研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
超天然物の反応制御と分子設計
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  平間 正博  東北大学大学院理学研究科 教授
主たる研究参加者  秋山 公男  東北大学多元物質科学研究所 助教授
 後藤 順一  東北大学医学部 教授
 佐竹 真幸  東北大学大学院生命科学研究科 助教授
 田中 俊之  筑波大学応用生物化学系 助教授
 藤井 郁雄  生物分子工学研究所 主席研究員(平成14年4月〜)
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 21世紀の有機化学は、自然や生命の仕組みを、分子を基礎にした分子集合体の科学として総合的に理解する方向に向かうことは間違いない。本研究は、精密化・高速化された有機合成化学を機軸に、物理有機化学、コンピューターと、分子生物学、構造生物学の進歩を併せて、糖蛋白複合体に焦点を置き、その三次元構造と機能発現の反応原理を解明する。そして、原子レベルの反応制御によって、天然物の機能を超える次世代の機能性分子や蛋白複合系超天然物の合理的分子設計を目指した。
 当初の主要な研究項目は次の5項目であった。
(1) 1,4-ビラジカル活性種を安定化する蛋白質複合系の原理とデザイン(抗がん剤モデル)
(2) 新しい集積型ポリ-1,4-ビラジカルの設計と反応制御
(3) 神経毒ポリエーテルのイオンチャネル阻害の原理と修復
(4) 人工ハプテンによるシガトキシン特異的抗体の創出
(5) 少量海産生理活性分子、骨粗鬆薬ノルゾアンタミンおよび抗ガン剤ハロモン等の大量合成法の開発
 研究体制は、平間グループが中心となって合成研究他を推進した。抗生物質(C1027)の蛋白質複合体のNMRによる三次元構造の解析は筑波大学田中グループ、その常磁性種のESR研究は東北大学多元研秋山グループ、蛋白質複合型抗癌抗生物質の改変は東北大学医学部の富岡・水柿・後藤グループ、シガトキシン合成中間体の毒性評価は東北大農学研究科佐竹グループ、抗シガトキシン抗体の調製は東北大学医学部の富岡・水柿・後藤グループ及び生物分子工学研の藤井グループとの共同研究である。
 
3−2 研究成果
3−2−1 タンパク質複合型抗癌抗生物質C1027の三次元構造解析と分解安定化機構解明
  タンパク質複合型抗癌抗生物質C1027は、DNA切断活性を示す非常に不安定なエンジインクロモフォアと、これを特異的に結合して安定化するアポタンパク質から構成されている。アポタンパク質が、単独では急速に芳香環化するクロモフォアを、どのように結合し安定化するかという問題は、蛋白質による低分子認識と運搬(DDS)の観点から非常に重要である。そこで、C1027アポタンパク質と芳香環化クロモフォアから成る複合体の三次元NMR構造を決定した。クロモフォア結合ポケット中心部における疎水性相互作用と辺縁部における静電的相互作用が、アポタンパク質によるクロモフォアの特異的結合を決めている。しかも、p-ベンザインビラジカルが周辺のアポタンパク質から水素を引き抜きにくい立体構造になっている。すなわち、アポタンパク質によるクロモフォアの安定化作用は、主に速度論的な反応性低下に由来することを明らかにした。
 
3−2−2 天然抗生物質C1027にESR観測される常磁性種の解析
  C1027には、ESRシグナルが定常的に、4年後でも観測された。二次元ニューテーションFTESRなどを詳細に解析した結果、このスペクトルは、三重項を含む少なくとも3種以上のラジカル種に由来することが分かった。この三重項種は、種々の解析の結果、ペプチドのグリシニルパーオキシラジカルとフェニルラジカルとのラジカル対に由来する可能性が高いと推定され、ゆっくりと分解するメカニズムが見えてきた。
 
3−2−3 遺伝子工学による重水素化アポタンパク質の作成とクロモフォア再構成による新しい超タンパク質複合系の構築
  C1027のクロモフォアはアポタンパク質によって安定化されているが、少しずつアポタンパク質と反応して自己分解することが判明した。そこでGly96のメチレンを重水素に置換することでDDSキャリヤータンパク質として改良することを目的にアポタンパク質を合成した。複合体中のクロモフォアの寿命を測定すると、天然物よりそれぞれ約5倍寿命が長いことが明らかになり、キャリヤータンパク質として、天然物より優れた人工C1027(超タンパク質複合体)を創製することに成功した。
 
3−2−4 シガトキシンCTX3Cの全合成
 毎年2万人以上の人々が中毒する世界最大の海産物食中毒シガテラ中毒の原因毒素シガトキシンは、5,6,7,8および9員環エーテルが13個梯子状に連結した、不斉炭素が30個を超える、分子長が3nm以上のいも虫状巨大分子である。電位依存性ナトリウムチャネルに作用する猛毒性と複雑な構造に興味がもたれ、世界中の合成化学者が全合成に挑戦して来た。紆余曲折があったが、本プロジェクトで2001年世界に先駆けてシガトキシンCTX3Cの全合成に成功した。成功の鍵は、戦術としては1992年にGrubbsによって開発されたオレフィン閉環メタセシス反応を用いて中員環エーテルを短工程で合成したこと、そして戦略的には13個のポリエーテル環の組み立て方として、2個のセグメントを連結する際に間に2つの環を作りながら組み上げていく方法を工夫したことである(特許出願)。その後保護基をベンジル基よりナフチルメチル(NAP)基に変えることで分解が抑制され、2002年春には天然物の量を凌駕する1ミリグラムのCTX3Cを化学合成することに成功した。(特許出願)その後も更に合成経路の改良が進んでいる。
 
3−2−5 シガトキシンCTX3Cのモノクローナル抗体の作成及び高感度サンドイッチELISA分析法の開発
 シガトキシンを含む魚を簡便確実に検定してシガテラ中毒を予防するために、抗シガトキシンモノクローナル抗体を用いた免疫学的分析法の開発が望まれている。ここでは、化学合成したシガトキシンCTX3Cの部分構造をハプテンとして抗体を作るアプローチを検討した結果、五環性フラグメント(ABCDE環部およびIJKLM環部)をハプテンとして毒素本体に高い親和性を示すモノクローナル抗体、10C9および3D11が得られた。これらは、構造が類似した他のポリエーテル海産毒、ブレベトキシン類、オカダ酸、マイトトキシン等にはほとんど結合しない。よってこの抗体10C9および3D11を用いて、CTX3Cを特異的かつ高感度(1ppbレベル)で検出できるサンドイッチイムノアッセイ法が開発できた。(特許出願)
 
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 平間教授の率いるこのグループはCREST期間中に2つの大きな成果を出した。一つはエンジイン環構造を持つ抗腫瘍性タンパク質C1027 の構造と機能に関する研究、もう一つは海洋性毒物質シガトキシンの全合成達成とそれをもとにした免疫検定法の開発である。いずれも国際的に高い評価を得た。
4−1−1 C1027 の構造と機能解析
(1) M.Hirama,K.Akiyama,T.Tanaka,T.Noda,K.Iida,I.Sato,R.Hanaishi,S.Fukuda, M.Ishiguro,T.Otani,J.E.Leet,JACS,122,720(2000)
ESRに観測されるラジカルの根元を3次元立体構造より解明し、タンパク質の切断との関係を把握した。抗生物質の自己劣化を防止する方法等を示唆している。
4−1−2 シガトキシンの全合成
(2) M.Hirama,T.Oishi,Y.Uehara,M.Inoue,M.Maruyama,H.Oguri,M.Satake, Science,294,1904(2001)
(3) 平間正博,大石徹,現代化学 4月号,55(2002)
ひとつの分子に30以上の不斉炭素を有する長さ3nmもあるシガトキシンを世界で初め て全合成した。
(4) M.Inoue,H.Uehara,M.Maruyama,M.Hirama,Organic Lett.,in press
全合成の過程で保護基の変更によって合成収率が向上した。
4−1−3 モノクロナ−ル抗体の作成
(5) H.Oguri,M.Hirama,T.Tsumuraya,I.Fujii,M.maruyama,H.Uehara,Y.Nagumo, Submitted.
シガトキシンの部分構造をハプテンとする抗体生産を検討し、シガトキシンのみを認識する抗体の作成に成功した。これにより毒素の簡易チェックの途が拓かれた。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 平間チームから得られた成果は単なる実験有機合成だけでなく、有機物理化学、構造化学、計算化学等からのアプローチがあって、天然物の機能解明にまで達している。それだけにそれらの成果は今後の超天然物設計の指針ともなるし、またシガトキシンに関しては免疫診断による中毒予防等の実用価値も見えてきた。さらに神経毒の原理解明にも一翼を任うことも可能であり期待は大きい。
4−3.その他の特記事項
 平間教授は以上の成果をもとに戦略的創造研究推進事業の一環としてCRESTの継続研究課題として採択された。今後も天然物の機能解明に基づく新しい材料の開発に挑戦してもらいたい。
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