研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
金属クラスター反応場の構築とクラスター触媒反応の開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  鈴木 寛治  東京工業大学大学院理工学研究科 教授
主たる研究参加者  永島 英夫  九州大学機能物質科学研究所 教授
 黒沢 英夫  大阪大学大学院工学研究科 教授(平成10年4月〜)
 碇屋 隆雄  東京工業大学大学院理工学研究科 教授
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 遷移金属錯体上では金属−基質間の電子移動を利用して有機基質を活性化し、結合を切断あるいは形成することが可能である。これまでに単核の遷移金属錯体を対象とする広範な研究を通じて、それぞれの金属固有の性質を活かした高効率的かつ高選択的な有機合成反応が数多く開発され、すでにこれらの金属錯体を均一系触媒として用いる反応が工業プロセスとして実用化されている。これに対して遷移金属クラスターは、多点配位能や多電子移動能など単核遷移金属錯体には見られない機能を有しながら、これまで合成反応に用いられることがほとんどなかった。それは、一連のカルボニルクラスターを除いては遷移金属クラスターの合理的な合成法が確立されておらず、反応性に関する系統的な研究が展開されてこなかったためである。本研究では、まずクラスターに特有な多点配位と多電子移動の機能を最大限に発揮し、高い反応活性を示す遷移金属クラスター分子を設計し、その合理的合成法を確立する。続いてその反応挙動の解析を通じて、従来の有機合成手法では達成することのできなかった新反応と高効率触媒プロセスの開発を目指す。
 本プロジェクトは「クラスター触媒グループ」(九大機能研 永島英夫教授)、「クラスター精密合成グループ」(阪大院工 黒沢英夫教授)、「超臨界グループ」(東工大院理工 碇屋隆雄教授)の協力を得て推進された。
 
3−2 研究成果
3−2−1 クラスターの多核化
  クラスター反応場の構築に際して最も重要なことは、反応の全過程を通じて複数の金属が反応基質と相互作用できるようにクラスター分子を設計することである。ここでは、C5Me5基を補助配位子として持つポリヒドリドクラスターを標的化合物に選び、その合成法の開発、反応場の修飾、反応性の解析などについて系統的な研究を展開した。
 クラスターの多核化に関しては、二核から五核までのルテニウムポリヒドリドクラスターの系統的かつ選択的合成法を開発した。補助配位子であるシクロペンタジエニル環上の置換基を変えることで反応場のサイズと電子状態をさまざまに変化させ、構造パラメータと電子的パラメータを比較することによって、多核化による反応場の大きさと基質との間の電子移動の能力がどのように変化するかを評価した。
 
3−2−2 クラスター反応場の電子状態制御
  これまでに前例のない、クラスター骨格にホウ素、窒素、リン、酸素、イオウなどをふくむヘテロ原子団を架橋配位子として導入し、架橋元素−遷移金属間結合の分極を利用して金属中心の電子密度を制御する方法を開発した。(特許出願)
 これら一連のクラスターの酸化還元電位を比較するとともに計算化学的な手法を用いて、電子状態変化を定量的に評価した。
 
3−2−3 クラスター反応場への異種金属の導入
 異なる種類の遷移金属で構成されるクラスター反応場には、金属の性質の違いに基づいて電子的な異方性が生じるため、基質の取込段階や活性化段階における分子の配向選択性や反応の位置選択性の発現が期待される。異種金属から成るクラスターの系統的かつ合理的合成に関する研究は非常に少なく、ポリヒドリドクラスターに限れば先行研究はほとんどない。ここでは単核のヒドリド錯体あるいはハロゲン化錯体を出発原料に用い、2種類の単核錯体を組み合わせることでヘテロ金属二核錯体を、単核錯体と二核錯体の組み合わせでヘテロ金属三核錯体を選択的に合成する方法を開発した。この合成法は周期表中の4族から9族までの遷移金属に対して幅広く適用できる汎用性の高い手法である(特許出願)。これらは等核クラスターとは違った反応性を示すことが確認された。
 
3−2−4 クラスター反応場での新反応
(1)アルカンのC-C結合の活性化
 三核ルテニウムポリヒドリドクラスター上でのアルカンのC-H及びC-C結合の活性化(切断)について、直鎖アルカン、分岐アルカン、環状アルカンとの反応を詳細に検討した。その結果(1)アルカンはC5Me5基との立体的な反発を避けるように、立体的に込み合っていない末端から反応場に取り込まれ、(2)σ-錯体を経由する非ラジカル的な機構でC-HおよびC-C結合の切断が起こる、ことを明らかにした。
(2)その他の反応
 金属クラスターによる基質の活性化に関してはこの他に、オレフィンのC=C結合の切断、加熱あるいは酸化・還元による配位有機基質の炭素骨格転位反応、チオフェンからの脱硫、ヒドラジンのN-N結合切断などについても検討した。(特許出願)
 
3−2−5 クラスター触媒反応の開発(永島グループ)
 共役π系架橋配位子をもつ二核および三核ルテニウムクラスターやヘテロ共役系をもつアミジナートを架橋配位子とする配位不飽和ルテニウムクラスターなどを合成し、それらクラスターの触媒としての応用を探索した。その結果、共役π系架橋配位子を持つ三核ルテニウムクラスターとヒドロシランの反応で生ずるヒドリドシリル錯体を活性種とする(1)環状エーテルの開環重合(特許出願)、(2)環状シロキサンの開環重合(特許出願)、(3)ビニルエーテルの付加重合(特許出願)を実現した。
 
3−2−6 金属クラスターの精密合成と反応(黒沢グループ)
 精緻な分子設計に基づく合成研究から、ポリエンを架橋配位子とする10族遷移金属を含む一連の一次元クラスター錯体の合成を達成した。(特許出願) これらは新しい光化学特性を有する機能材料に結びつく。
 
3−2−7 超臨界流体を用いる分子触媒反応(碇屋グループ)
 超臨界流体とクラスター触媒の融合を視野に入れ、超臨界流体中における触媒と基質の相互作用の解明に取り組み、高温・高圧条件仕様のセルを備えた超臨界流体NMRを開発し(特許出願)、超臨界流体中におけるパラジウム及びルテニウム錯体の挙動を追跡した。その結果超臨界二酸化炭素中でのパラジウム触媒によるハロゲン化アリールのカルボニル化と、ルテニウム触媒を用いるカルバミン酸とアセチレン類の付加反応を開発した。(特許出願)
 
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 鈴木グループでは従来の単核錯体では見られない新しい機能を求めて、複核錯体(クラスター)を開発することで、その合成法と基礎反応特性、及び分子設計を応用するいくつかのクラスター反応を世界に先がけ生み出した。
4−1−1 クラスター分子の設計
(1) Y.Ohki,H.Suzuki,Angew.Chem.Int.Ed.Eng.,41,2994(2002)
多核クラスターの効率的合成法を開発した。
(2) T.Shima,J.Ito,H.Suzuki,Organometallics,20,2654(2001)
異種金属(Ru+X)クラスターの効率的合成法である。
(3) R.Okamura,K.Tada,K.Matsubara,M.Ohshima,H.Suzuki,Organometallics,20,4772(2001)
クラスター中にB,N,O,P等の典型元素を導入する方法の開発。電子密度を制御できる。
4−1−2 クラスター反応場での反応特性
(4) T.Takemori,A.Inagaki,H.Suzuki,JACS,123,1762(2001)
クラスター反応場ではアルカン、アルケン等のC-C結合の選択的切断等の新反応が起こる。
これの応用でオレフィン、ニトリル類の高活性水素化等の可能性が出た。
4−1−3 共役π系クラスター触媒の開発(永島グループ)
永島グループでは架橋配位子のハプティシティ変化を利用したクラスター触媒活性種の発生に取り組み、数種の触媒反応を編み出した。
(5) H.Nagashima,A.Suzuki,T.Iura,K.Ryu,K.Matsubara,Organometallics,19, 3579(2000)
(6) H.Kondo,K.Matsubara,H.Nagashima,JACS,124,534(2002)
π系架橋配位子を持つRuクラスターを合成し、環状エーテル、シロキサン等の開環重合を実現した。 
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 鈴木グループの研究は世界に例の少ない遷移金属クラスターを合成し、その反応特性を知ることに卓越する成果を出したものの、目標の一つであった触媒反応の開発には、共同研究者らが独自の設計思想に基づくクラスターを使っての研究成果であり、鈴木チームからのブレークスルーがなかった。クラスターは一つの錯体分子の中で性質のちがう原子より構成することが出来るので、工業化学的にも新しい提案が待たれている。今後の展開に期待する。
4−3.その他の特記事項
 なし
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