産物を解析し、各タンパク質の生化学的性質を明らかにした。興味深い特性を有した酵素としては、異なる基質特異性を示す2つの機能domainを有する新型chitinase、新規な4次構造をもつ新型Rubisco、既存酵素と異なる補酵素特異性を示すDNA ligaseなどが挙げられる。Chitinaseの研究を通じて、当研究チームはさらに新しい生物的chitin分解経路を発見した。
(ii) KOD1株から有用酵素を多数同定できた。KOD株由来DNA polymeraseは特に優れた酵素特性を示したので、本酵素は東洋紡績社から「KOD-Plus-」システムとして上梓中であり、またLife Technologies社より「PlatinumTM Pfx DNA polymerase」、Novagen社よりHifi KOD DNA polymeraseとして欧米各国で販売されている。他にも遺伝子組換え技術の中で不可欠な酵素であるDNA ligaseをはじめとし、水素生産を触媒するhydrogenase、デンプンなどに見られるa(1-4)結合を切断するa-amylaseや環化反応を触媒してcyclodextrinを合成するcyclodextrin glucanotransferase、転移反応を触媒する4-a-glucanotransferaseなど、多数の酵素の産業への利用が期待されている。
(iii) 当研究チームはKOD1株の全ゲノム解析を進めた。KOD1株のゲノムは2,089,377塩基対からなり、予想通り極めて短いものであり、遺伝子の数も少なく2300個程度であった。KOD1株がこのような少ない数の遺伝子で生命を維持していることから、本菌の研究を通じて生命の基本原理の解明も実現可能と期待している。
(iv) ポストゲノム研究において最も重要な研究課題は機能未知遺伝子の生理的役割を解明することである。DNA chipによる網羅的遺伝子発現解析、proteomeによる網羅的タンパク質解析はこの目的のために有効な解析法である。当研究チームもこれらの手法を用いて研究を進めているが、最近、もう1つ重要なシステムの構築に成功した。すなわちKOD1株ゲノム上の任意の遺伝子を特異的に破壊する技術である。これにより機能未知遺伝子を破壊してその影響を解析することにより、その生理的役割を明らかにすることが可能となった。KOD1株が極めて単純な生命体であること、およびゲノム情報・DNA chip技術・proteome技術・遺伝子破壊技術が全て確立されていることにより、数年以内に本菌の全遺伝子の機能解明も期待できる。

 

[2] 北陸先端科技大グループ
 当グループは京大グループに協力して上記のKOD1株のゲノム解析に携わるほか、耐熱性タンパク質に関する解明を行ない、下記の成果を挙げた。
(i) 超好熱菌由来タンパク質に普遍的な現象「熱成熟」を発見した。耐熱性タンパク質が正しい立体構造をとる(成熟化)ためには熱が重要であり、それは熱による酵素タンパク質の不可逆な構造変換に起因することを明らかにした。
(ii) 多数のKOD1株由来タンパク質を結晶化し、それらの立体構造を明らかにすることにより、タンパク質の耐熱性機構を解明することができた。最も顕著な構造的特徴として、超好熱菌由来酵素は多数のイオン結合やイオン結合ネットワークにより高度な耐熱性を発揮していることが判った。

 

[3] 関西学院大グループ
 当グループは京大グループ、北陸先端科技大グループに協力してKOD1株のゲノム解析に携わるとともに、北陸先端科技大グループと共同で前記の耐熱性タンパク質に関する研究成果を挙げた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

 前項3に記した主な成果を含め挙げた数々の成果は論文94報、総説60報、特別講演・招待講演129件(海外27件、国内102件)、一般口頭発表:107件(海外4件、国内103件)、ポスター発表79件(海外47件、国内32件)にて公表した。特筆すべきは最有望視される超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis KOD1株の全ゲノム解析に成功し、JSTを100%の出願人として「遺伝子のターゲティング破壊法」を平成14年8月30日に特許出願した。これは同株のDNA polymerase を除く全ての遺伝子を網羅する特許で、それぞれ超耐熱性を有するDNA ligase、hydrogenase、a-amylase、cyclodextrin glucanotransferase、4-a-glucanotransferase、chitinase 等、バイオ産業上有用な多数の酵素の出現が充分期待できる。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献

 当研究チームの発見による KOD1 DNA polymerase は現在世界中で市販されており、DNA鎖の伸長反応の速さ、長さ、正確性によりPCR技術の向上に大きく貢献している。今後更なる遺伝子工学技術にも利用されることは確実である。

 本研究で開発したKOD1株の遺伝子破壊・挿入・交換系は世界で唯一の技術であり、今後超好熱菌の生理的解析のみならず、超好熱菌を宿主とした様々なテクノロジーや超好熱菌の育種などの研究において不可欠な技術として普及すると期待される。またゲノム情報と遺伝子破壊技術の両方が備わっている超好熱菌はKOD1株のみである。この株のゲノムは2,089,377塩基対から成り、遺伝子総数は2300個程である。この比較的少数の遺伝子を持って生命活動していることから、KOD1株の研究を通して生命の基本原理の解明も実現可能と期待される。

4−3.その他の特記事項
 当研究チームは深度地下微生物に関する幅広い研究、即ち深度地下からの新規微生物の採取・分離、特殊な酵素、代謝系の解析、地下微生物生態系の解明、それらの成果を踏まえての生命進化過程の理解、更には実用上の遺伝子資源の確保および工業的利用等に於いて世界一流の水準にあり、優れた成果を数多く出している。我が国は欧米先進国に比べてバイオサイエンス、バイオテクノロジー一般の分野で大きく遅れを取っており、現在の深刻な経済的国力低下からその差は一層拡大することが懸念される。その中にあって本研究チームの存在は頼もしくあり、今後共の活躍が大いに期待される。次々に挙げる研究成果に加えて、特に本研究チームで気が付くのは若手の育成に極めて優れていることである。如何にして、世界に秀でた研究を行ない成果を挙げるか、を指導部から体を通して直に学んだ多くの若手等が次世代を担い、更に次の世代の育成に成功して、この分野のみならず広く日本のバイオサイエンス、バイオテクノロジーの水準向上に貢献して行くことを大いに期待している。
 本研究チームが解析に力を注いだKOD1株のゲノムは2300個程の遺伝子を持ち、有用な耐熱酵素遺伝子として世界に知られているDNA polymerase はその中の一つである。有用遺伝子はこの他に幾つ有るかは現在未知で今後の研究によって次々に見出され、産業上に活用されることと期待される。

<<極限環境トップ


This page updated on September 12, 2003
Copyright(C)2003 Japan Science and Technology Corporation