研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
超高圧プロセスによる天然ダイヤモンド単結晶・多結晶体の成因解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  赤石 實  物質・材料研究機構 物質研究所 主幹研究員
主たる研究参加者  神田 久生  物質・材料研究機構 物質研究所 ディレクター
 有馬 眞  横浜国立大学大学院環境情報研究院 教授
 山本 和男  三菱マテリアル 総合研究所 那珂研究センター 主任研究員
 Peter Deines  Pennsilvania State Univ.  Professor
3.研究内容及び成果
超高圧合成・評価グループ
 人工ダイヤモンド合成技術の歴史は古く、主として遷移金属を用いた合成触媒が種々開発されており、その合成過程も詳しく研究されてきている。それに比して、天然ダイヤモンドの成因や結晶化過程の詳細についてはまだ分かっていない。当研究チームは、天然ダイヤモンドの成因を解明する他、優れた研磨剤の開発を目的として、新しいダイヤモンド触媒によるダイヤモンド合成法の開発、及び新規触媒中からの焼結助剤探索の研究を行なった。
 天然ダイヤモンドの起源は二つに大別されている。一つは、マントル起源のダイヤモンドで、地球深部のキンバライトやランプロアイトと呼ばれる火山岩によって地表近傍まで運ばれてくると言われている。もう一つは、超高圧変成岩とともに産出するもので、海洋底に堆積した有機物が地下深く沈み込み、有機物が分解してダイヤモンドに変換したと言われている。これらの天然ダイヤモンドの生成条件は、二つの起源や個々のダイヤモンドによってもバラツキはあるが、おおよそ4〜6.5GPa, 900〜1400℃の条件で生成したと考えられている。何れのダイヤモンドの生成環境にもC-O-H流体が存在したと考えられている。加えて、天然ダイヤモンド単結晶中には、CO2, H2O, CH4, H2等の流体相が存在することが報告されている。
 当研究チームは、これらを実証すべくC-O-H流体からのダイヤモンドの結晶化研究を行い、超高圧実験によって天然ダイヤモンドと同様の八面体のモルフォロジーを持つダイヤモンド結晶を再現性良くC-O-H流体から合成した。グルコースをモデル物質とし、7.7 GPa, 1500℃の条件で高圧高温処理してダイヤモンド合成を行い、再現性良く八面体形状のダイヤモンドが合成できることを確認する等、沈み込み帯におけるダイヤモンドの生成プロセスを解明している。
 マグマ中におけるダイヤモンドの生成を明らかにする目的で、地球深部のダイヤモンドの生成環境に存在すると考えられるC-O-H流体を還元剤に用い、カルサイトCaCO3からのダイヤモンド合成を試みている。その結果、7.7 GPa, 1500℃の条件で再現性良くダイヤモンドが合成できることを確認する等、マントルにおけるダイヤモンド生成プロセスの全容をほぼ解明した。
 天然ダイヤモンド単結晶の成因解明研究で明らかとなったC-O-H流体触媒の中から、ダイヤモンド焼結に有効な焼結助剤を探索し、最終的に高純度ダイヤモンド多結晶体の超高圧合成を目指して研究を進めた。探索研究には長い時間を割いたが、新規の焼結助剤は発見できなったことから、途中で方針転換して微粒ダイヤモンド多結晶体の合成研究に取り組んだ。炭酸塩-超臨界C-O-H流体を焼結助剤に用い、粒子径数μmから数百nmのダイヤモンド多結晶体の合成に成功した。これら多結晶体の耐熱性を評価し、耐熱性に大変優れたダイヤモンド多結晶体であることを明らかにした。粒子径100nm以下のダイヤモンド多結晶体およびナノダイヤモンド多結晶体の合成にも取り組んだ。出発ダイヤモンド粉末の二次粒子の形成が、均質高硬度ダイヤモンド多結晶体合成の阻害要因となっていることを研究の過程で見出だし、ダイヤモンド粉末の調製法を開発した。凍結乾燥法による粉末を出発物質に用い、粒径90nmの高硬度ダイヤモンド多結晶体の低温合成に成功した。プロジェクトの最終目標である高純度ダイヤモンド多結晶体の超高圧合成にも取り組んで同多結晶体の合成法を発見し、現在特許申請中である。高純度ダイヤモンド多結晶体は透光性を持ち、X線回折でダイヤモンド以外の回折線は全く認められない。
 
シリケートメルトグループ
 天然ダイヤモンド結晶内部にしばしば観察される複雑な縞状構造は、マントル中で成長と溶解が繰り返し起った事を強く示唆している。天然ダイヤモンドの成長・溶解を明らかにするため、天然ダイヤモンド結晶の包有物ついて研究することで、その成長・溶解に重要な役割を果たしたとされる珪酸塩-炭酸塩メルトとダイヤモンドの相互関係を実験的に検討した。その結果、炭酸塩メルトの還元によるダイヤモンドの結晶化を初めて確認し、珪酸塩-炭酸塩メルト中におけるダイヤモンドの溶解速度とダイヤモンドの形態変化を明らかにした。
 
切削テストグループ
 本グループは、サブミクロンの粒子径の微粒ダイヤ多結晶体を用いて切削性能の評価を行なった。優れた機械特性を有するダイヤモンドは、工具材料として、情報、輸送、エネルギー等の幅広い産業分野で使用されている。高精度、高能率、長寿命が求められる工具の分野では、超硬等の工具材料では要求通りの加工ができない分野も多く、ダイヤモンド多結晶体は工具材料として不可欠となっている。しかし、産業の発展と共に、工具への要求も高くなっており、ダイヤモンド多結晶体製工具に対しても更なる特性改善の要求がある。これらの産業分野で実際に使用されている材料を被削材に用い、微粒ダイヤ多結晶体製工具の性能評価を行なっている。
 情報機器製造における重要な加工の1つに超精密切削がある。現状は、ダイヤ単結晶工具により切削加工がなされているが、単結晶は劈開性を示すので欠けやすく寿命がばらつくという問題がある。微粒ダイヤ多結晶体は、劈開面がないので欠けにくく寿命の安定化が図れる。アルミ合金を超精密加工した結果、微粒ダイヤ多結晶体製工具を用いて仕上げ平均面粗度Ra=6nmのナノオーダー加工を達成した。寿命評価実験では、微粒ダイヤ多結晶体は単結晶より優れた耐摩耗性と同等の面粗度を示した。

 輸送機器分野では、軽量化により、燃費および運動特性を改善しようと、アルミ合金の使用量が増えている。アルミ合金の加工には、コストダウンを図るため、高速高能率加工が要求されているが、機械強度が改善されているアルミ合金の高速加工に対しては、現状のダイヤ多結晶体でも十分な耐摩耗性を達成できていない。微粒ダイヤ多結晶体製工具を用いて高Si-Al合金を周速1000m/minで40分加工した結果、微粒多結晶体の摩耗量は従来多結晶体の約半分にまで減らすことが出来た。また、仕上げ面粗度も従来多結晶体より優れていた。
 エネルギー関連で使用される工具に、石油・天然ガス掘削ビットがある。これには、ダイヤ多結晶体製ビットが使用されているが、深さ数kmにもなる高深度掘削においては、耐摩耗性、耐欠損性が十分とは言えず、更なる特性の改善が要求されている。開発したダイヤ多結晶体製工具の掘削ビットへの可能性を探るため、花崗岩の切削を行い、刃先の欠損体積を従来多結晶体と比較することによって評価した。開発した多結晶体の欠損体積は同じ助剤系の多結晶体との比較では1/3、金属助剤系多結晶体との比較では1/30以下と優れた耐欠損性を示した。
 開発したダイヤ多結晶体は花崗岩の切削において、従来ダイヤ多結晶体に対してだけでなく、中粒ダイヤ-MgCO3多結晶体に対しても優れた耐剥離性を示した。今回比較に使用した中粒ダイヤ-MgCO3多結晶体は、実験室での評価だけでなく、実際のフィールドにおける掘削試験においても優れた性能が確認されており、それより優れた性能を示した新規ダイヤ多結晶体は実際の掘削においても優れた性能を発揮することが期待される。
 
同位体分析グループ
 出発物質の炭素等の同位体比と合成ダイヤモンドの同位体比を測定し、天然ダイヤモンド結晶のそれらと比較検討することにより、天然ダイヤモンドの成因解明に資するため、ペンシルヴァニア州立大学の教授と共同研究を行っている。超高圧合成・評価グループで合成したダイヤモンド結晶と出発物質に用いた黒鉛及び炭酸カルシウムを大学に送り、そこで炭素の同位体比13C/12Cを測定した。炭酸塩をダイヤモンド合成触媒に使用し、7.7 GPa, 2150-2200℃, 5-60分間の条件でダイヤモンドを合成した。これらの試料と出発物質の同位体比を測定した結果、ダイヤモンド結晶の同位体比は出発物質黒鉛に比較し、13Cの割合が少なくなり軽くなったが、炭酸塩の同位体比は13Cの割合が出発炭酸塩に比較し、増加して重くなっていた。この傾向は何れの試料も定性的には同じで、出発物質の黒鉛と炭酸塩の炭素に交換反応が起こり、ダイヤモンドと炭酸塩の同位体が近づいていくことが明らかとなった。これらの結果から、ダイヤモンド結晶の同位体比は、カーボンソースの同位体比と触媒の同位体比及び両者の量比により決定されると結論した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 世界で初めてのダイヤモンド合成には、金属触媒が用いられた。これらの金属触媒は地球深部に普遍的に存在しない。当研究チームは、以前に天然ダイヤモンドの合成触媒として、地球深部に普遍的に存在する物質に着目し、炭酸塩等の非金属触媒を発見した。これら金属・非金属触媒に加えて、第3のダイヤモンド合成触媒と言えるC-O-H流体等数多くの流体相触媒を見出だした。C-O-H流体を用いて天然ダイヤモンド単結晶の成因をほぼ解明した。これらの研究成果はゴードンコンファレンスで招待講演するなど、外部の研究者にも高く評価された。炭酸塩を焼結助剤とするダイヤモンド多結晶体は耐熱性に優れているが、溶融炭酸塩の粘性が高いことからダイヤモンドの粒子径が5μm以上に限定されていた。超精密加工等新たな応用分野での利用を目的に、微粒ダイヤモンド多結晶体の合成に取り組み、炭酸塩-C-O-H流体を焼結助剤に用いて、数μmから100nmまでの粒子径からなるダイヤモンド多結晶体の合成に成功した。これらの多結晶体は、耐熱性にも大変優れていることを明らかにした。これらの成果は、日本高圧力学会でも高く評価されて本年度の学会で基調講演を依頼された。プロジェクトの提案時から、研究目標の一つとして高純度天然ダイヤモンド多結晶体類似の高純度ダイヤモンド多結晶体の開発を掲げ、目標に向かって研究を進めてプロジェクト終盤に透光性高純度ダイヤモンド多結晶体の合成法を2種開発した。これらの研究成果については、纏めて専門誌に投稿する予定である。

 微粒ダイヤ多結晶体が超精密加工に使用できるようになると、寿命が安定化し加工コストの低減が図れる。それと同時に、多結晶体が単結晶と違って何れの方向でも耐摩耗性 (硬さ)が同じであることから、工具形状の自由度が増すという効果も期待される。例えば、非球面レンズのような複雑な曲線形状を刃先形状に持つ工具を作製出来るようになる。単結晶では、方位により硬さが異なるため、微妙な曲線形状を作製するのは非常に難しい。工具形状の自由度に関しては、大きさの面でも、多結晶体は単結晶に比べて有利である。例えば、細長い短冊状のダイヤ素材を得ようとすると、板形状が基本の多結晶体は、ブロック形状が基本の単結晶に比べて、素材の作製が容易である。また、単結晶はある大きさ以上になると急激に価格が上昇するため、大面積ダイヤ素材を得るには多結晶体の方が有利である。超精密加工に多結晶体を用いることが出来れば、細長い短冊状ダイヤ刃先に大きな曲率を有するR形状やフレネルレンズや液晶の導光板のV形状を複数同時に並べた様な刃先形状の作製が材料的には可能になり、加工の高能率化、低コスト化が可能となる。本プロジェクトでは、当初から超精密加工に応用可能なダイヤモンド多結晶体が合成できるとは想定していなかったので、この分野の専門家に参加を求めなかった。今後、超精密加工の専門家と共同研究を行なうことが望まれる。プロジェクトの参加機関の三菱マテリアルは勿論のこと、他の企業も微粒ダイヤモンド多結晶体に大変関心を持っている。
  超精密加工のみならず、高Si-Al合金の高速切削加工、花崗岩の切削加工等にも微粒ダイヤモンド多結晶体は大変優れた切削性能を示すことを明らかにした。花崗岩の切削加工の結果を例にとれば、従来のダイヤモンド多結晶体に比較して、どの程度の経済効果があるかは容易に想像が付く。ひとつの井戸を掘るには10回以上のビット交換が必要であると言われている。地下数千mで掘削を行っているビット交換には1日程度の時間が必要となるが、海上油井の場合には維持費が1日当たり2,000万円程度必要とも言われている。新規ダイヤモンド多結晶体を用いたビットの性能が、従来の金属助剤ダイヤモンド多結晶体のそれらに比較し、格段に向上すると考えられる。例えばビット交換回数を半分に減らすことが出来れば1億円程度のコストダウンが可能となる。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 長い間謎とされてきた天然ダイヤモンド単結晶の成因解明に超高圧プロセスを適用した。その結果、新しいダイヤモンド合成触媒を数多く見出し、単結晶の成因を解明した。これらの成果が材料科学、地球科学等の基礎科学に呈する貢献は非常に大きい。例えば、環太平洋地球科学の会議や超高圧変成岩の会議において、変成岩起源のダイヤモンドを研究している研究者達は、C-O-H流体からのダイヤモンドの結晶化の研究結果を読んで、変成岩起原のダイヤモンドも同様のプロセスで結晶化したと思われると発表していた。単結晶の成因解明研究で開発した流体相を密封するカプセルは、数多くの研究者が他の研究に使用する目的で詳細を訊ねて来た。他の研究者のみならず、当研究チームの微粒ダイヤモンド多結晶体の研究にも非常に役立った。本プロジェクトで試作・購入した流体相分析装置は地球科学者が大変興味を持ち共同研究を申し込んで来た。
 微粒ダイヤモンド多結晶体の合成研究には諸外国の研究者が大いに興味を持って共同研究を申し込んで来ている。共同研究契約が成立すれば、今後、更なる応用分野が拓けると思われる。研究半ばであることから、結果の公表には至っていないが、同多結晶体工具の大腿骨の代替材料のチタン合金の切削加工にも有効であるとの報告も受けている。この分野での応用を含め、各種材料の機械加工は今後の課題である。時間の都合上、線引きダイスへの応用研究はできなかったが、医療用注射針の線引きダイスへの微粒ダイヤモンド多結晶体の応用は大変興味が持てる分野であるとともに、患者の負担を軽減することにも寄与すると考えられる。
 透光性高純度ダイヤモンド多結晶体の特性評価は今後の課題である。特に導電性の多結晶体は半導体的であるかどうか、そうであるとすればそのメカニズムには大いに興味有る処である。超精密加工等への応用は非常に興味有る処で、今後数多くの企業と共同研究して行くことにしている。炭酸塩-C-O-H流体を助剤とする微粒ダイヤモンド多結晶体や高純度ダイヤモンド多結晶体工具がダイヤモンド単結晶工具に置き換わるとすれば大変大きな技術変革である。今後の展開に大きな期待が持てる。
4−3.その他の特記事項
 当研究チームは、天然ダイヤモンドの成因の解明並びに切削用微粒ダイヤモンドの合成に於いて非常に精力的に優れた研究を行なって来ており、世界最先端の成果を挙げている。CREST研究として最も成功した例の1つと言える。

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