研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
サイクル時間域光波制御と単一原子分子現象への応用
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
 
研究代表者  山下 幹雄  北海道大学大学院工学研究科 教授
主たる研究参加者  森田 隆二  北海道大学大学院工学研究科 助教授
 重川 秀実  筑波大学 物理工学科 助教授
3.研究内容及び成果
 高速性の追求は、いつの時代においても科学技術を飛躍的に発展させる原動力の一つである。レーザーをベースとしたフェムト秒(1 fs=10-15秒)光技術はその最先端にあり、人類が創り出した最高速技術である。また、時間 はあらゆる現象を記述する基本パラメータであるため、この技術は、自然科学の全分野にわたって未知であった超短時間域の現象を解明し制御しようとする研究に対して、唯一無二、かつ強力な手段を提供し、新しい学問と産業を生み出す革新的な力を持っている。すなわちその特徴は、1.時間域の顕微鏡、2.時系列ダイナミクス制御性、3.巨大尖頭出力性、4.超高密度信号性、に加えて5.学際分野横断性にある。このような背景の下、本プロジェクトは以下の視点で研究を進めた。
 例えば、800 nmの光は375 THzの電場振動周波数を有し、その1サイクルの時間(Tc:1周期)は2.67 fsである。その光電場が1サイクル振動する時間のみ光強度を有する究極の光パルス(その半値全幅tp=Tc)をモノサイクル光という。このプロジェクトでは、長い間不可能とされてきた極限光波の実現・機能応用化に向けて、多面的な視点から研究を展開した。即ち、
  1)帯域が550 THzを越える超広帯域な高出力コヒーレント光パルスの発生
  2)全周波数帯域に渡って光波位相を揃える、非線形で複雑なチャープの補償
  3)2サイクル台以下の光電場波束の位相・振幅計測
  4)超広帯域コヒーレント光波の任意帯域幅毎に独立に位相・振幅を制御することによって可能となる多波長同時光波整形
  5)汎用利用を可能にする極限光波制御と計測の結合一体自動化
  6)シングルモードファイバー中での極限光波の非線形伝播現象の理論・実験両面からの解明
  など、理論・基礎的要素手法から技術・デバイス・システム化まで系統的に研究した。このテーマが1つの柱である。

 もう1つの柱は、この極限光波の応用を念頭においた光走査トンネル顕微鏡(光STM)に関する研究である。即ち、時空間極限技術を開拓し、それを用いて時間的疎視化・空間的平均化・集団的統計化のために隠れている1原子分子レベルの量子現象ダイナミクスを解明・制御することである。STM及びその関連技術は、実空間で原子レベルの空間分解能を持つ非常に有用な手法であるが、外部回路の典型的な測定バンド幅は数10 kHz 程度で、時間分解能は充分とは言えない。一方、光を用いた測定法は、広領域に渡る分光を可能にするだけでなく、時間的にも極限領域の測定を可能とする。しかし、一般には、波長(数100 nm)による空間的な分解能の制約を受けている。そこで、STMの空間的な分解能と光励起によるエネルギー及び時間領域での選択性・分解能を組み合わせることにより、これら両極限領域での物性実験を可能にする。電子励起に加え、波形制御によりフォノン励起を制御すると、量子過程の超高速な過渡応答を解析するだけでなく、各モードの影響や素過程を原子スケールで直接解析し制御する可能性も開ける。

 この2つのテーマの研究は、北海道大学チームと筑波大学チームとの共同で進められた。すなわち、極限光波の研究を主に担当した北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻チームは、さらに山下幹雄グループと森田隆二グループとで分担しあい、前者は計測や光制御との一体自動化を含む光パルスのモノサイクル化、後者は多波長光波形整形とそのSTMへの応用の研究を展開した。光STMの研究を主に担当した筑波大学物理工学系の重川秀実チームは、CWレーザー励起STM・フェムト秒光パルス励起STMの開発を進めると共に、それらを用いた半導体・有機分子・DNAなどの1原子分子ダイナミクスの解明に関する研究を行った。プロジェクト後半では、両チームの開発した技術・装置の相互交換およびメンバーの相互乗り入れを行い、共同研究を活発に進めた。両チームとも、事業団ポスドクおよび客員研究員・大学院生・学部生・民間会社研究員など、多くのメンバーの参加を得て研究を展開した。

 
主な研究成果の概要
A.極限光波の研究
1. 高出力超広帯域化の研究において、独自な誘起位相変調法により300〜1000 nm,  Δ ν= 700 THz帯域高出力コヒーレント光波の発生に初めて成功した。
2. モノサイクル光化の研究において、(1)超広帯域でかつ任意の分散補償が可能な空間光位相変調法により3.6 fs・1.67サイクルの可視近赤外域では最短の光パルス発生に成功した。また、(2)フォトニッククリスタルファイバー、テーパーファイバーによる初の光パルス圧縮に成功した。さらに、(3)誘起位相変調光パルス圧縮にも初めて成功した。
3. 極限光電場波束計測の研究においては、従来法に比し100倍の高感度でかつ初の1オクターブを越える超広帯域性を有する独自な変形SPIDER法を開発した。
4. 汎用性の極めて高いモノサイクル台光パルス自動圧縮の研究において、計算機プログラム制御可能な超広帯域チャープ補償法と極限光電場波束計測法とを結合させ、サイクル光波束の一体フィードバック自動制御に初めて成功した。
5. 多波長同時波形整形とそのSTM技術への応用の研究において、3つの異る波長でかつ繰り返しTHz光パルス列周波数が互いに異なった光波発生に成功し、その応用として1原子レベルでのSi選択脱離を初めて実現した。
6. 極限光波束の非線形伝播の研究においては緩包絡波近似のない独自のフーリエ直接法などにより、モノサイクル光波束のガラスファイバー非線形伝播でのスペクトル・時間波形のふるまいを初めて解明した。
 
B.光STMの研究
1. CWレーザー励起STMにおける光変調構造の解析に関する研究については、 (1)光励起変調トンネル分光技術を確立し、局所光変調バンド構造を初めて観察した。さらに、原子分子吸着系のフォトボルテージ効果を明らかにすると共にその反応制御を行った。加えて、(2)単一分子制御を実現し直接観察を可能にした。また、(3)Si表面低温相構造のドープ依存性と光変調特性を明らかにした。
2. 超高時間分解光STM技術の開発に関しては、(1)fs時間分解STM(FR-STM)の開発に成功した。さらに、(2)FR-STMを用いた時間分解測定(GaNAs)に成功した。
3. ダイナミックス測定・制御の研究において、(1)BEDT-TTF系低次元有機伝導体の相緩和とコヒーレントフォノン緩和を初めて観察した。また、(2)単一分子操作(cis-2-buteneの回転モード、化学反応制御)に成功した。ついで、(3)分子性結晶表面での分子構造緩和の存在を確認した。加えて、(4)ナノ粒子、DNA分子のパターニング技術の開発と電流計測を可能にした。さらに、(5)単一分子間力測定におけるプラウン運動を初めて観測した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 可視・赤外光領域で世界最短の光パルス(3.6 fs,1.67サイクルのモノサイクル光パルス)の発生に成功したこと、700 THz帯域の超広帯域高出力コヒーレント光波発生の成功により、サブフェムト秒パルス光の発生の可能性を現実的に示したこと、また、単一コヒーレントパルスから波長の異なる3つの波形整形ビームの同時発生に成功したことは、所期の目標を十分に満たした成果である。特に、超広帯域光パルスの高精度で高感度な波形・位相計測方法(変形SPIDER法)を独自に開発し、このデータ処理・制御プログラムを空間位相変調器にフィードバックする計算機一体型の光システムを完成したことは、光科学技術に素人のユーザーであっても、モノサイクル光の発生を容易に可能とするものである。これは、これまで夢であったモノサイクル光源が汎用的に使える新フォトニクスシステムを供給する成果で、その科学・技術的価値は大きい。 
 本研究課題の、もう一つの大きな目標は、フェムト秒光パルスと走査型トンネル顕微鏡(STM)とを結合させる技術を確立し、モノサイクルフェムト秒の量子現象を単一原子・分子レベルの空間領域で可能にすることであったが、この目標の達成は中間評価段階では具体的進展ははかばかしくなかった。中間評価以後に健闘し、パルス光波照射にともなう探針の熱膨張によるトンネル電流変化を抑えたフェム秒時間分解STMシステムを開発した成果は評価できる。けれども、この技術を用いた極限時間空間領域の量子現象観察など、所期の目標であった広範な応用展開の具体化は今後に期待することになった。

 外部発表数は417件(英文論文97件,和文論文23件,国際学会発表107件,国内学会発表190件)、特許は8件であった。外部発表件数は十分な数である。特許の内訳は、光パルス発生に関する特許が6件、光STMシステムに関する特許が1件、その他の特許が1件である。光パルス発生、光STMともに実用的価値は高い。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 世界最短光パルス発生に成功したことは、超高速非線形光学、超高速光物性(原子分子・固体・半導体・化学反応・量子状態制御)科学、光ITへの応用などの研究開発に大きく貢献することが期待される。特に、素人でも超短光パルスの発生を可能にするような汎用的システムを構築することに成功したことは、超短光パルス発生装置としての産業的な価値を高くする成果である。この成果を国際会議で発表した際に、米国のレーザー応用関連会社からシステムを購入したい旨の要請があった。こうした反響も、本成果の産業的な価値の高さを裏付けている。
 フェムト秒STMシステムの開発は、原子スケールの量子現象の光応答をフェムト秒モノサイクルの極限時間領域まで追うことを可能にするシステムであり、他に例がない。これからのナノテクノロジーは、ナノスケールで物性(機能)を解析し、理解すると共に、新機能を有する新しいデバイスの開発を目指すが、本成果は、このようなナノテクノロジーを展開していく上で、必要不可欠な手法になることが予想され、その波及効果は大変大きいものと期待される。
 本研究課題では、超短光パルスの発生については、自己位相変調や誘起位相変調を用いて広帯域コヒーレント光を得るために、多彩なファイバーを用いて高出力から低出力にまで及ぶ超短パルス発生システムを構築することに成功している。そのため、用途に応じて、多様な超短光パルス自動発生システム乃至はモノサイクルフェムト秒STM装置を供給するなど、ベンチャーの芽も生まれている。
4−3.その他の特記事項
受賞1件
*応用物理学会講演奨励賞 2002年
 受賞者: 道祖尾恭之
 受賞研究: 金属上単一分子のトンネル電子誘起反応
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This page updated on September 12, 2003
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