研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
遷移金属を活用した自己組織性精密分子システム
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  藤田 誠  東京大学大学院工学系研究科 教授
主たる研究参加者  山口 健太郎  千葉大学分析センター 助教授
 芳賀 正明  中央大学理工学部 教授
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 自然界(生体系)における物質構築は主に酵素反応と自己組織性でなりたっており、前者が「原子と原子をつなぐ」手法であるのに対し、後者は「分子と分子をつなぐ」手法として捉えることができる。自然界ではこの両者の手法が対等に使われ、究極的物質−生命体−がつくられる。とりわけ、生体機能の発現にはナノ領域における分子レベルの精密な自己組織化が重要な役割を担っている。このような生命体の巧妙なしくみに対し、前世紀の化学ではもっぱら合成化学を基盤として前者の方法論のみが開拓されてきた。本研究では、人工系での自己組織化を次世代の分子・物質科学としてとらえ、生物のものづくりに近づく体系化を目指した。すなわち、自己組織化のしくみを人工系にとりいれ、精密設計された小分子が配位結合を駆動力としてナノ領域で自己組織化し、生体分子に匹敵する機能を発現する「自己組織化分子システム」を創出することである。そして得られた構造や内部空間における特異現象、物質変換の検討や巨大分子のカプセル化・輸送・放出等、これまで生体系でないと無理だと見なされてきた高次機能を分子の自己組織化により発現させることをねらった。
 本研究は、東京大学大学院工学系研究科藤田グループが中心となり、千葉大学分析センター山口グループ、中央大学理工学部芳賀グループとともに進めた。山口グループは、本研究において、ここで取り扱う金属錯体からさまざまな水素結合会合体にいたるまで、弱い結合による分子集合体の構造解析に絶大なる威力を発揮する「低温スプレー質量分析」を開発し、本研究の推進に大きく貢献した。
 
3−2 研究成果
3−2−1 インターロック化合物の自己集合
  分子が空間を介して連結する可逆カテナン化は自己組織化手法の試金石である。まず、Pd( II )で結合した単環分子が水中で二重らせん的に自己を組織し、[2]カテナンへと二量化する新しい系を設計した。金属上に光学活性体を添加すると、カテナン化したときのみ二重らせん構造に基づく分子不斉(誘起CD)が可逆的に観測される。また、Pd( II )単環分子とPt( II )単環分子からなる交差カテナンの自己集合にも成功した。このような可逆なカテナン化は環状分子に水を加えるだけで進行するため、新しい高分子材料とその構築方法として期待することができる。
 
3−2−2 動的集合体
  分子集合に関する研究では、これまで熱力学的な最安定構造が一義的に生成する系が扱われてきた。熱力学平衡下で多成分混合物が生じる系も、外部の情報や刺激に対応して平衡組成を任意の一成分に寄せることができるなら、混合物は必要な時に好きな成分を取り出すことができる「動的分子集合体」と呼ぶことができる。これまでに、骨格変換を伴いながら、異なる三次元かご構造が基質の形状にあわせて高い選択性で作りわけられる系を達成した。この系に未知のゲストを添加すると、未知ゲストを認識しうるホスト構造がゲストに誘起され有利に自己集合する。この時の変化をNMR差スペクトルで読み出すことにより、選択されたホストの構造を逆に検索することができる。いいかえれば一種の免疫系システムを人工系で設計したことになる。
 
3−2−3 中空構造体の自己組織化
  三次元的に閉じた化合物で最も興味が持たれるのは、密閉された空間を持つカプセル化合物である。(特許出願)正三角形パネル状配位子とPd( II )錯体の反応により、正三角形分子の各辺が連結し、正三角形6枚を金属イオン18個で張り合わせた六面体のカプセル構造の構築に成功した。このカプセルは大きさが約30Åに到達し、通常の有機分子を複数個内部に取り込む十分な容積を持っている。このカプセルの内側には、若干の構造修飾を施すことで、CBr4などの中性ゲスト分子を可逆的に取り込むことにも成功した。
 
3−2−4 配位結合ナノチューブの自己集合
 チュ−ブ状の化合物は、イオンチャンネルに代表される物質輸送や、形状選択的な物質変換等の機能性材料として注目を集めている。そこで分子パネリングの概念の拡張により、短冊状の配位子を4枚張り合わせることで配位結合ナノチューブを構築した。(特許出願)この際、配位子の設計によって組み上がるチューブ錯体の構造を精密に制御することもできる。(特許出願)
 
3−2−5 三次元球状錯体の定量的自己集合
  二価パラジウムと三座配位子からの自己集合により、直径約15Åの球状構造が定量的に生成することをみいだした。(特許出願)CSI-MS測定からM6L8組成をもつ分子量約4千の構造体が自己集合していることが示唆された。また、X線結晶構造解析により、この自己集合体は球状の構造であることが明らかとなった。
 
3−2−6 かご状錯体中での特異的反応
 このような自己集合性錯体の空孔内で、さまざまな特異的変換を行った。まず、ケージ状錯体の空孔内でDiels-Alder反応が加速されることを見出した。例えば、ナフトキノンとイソプレンのDiels-Alder反応では、初速度が113倍も加速されることがわかった。さらに、触媒量のPd(en)(ONO)2を添加すると空孔内でスチレンのワッカー型酸化反応が進行し、アセトフェノンが生成することを見出した。(特許出願)
 かご状錯体内に取り込まれた複数のゲスト分子は互いに近接し、(=濃縮効果)、さらに空孔の形状に応じてその配向が規制されることから、分子間での高効率・高選択的な光反応が起こることもわかった。
 
3−2−7 CSI-MSの開発 (山口グループ)
  溶液の質量分析法の一つとしてコールドスプレーイオン化質量分析法(CSI-MS:Coldspray Ionization Mass Spectrometry)を開発した。(特許出願)この手法は低温に冷却したスプレーを用いて極めてソフトに溶液中で生成したイオンを検出することができる。
 CSI-MS開発は当初様々な有機金属錯体を中心とする超分子化合物の構造解析を目的として開始された。これまでにCSI-MSにより種々の溶液中での動的過程を含めた自己組織化金属錯体の構造解析に成功している。この手法を用いて生体を構成する基本的な分子であるアミノ酸、糖、核酸、脂質について溶液構造を解析した。CSI-MSはDNAやRNAの解析にも応用可能であり、様々な興味ある溶液動態に関する知見を得ることができた。
 また、ミスマッチを多く含む不安定なデュープレックスについても溶液構造を観測できることがわかった。これによって神秘的なDNA分子の造型を様々な条件で観測できるようになった。
 このようにCSI-MSは従来の手法では観測できなかった弱い相互作用に基づく分子系の溶媒和等により安定化している溶液構造を直接検出できることが示された。(特許出願)
 
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 藤田教授らの研究は遷移金属を利用して一連の中空構造体を自己組織的に形成する現象の発見から、それを様々な‘形’へと発展させた点で国際的にも一級の仕事である。(論文のサイテーションも非常に多い)以下CRESTでの主な成果を示す。
4−1−1 分子パネリング
(1) M.Fujita,Structure and Bonding Molecular Self-Assembly Organic Versus
Inorganic Approaches Ed
.,Springer,Berlin(2000)
成分としてパネル状の分子を設計し、これを張り合わせることで巨大な多面体構造を自 己集合させることに成功した。また、長方形のパネルも設計し、巨大な箱型構造を自己集合させた。これらは巨大な分子空間をもち、さまざまな特異反応や特異物性を引き出すことができる。
4−1−2 カテナン合成
(2) A.Hori,K.Akasaka,K.Biradha,S.Sakamoto,K.Yamaguchi,M.Fujita,
Angew,Chem.,Int.Ed
.,41,3269(2002)
分子が鎖状に結ばれるカテナン(従来の有機化学的手法では合成困難な)を自己組織的に合成した。高分子も可能で、新しい分子設計手法となりうる。
4−1−3 ナノチューブ合成
(3) M.Aoyagi,S.Tashiro,M.Tomonaga,K.Biradha,M.Fujita,Chem.Commu.,
2036(2002)
短册状の配位子を4枚張り合わせることで、ナノチューブが合成できた。形状選択的な物質変換等に応用可能。
4−1−4 かご状錯体を用いる新触媒反応
 閉じた空間を持つカプセル化合物を利用するさまざまな反応が研究された。その一例を示す。
(4) H.Ito,T.Kusukawa,M.Fujita,Chem.Lett.,598(2000)
助触媒を加えることなく、スチレンのワッカー型酸化反応でアセトフェノンが高選択的に起きることがわかった。
4−1−5 CSI-MSの開発
 このグループの特筆すべき成果として、千葉大山口助教授らによるコールドスプレーイオン化質量分析計の開発が挙げられる。当初は高分子量金属錯体の同定に利用されていたが、水溶液中の材料でも分析出来る方法が開発され、蛋白質やDNA等バイオ材料の解析にも適用できることとなった。
(5) S.Sakamoto,M.Fujita,K.Kim,K.Yamaguchi,Tetrahedron,56,955(2000)
(6) S.Sakamoto,K.Yamaguchi,Angew.Chem.Int.Ed.,in press
 
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 藤田教授らの研究は遷移金属の配位結合性を活用した分子設計(分子パネリング)で世界を大きくリードし、各方面から注目されている。CREST期間中でもいくつかの端緒が見られるが、これら組織体の持っている機能を有効に生かす研究が実れば産業界に迎えられる素地はある。また山口助教授のCSI-MSは市販される段階にあり、今後高分子錯体はもちろん、糖・蛋白の解析やDNAの挙動追跡等に威力を発揮すると思われる。
4−3.その他の特記事項
 藤田教授はこれらCRESTの成果をもとに新たに、戦略的創造研究推進事業「医療に向けた自己組織化学の分子配列制御による機能性材料システムの創製」領域(茅 幸二研究総括)の研究代表者に採択された。新たな展開を大いに期待したい。
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