研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
異方的超伝導体の量子効果と新電磁波機能発現
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  井口 家成  東京工業大学大学院理工学研究科 教授
主たる研究参加者  柏谷 聡  産業技術総合研究所 主任研究員
 斗内 政吉  大阪大学超伝導フォトニクス研究センター 教授
 田中 由喜夫  名古屋大学工学研究科 助教授
 西田 信彦  東京工業大学大学院理工学研究科 教授
3.研究内容及び成果
 酸化物高温超伝導体のクーパー対のペアリング対称性は、ほぼ異方的なd波であることがこれまでの数々の実験により判明している。d波超伝導体では、オーダパラメータは運動量空間で等方的でなく四葉のクローバーのような形をしており、しかも90°毎に符号が変わる。このような異方的オーダパラメータは、実空間で観測される超伝導体の量子効果、すなわちジョセフソントンネリング、準粒子トンネリング、また量子磁束構造に多大な影響を与えると考えられる。一方、この物質特有な異方的な層状結晶構造においては、c軸方向に自然に形成されるイントリンシックジョセフソン接合アレイにおいて、クーパー対の振動に基づくジョセフソンプラズマ発振と呼ばれる新しい電磁波発振が理論的に期待される。
 本研究の目標は、接合界面で起こる異方的d波超伝導体の量子効果の本質を明らかにすることと共に、高温超伝導体で期待される新たな電磁波発振機構を解明すること、その応用可能性を探ることにある。
 
主な研究成果の概要
 量子効果の研究では、運動量空間のオーダパラメータ異方性が実空間の接合ジオメトリーに反映されるため、接合角度をミクロなレベルで制御した高品質なジョセフソン接合、トンネル接合を作製することが必要である。そのため、基礎物理実験グループと素子開発グループが一体となって研究を行った(井口グループ)。高品質な接合を作製するためには、高品質な高温超伝導薄膜の成長が重要である。本研究では、YBa2Cu3O7-y(YBCO),Bi2Sr2CaCu2Oy(Bi2212),La2-xSrxCuO4(LSCO) 薄膜をそれぞれ成長させた。そしてArイオンミリング,フォトリソグラフィー技術を用いた微細加工の困難な問題をクリアすることにより、電極結晶方位−接合面の角度が異なる複数個のランプエッジ接合を1つの基板上に同時に作製することに成功した。
 YBCO/I/Agトンネル接合においては、コンダクタンス特性に現れるゼロ電圧の周りのピーク(ゼロバイアスコンダクタンスピーク:ZBCP)と接合角度の関連を調べることにより、YBCO超伝導体がdx2-y2波ペアリング対称性をもつことを新たに検証した。また、YBCO/PBCO/YBCOジョセフソン接合の場合、d波接合の異方性で期待される接合角に依存するジョセフソン電流の存在を実証した。この際、理論解析グループ(田仲グループ)は、d波オーダパラメータの内的位相を考慮したトンネル特性、温度依存性を含めたジョセフソン電流の計算を行い、その解明に寄与した。この理論では、オーダパラメータの符号変化に由来する干渉効果により、いわゆるゼロエネルギー状態(アンドレーフ束縛状態)が出現する。柏谷グループは、STM実験によりゼロエネルギー状態の実空間での観察を行い、この局在した束縛状態が表面上のステップ近傍に存在することを示した。また、メソスコピック効果と対称性の研究を行い、微小なYBCO/LSMO接合(LSMO: LaSrMnO)ではゼロバイアス付近にディップ−ピーク構造が現れることを見出した。これはトンネル接合が微細になってくると、入射準粒子と反射準粒子の位相相関が無視できなくなり、位相コヒーレント輸送(拡散領域)へ転移するものと判断される。一方、理論解析グループは、接合系とは異なるトポロジーであるドープされた不純物の周りでの電子状態の計算も行い、最近の新しいSTM実験の結果を見事に説明することができた。
 一方、素子開発グループ(井口グループ)は、Bi2212,YBCOの2種類の高温超伝導薄膜成長の条件を最適化することにより、新たにBi2212,YBCOを電極とするヘテロ接合の開発に世界で初めて成功した。そして、そのジョセフソン効果、トンネル効果を調べ、d波超伝導へテロ接合で予想される計算結果と比較し、異種d波高温超伝導体間のトンネリングに対して新しい知見を得た。西田グループは強い磁場下でのBi2212の量子磁束の測定を行い、d波超伝導体の量子磁束に対する知見を得た。
 次に、量子効果とその発現機構の問題に対して、走査SQUID 顕微鏡という新手法を取り入れて、高温超伝導薄膜の微小磁束の観察を行った(井口グループ)。転移温度Tc以下では、YBCO,Bi2212,LSCO薄膜、またジョセフソン粒界中の量子磁束を捉えることによりその性質を明らかにすることができた。また、トリクリスタル基板上に堆積したYBCO薄膜のトリクリスタル中心点に、自発的に誘起される半整数量子磁束を観察することに成功し、YBCOが転移温度Tcに至るまで純粋なdx2-y2波対称性をもつことを実証した。バイクリスタル基板上に成長させた粒界接合の実験では、ミクロなファセットに起因するd波特有なフラクショナル磁束の観察にも成功した。また、観測された磁束像をFFT,ビオサバール法則を用いることにより、電流像に変換する方法も開発した。Tc以上では、LSCO薄膜において新奇な反磁性ドメインを捉えることに初めて成功した。この反磁性ドメインは高温超伝導発現機構に直接関わる超伝導前駆状態であると考えられている。この成果はNature誌に発表され、大きな反響を呼んだ。これに関連してTc以下でのマイスナーレベルの研究も行い、これが温度、ドーピングに依存してシフトすることを見出し、高温超伝導体が本質的に不均一物質である証拠を得た。
  一方、新電磁波機能の研究については、高温超伝導体から放射されるミリ波,サブミリ波の電磁波の発生機構を解明すると共に、その応用の可能性を探ることを目的とし、様々な角度から研究を推進した。電磁波放射の手段として、準粒子注入(井口グループ)およびフェムト秒レーザ励起(斗内グループ)による2つの方法で行った。準粒子注入法は直流発振であり、Bi2212単結晶の層状構造に基づくイントリンシック接合構造(c軸方向)に準粒子注入(電流注入)を行うことにより生じる鋭い電磁波発振をスーパーヘテロダインミキサー法により初めて捉えることに成功し、これがジョセフソンプラズマ放射であることをほぼ検証した。また、この電流注入に特有な同様な発振現象は、広帯域ではあるがYBCO,Bi2212薄膜においても生じることを見出した。したがって、高温超伝導薄膜接合の放射源と高温超伝導ジョセフソン素子の検出器を1つの基板上(オンチップ)に作製することにより新たな光超伝導回路を構成することができた。ジョセフソン検出器を使うと、THz領域にわたる電磁波スペクトル情報を得ることができることを示した。一方、フェムト秒レーザ照射技術を用いた研究では、Y1-xPrxBa2Cu3O7-y (YPBCO),Tl2Ba2CaCu2Oy(Tl2212),Bi2212,Pr0.7CaMnO3 (PCMO),a-GaAs,a-Geなどの薄膜からのテラヘルツ電磁波放射を観測し、ほぼ半導体のみに限られていたテラヘルツ電磁放射研究を多くの電子材料に拡張することに成功した。またBi2122およびTl2212においては、これがジョセフソンプラズマ放射であることが判明した。さらにBi2212薄膜に対するテラヘルツ時間領域分光測定において、新たに異常金属領域の擬ギャップのふるまいが観測されることを見出した。応用面では、超伝導電流分布を可視化するテラヘルツ電磁波イメージングを開発することに成功した。また、強相関電子系材料にテラヘルツ分光を適用し、PCMO薄膜中の電荷密度波励起の観測を行うことができた。また、テラヘルツ電磁波の観測から、それら複雑系電子材料における超高速電荷ダイナミクスを時間分解能100fsで観測・議論するなど、新しい研究分野の芽を生み出すことができた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 酸化物超伝導体のオーダーパラメータの異方性から期待されるジョセフソントンネリング等の超伝導体の量子効果に現れる異方性を実験ならびに理論的研究から検証した。また、物質特有の層状結晶構造から理論的に期待されているジョセフソンプラズマ発振とよばれる新電磁波発振を実験的に検証した。
 本研究のデバイス探索の基礎となる高温超伝導体の異方的接合として、技術的困難が予想されたにもかかわらず、接合角が異なる高品質のランプエッジ接合の作成技術を確立して、YBCO接合のゼロバイアス異常ピークの角度依存性、ジョセフソン電流値の角度依存性と温度依存性を測定し、理論的研究と合わせて、この物質がd 波超伝導体であることを明確に検証したことは、意義ある成果である。ランプエッジ接合作成技術のインパクトは極めて大きい。
 BSCCO単結晶への電流注入によるジョセフソンプラズマ発振現象を初めて観測した。また、YBCO薄膜でフェムト秒パルスレーザー励起によるジョセフソンプラズマ発振によるテラヘルツ電磁波放射を観測した。さらに、ジョセフソンプラズマ発振の応用の可能性として、発振器となる高温超伝導トンネル接合と検出器となるバイクリスタルジョセフソン素子を単一基板〔チップ〕上に集積した光超伝導回路を製作した。これらは、いずれも興味深い成果である。
 フェムト秒光パルスレーザ励起によるテラヘルツ波の発振については、高温超伝導体だけでなくMn酸化物など多数の強相関材料においても観測しており、これは、今後のテラヘルツ波工学に重要な知見を与える成果である。
 超伝導薄膜デバイスプロセス技術と走査SQUID 顕微鏡計測法とによって、転移温度(Tc)までの冷却過程で発現する高温超伝導体の前駆状態を可視化したことも、先駆的であり、高温超伝導発現のメカニズムの解明、新材料・デバイスの開発に寄与する成果である。当初目標とした、高温超伝導体の異方的伝導を利用するニューロコンピュータ素子のようなインテリジェントデバイス開発の可能性は、その困難さが研究過程で明らかになり進展しなかった。しかし、高品質な微小NdBCO/PBCO/NdBCO積層メサ接合により、高温超伝導体で初めて明瞭な単電子トンネリング現象を観測するなど面白い芽は出てきている。また、当初、期待された超伝導レーザの可能性に関しては、コヒーレント発振、高出力発振には至らず、その理由の解明とともに、材料・プロセス技術の更なる改善が課題として残った。

 外部発表は557件(英文論文213件、 和文論文11件、国際学会発表183件、国内発表150件)、特許は7件であった。外部発表については、英文論文213件と十分な貢献である。特許7件は、研究期間の前半は比較的順調な出願であった。当初の目標が新奇デバイス機能の発現ということで期待されたためである。研究期間後半での出願が少なかったが、これは、研究の重心が高温超伝導現象の基礎的理解を深めることに移ったためと判断する。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 ランプエッジ型接合作成や、種々の高品質の接合技術を開発することによって、高温超電導体のクーパー対がd波であることの理解を前進させたこと、 また、走査SQUID 顕微鏡を用いて、STMでは得られない局所的な磁束分布を得る方法の高精度化は、各種の高品質の試料作成技術と相俟って、超伝導発現機構、擬ギャップの本質解明に糸口を与える科学的な貢献である。  
 準粒子注入による電磁波発振については、発振回路とジョセフソン素子による検出回路のオンチップ化は高速半導体デバイスと超伝導回路のカップリングなど、将来の電子デバイスへの貢献が期待できる。 また、フェムト秒パルスレーザの照射によるテラヘルツ電磁波放射に関する発見は、半導体のみに限られていたテラヘルツ電磁放射研究を多くの電子材料に拡張するもので、次世代の電子材料として期待されている強相関電子系材料にも波及効果が期待される。
 本研究で開発された高品質な接合作成技術は、イタリア、オランダ、イスラエルのグループ、また日本の他のグループがこの方法を取り入れ、ジョセフソン電流の新しい研究を行っていることからして、その科学技術的貢献は大である。
4−3.その他の特記事項
  受賞1件
*第14回日本IBM科学賞(物理分野)2000年
受賞者: 柏谷聡、田仲由喜夫
受賞研究:異方的超伝導体におけるトンネル現象の研究
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This page updated on September 12, 2003
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