研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
生体分子解析用金属錯体プローブの開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  松本 和子  早稲田大学理工学部 教授
主たる研究参加者  木村 博子  順天堂大学医学部 講師
 中村 聡  東京工業大学生命理工学研究科 教授
 長野 哲雄  東京大学大学院薬学系研究科 教授
 田代 啓  京都大学遺伝子実験施設 助教授(平成12年10月〜)
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 バイオテクノロジーの分野では極微量の生体物質を定量する方法がまたれている。本研究では希土類蛍光錯体ラベルの開発を中心として以下のような診断項目につき研究をすすめ、従来のあらゆるバイオテクノロジーや物理化学的分析法の感度を1桁から4桁も飛躍的に向上させることを目標とした。本法の原理は、希土類蛍光錯体が数百ミリ秒以上の長い蛍光寿命を持つことを利用し時間分析蛍光測定を行うと、容器材質や共存物からバックグラウンド蛍光を効率よく除去できるため、高いS/N比が得られるということに基づいている。
 従来バイオテクノロジーの分野では有機蛍光色素がラベルとして使われてきたが、本プロジェクトではこれに置き換わるさらなる高感度化システムについて、希土類蛍光ラベルを用い、1)イムノアッセイへの応用、2)超高感度HPLCシステムの開発、3)DNAハイブリダイゼーションのFRET検出、4)核酸のキャピラリー電気泳動分析システムの開発、等の研究を行った。またこれとは別に、NO検出用や亜鉛イオン検出用の有機蛍光プローブを開発した。
 本研究は早大理工学部の松本和子教授をリーダーとして、早大で開発された希土類蛍光錯体のラベル剤を免疫分析法に応用し、これを用いてエイズ発症のメカニズムとSDF-1蛋白質の関係を研究している京大遺伝子治療実験施設の田代啓グループ、本免疫分析法を診断に役立つようサイトカイン、コラーゲン等の分析法を開発する順天堂大医学部木村博子グループ、同様に免疫分析法を開発する東工大生命理工中村聡グループ、希土類ではないが有機の蛍光プローブを開発している東大薬学部長野哲雄グループで構成した。
 
3−2 研究成果
3−2−1 超高感度・多成分同時イムノアッセイ法
  強い蛍光を持ち、タンパク質に共有結合でラベルできるEu錯体の配位子としてβ−ジケトン型の配位子BHHCTを開発した。このEu錯体は蛍光収率0.4という強い蛍光を示し、クロロスルホニル基で容易にタンパク質のアミノ基に結合できる。BSA(牛血清アルブミン)をラベルした場合、従来の有機色素であるFITC(フルオレセイン)をラベルした場合と比較して約4桁検出限界が向上した。また、血清α−フェトプロテイン(AFP)のイムノアッセイでは検出限界0.0041pg/mlを記録し、約4桁の向上を示した。(特許出願)
(1) エイズ発症メカニズムの研究
 このような高感度技術の応用として、共同研究者の京大医・田代らのグループでエイズ発症に関係あるとされる血清蛋白SDF-1を世界で初めて測定し、健常者で0.1-1.5ng/ml、HIV感染者で1-10ng/mlと両者に明白な濃度分布の違いがあることを明らかにした。(特許出願)SDF-1の作用から、本測定法がエイズの発症メカニズムの解明やエイズ診断のための方法として有効であることが判明した。
(2) マウス尿中IV型コラーゲンの微量測定法
 糖尿病性腎症やIgA腎症に代表される腎疾患の病勢を反映するマーカーはいくつか存在するが、中でも重要なIV型コラーゲンを少量の検体量で、かつ、高感度に測定しうる系は存在していない。そこでBHHCT-Eu3+を用いた時間分解蛍光イムノアッセイを、マウス体液中の様々な微量物質の測定に利用してみた。その結果、糖尿病発症マウスにおいて顕著でかつ有意な尿中IV型コラーゲンの増加を認めた。これは人の生理作用に近いとされるマウスを用いた腎疾患の研究を可能にする点で、極めて意義深い。
 
3−2−2 時間分解蛍光検出による超高感度HPLCの開発
  希土類ラベル剤を用い、キセノンランプを光源とする紫外光励起、可視光検出の時間分解蛍光検出器を開発し、HPLCへ応用した。(特許出願)内分泌攪乱物質であるβ−エストラジオールとその関連物質であるエストロン、エチニルエストラジオール、エストリオールを分析したところ検出限界はそれぞれ0.65ng/mlとなった。これはLC/MSやLC/MS/MSよりも高感度であり、本システムの検出能力の高さが明らかとなった。実用的にも有効で、アミノ酸類の分析にも利用できる。
 
3−2−3 DNAハイブリダイゼーションのFRET検出
  このような金属錯体でも有機色素と同様にFRET(蛍光共鳴エネルギー移動)が観測されるかどうかについて、DNAハイブリダイゼーション検出システムを構築したところ、FRETによるハイブリダイゼーションが検出された。(特許出願)有機の色素は通常数nから数十n秒の蛍光寿命であるが、このシステムではエネルギーアクセプタ−のCy3やCy5(いずれも有機色素)の寿命が数十μ秒に延びるという現象を見出した。
 
3−2−4 核酸のキャピラリー電気泳動分析とシークエンサーへの応用
  DNAシークエンサーの解析にはキャピラリー電気泳動法が良いが、希土類錯体である故に電気泳動の際に金属が抜け出しやすくなる。そのため、キレ−ト力の極めて強い配位子を必要とした。また、励起光源にレーザーを用いる場合、YAGレーザーだと蛍光が弱い。最近これらの条件をクリア−しキャピラリー電気泳動で使用できるめどが立った。(特許出願)これらのラベル剤は熱にも強く、PCR反応に耐える。現在20merから30mer程度の核酸の分離がほぼできるようになっている。
 
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 松本チームのCREST期間中の成果は、従来法の104倍以上の感度が期待できる希土類蛍光錯体を用い、バイオ関連物質の検出法を種々開発したことである。
以下主なものを挙げる。
4−1−1 イムノアッセイとしての応用
(1) K.Matsumoto,Y.Tsukahara,T.Umehara,K.Tsunoda,H.Kume,S.Kawasaki,
J.Tadano,T.Matsuya,J.Chromatgr.,B773,135(2002)
Eu蛍光キレ−ト剤を用い、液クロ法によって内分泌攪乱物質であるエストロゲン類を高 感度で分離・分析する方法を開発した。
(2) J.Yuan,G.Wang,K.Majima,K.Matsumoto,
Anal.Chem.,73,1869(2001)
新規テルビウム蛍光ラベル剤BPTA-Tb3+を合成した。この錯体は量子収率が1.00近くあり、また蛍光寿命も2.68msと非常に長い。
(3) M.Inagaki,J.Yuan,K.Matsumoto,S.Herrmann,I.Iwamoto,T.Nakamura,
S. Matsushita,T.Kimura,T.Honjo,K.Tashiro,
AIDS
Research and Human Retroviruses,17,587(2001)
これまで測定不可能であったヒト血清中のSDF-1測定系を樹立して、SDF-1タンパクがHIV感染症進行に役割を果たし得ることを示唆する貴重なデ−タを得た。
4−1−2 DNAハイブリダイゼーション検出システム
(4) S.Sueda,J.Yuan,K.Matsumoto,Bioconjugate Chem.,11,827(2000)
有機色素等でDNA分析に使われる蛍光共鳴エネルギー移動法を、本希土類蛍光錯体で確かめるため、DNAハイブリダイゼーション検出システムを考案したところ、従来よ りはるかに長寿命の蛍光観測が出来た。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 松本教授らが開発した希土類錯体蛍光ラベル化剤は免疫分析、HPLC、ハイブリダイゼーションアッセイ等で応用できる域に近づいている。ただし、バイオへの応用という観点では対象ターゲット(たとえば糖、蛋白質、DNAまたは薬剤等)によっても、対象物が置かれている環境(とたえば血液中)によっても、さらに検出システム(HPLC、電気泳動法ほか)によっても、ラベル剤へ要求される仕様が異なってくる。したがって発光特性を物理化学的に把握しているか、そしてラベル化剤の有機合成的ラインナップが出来ているかが将来問われることとなる。スタンダード作りに意を込めて前進してほしい。
4−3.その他の特記事項
 松本教授はCRESTの成果をもとに、事業団新領域(戦略的創造研究推進事業 チーム型研究「医療に向けた科学・生物系分子を利用したバイオ素子システムの創製」研究領域)の研究代表者に採択された。蛍光反応の基礎化学特性をふまえた研究を期待する。
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