研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
原子層制御量子ナノ構造のコヒーレント量子効果
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  小倉 睦郎  産業技術総合研究所光技術研究部門 主任研究官
主たる研究参加者  王 学論  産業技術総合研究所 主任研究官
 小柴 正則  北海道大学工学研究科 教授
 富澤 一隆  明治大学工学部 情報工学科 教授
3.研究内容及び成果
 本プロジェクトの目的は、低次元量子ナノ構造の基礎物性の解明とその有効性の立証にある。 
そのために、1原子層レベルのサイズゆらぎが許容できない均一な量子細線を作製する。その量子細線を用いて、量子細線FET、量子細線レーザあるいはフォトニックスイッチなどの具体的な量子デバイス構造におけるデバイス性能と低次元電子やエキシトンなどの物性とを関連づけることにより、細線中において電子の散乱が抑制されているかどうか、低次元量子ナノ構造が光デバイスにどのように有効かなど、デバイス物理において重要な課題を明らかにする。
 本プロジェクトを推進するために必要な構成要素として、1.MOCVDおよびMBEによる高品質量子細線の結晶成長、2.量子細線の光学的、電子的評価、3.量子細線FETや量子細線レーザなどの量子デバイス、および4.光や電子波の伝播シミュレーションや結晶成長シミュレーションを掲げ、それらを有機的に結ぶことにより、化合物系量子細線の形成、評価、デバイス応用など、広範な可能性を追求した。
 
主な研究成果の概要

1.MOCVDによるV溝GaAs量子細線の高純度化、均一性の向上および低次元エキシトンの解析

 流量変調法、基板再エッチング、有機砒素によるステップバンチングの抑制などにより、当初の0.1μmから2μm程度にまで単一量子レベルとして拡張したエキシトン状態を実現した。コヒーレント体積と発光ライフタイム、エキシトンの偏光状態によるエネルギー分裂とスピン状態の検証、エキシトンの相互反発、拡張された1次元エキシトンの発光半値幅の拡大と多体効果などを走査型顕微PL、顕微磁気PL、近接場顕微鏡を開発して検証した。これら1次元エキシトンの挙動は、本プロジェクトによる高純度量子細線と高度な評価技術が結びついて初めて明らかになってきたものである。更に、量子細線超格子における形状揺らぎや内部電界の効果、不規則量子細線超格子の光学特性についても研究を進めた。
 
2.MBEによるInP基板上のInGaAs量子細線の形成と低次元電子伝導の解析
 原子状水素やダイマー砒素(As2)ソースを用いて巾20nm、厚さ10nmの世界最小のInGaAs量子細線を形成した。大きなサブバンド間エネルギーに対応して、量子コンダクタンスが30K付近まで検出された。また、AB効果とユニバーサルコンダクタンス揺らぎによる磁気振動効果を検出し、量子細線中の電子のコヒーレンスが比較的高温(〜10K)まで保たれていることを見出した。この現象を温度計に利用して、散乱機構の解析を行うなど、化合物半導体量子細線の散乱機構の解明に貢献している。
 
3.量子細線FETの開発
 マクロレベルで量子準位が拡張したV溝GaAs量子細線や、高次InP基板上に作製したInGaAs量子細線FETにおいて、明瞭な量子コンダクタンスステップや、極めて低い加速電圧(〜0.2V)において量子細線からサイドの量子井戸への実空間遷移による負性抵抗が発生することを見いだした。また、光検出器としても、感度が高いことが判明した。高周波発振器および高周波光ディテクタとしての応用が期待できる。
 
4.ファブリーペロ型およびDFB型量子細線レーザの開発
 ファブリーペロー型レーザにおいては、単一サブバンドのみからの室温発振が可能であることを明らかにした。また、状態密度の急峻化により、発振閾値の温度依存性が小さいことを見出した。更に、基板上のグレーティングの形状を1μm 以上にわたって保存して、その上に量子細線を形成する形状保存成長を開発し、一回の結晶成長により利得結合型の量子細線DFBレーザを試作した。更に、両端が閉じた有限巾量子細線アレイを形成し、3次元的なキャリア閉じこめ構造を実現した。再成長が必要ないので、バンドギャップの大きなAlGaAsをクラッド層に用いることができ、温度特性、波長選択性の高い通信波長帯の半導体素子や変調器の設計が可能になる。
 
5.フェムト秒ポンププローブや相互相関技術による光導波路の解析
 量子細線や量子井戸をコア層に持つ光導波路におけるフェムト秒光パルスの線形・非線形応答を0.8μmをプローブ光とし、1.5μmの波長をゲート光として用いた2波長相互相関信号(周波数分解光ゲーティング、XFROG)を用いて計測した。光パルス伝搬波形を100fs程度の時間分解能にて可視化するとともに、光波の位相と振幅を復元し、光導波路の波長分散特性を得るなど、超高速光デバイスを設計するために不可欠な情報を得ることができた。また、ダブルパルス光により高次サブバンドレベルを励起し、基底レベル発光強度の振動をダブルパルスの位相に対して計測することにより、エキシトンの位相緩和時間を計測した。
 
6.量子モンテカルロ法による量子輸送問題の数値解析(富澤グループ)
 通常のモンテカルロシミュレーションは、電子をボルツマン輸送方程式に従う座標および波数空間上の粒子とみなしてきたが、現実的な量子効果デバイスを設計する場合、電子を波として扱う必要がある一方で、散乱の効果を取り入れる必要がある。そこで、電子の輸送をシュレディンガー方程式に従うように改めた、量子モンテカルロシミュレーションを開発し、1次元ダブルバリアダイオードにおける負性抵抗効果を再現した。
 
7.ナノ構造光導波路の数値解析(小柴グループ)
 分布帰還型(DFB)量子細線レーザの導波モードを、左右においては周期境界条件および上下においては無反射境界条件を課した有限要素法により解析し、ブラッグ波長においてただひとつの利得ピークを持つ利得結合型モードが形成されることを明らかにした。
 
8.形状基板上の化合物半導体選択成長の数値解析(鳥取大学石井晃助教授との協同)
 V溝および4面体状に加工されたGaAs形状基板上の選択成長をモンテカルロシミュレーションにより解析した。結晶面方位やステップ密度依存性は、表面拡散中の原子と結晶表面を構成する原子との結合エネルギにより表現され、[011]と[01-1]などストライプ方向によるモホロジの違いなどが再現された。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 当初から一貫してMOCVD及びMBEによる量子細線の作製技術の開発を進め、その結果、それぞれに、従来にない量子細線作成技術を発展させたことは高く評価出来る。特に、MOCVDにおいて、流量変調法、基板再エッチング、有機砒素によるステップバンチングの抑制などにより、当初の0.1μmから2μm程度にまで単一量子レベルとして拡張したエキシトン状態を実現し、1次元励起子の特徴を明らかにした成果は大きい。また、このMOCVD量子細線を用いたファブリーペロー型レーザーにおいては、単一サブバンドのみからの室温発振の成功、利得結合型の量子細線分布帰還型(DFB)レーザを試作、更には、両端が閉じた有限巾量子細線アレイを形成し、3次元的なキャリア閉じこめ構造を実現したことなどは、今後の量子細線レーザの実現の可能性を示すものとして、高く評価出来る。一方、MBEにおいても、原子状水素やダイマー砒素ソースを用いて巾20nm、厚さ10nmの世界最小のInGaAs量子細線を形成することによって、30K付近程度までの量子コンダクタンスを観測したこと、1次元細線FETによる極めて低い加速電圧(〜0.2V)において、実空間遷移による負性抵抗が発生することを見いだしたことなど、1次元電子の伝導機構の解明、及び電子デバイスへの発展などが期待できる。
 総じて、着実に研究を進め、当初の目標に沿って、世界トップの高品質量子細線作成技術の開発に成功し、1次元電子や1次元励起子の特色を明らかにし、多彩な実験ができるようになったことは、一度衰退した半導体量子細線の可能性を新たに切り拓くものとして、十分に満足できる成果である。 実験技術はトップレベルにあるので、今後は、基本的なところでの独創性を発揮して、新しい概念、新しいデバイスを発掘することを期待する。

 外部発表は72件(英文論文34、和文論文1、国際学会発表14件、国内学会発表23件)、特許出願は3件というのは物足りない。量子細線作成技術、量子細線デバイスなどに関し、外部発表、特許として、もっと成果を出すことができるはずである。今後に期待する。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 良質の量子細線作成技術は、今後の量子細線の物性理解およびデバイス展開の可能性を広げている。2μmという巨視的な距離まで量子準位が拡張し、コヒーレント体積と発光再結合寿命、エキシトンの異方性に伴うエネルギー分裂、高温におけるAB効果と散乱要因など低次元ナノ構造における発光や輸送現象の解析が可能となるなど、従来は不均一性のために真の物性が不明確であった1次元電子・光物性とその制御可能性が示された科学的な意義は大きい。また、量子細線レーザーの室温発振、量子細線FETでの負性抵抗などは、量子細線デバイスへの新展開が期待できる成果である。量子細線レーザーでは、通信波長帯の1.5μm 帯までに長波長化できれば産業上の波及効果としての技術的貢献は大となる。また、量子細線FETは超高感度光センサーとしての応用なども考えられる。具体的に使えるデバイスの開発はこれからであるが、量子細線作製技術に加えて、デバイスプロセス技術、評価技術について確かなものを構築しており、その科学技術への貢献は評価できる。
4−3.その他の特記事項
 良質の量子細線の供給基地としての立場から、日、仏、スイス、アメリカと協同的な研究をリードして、その成果に基づいて内外の第一線の研究者を集め、2回の国際ワークショップを開くことに成功し、関連分野の国内外における影響力を高めた。
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