研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
造血幹細胞の分化と自己複製の制御機構
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者   中内 啓光  東京大学医科学研究所 教授
主たる研究参加者  工藤 修  全農飼料畜産中央研究所 グループリーダー
3.研究内容及び成果
 本研究プロジェクトの目標は造血幹細胞の分化と自己複製の制御機構を理解することであるが、より現実的な目標としては造血幹細胞を分化させることなく増殖させる方法を開発し、他人の骨髄細胞(造血幹細胞)に依存しているこれまでの骨髄移植の問題点を克服することにある。実際、造血幹細胞が自己複製することを信じて世界中の科学者が研究を続けているが、未だに臨床レベルで使用可能な造血幹細胞の増殖法は存在しない。そこで本プロジェクトでは、造血幹細胞の分化と自己複製の機構の解析を行うにあたり、造血幹細胞が無限の増殖能を持つのだという固定観念を捨て、造血幹細胞の自己複製能には限界があるという仮説の下、in vitroならびにin vivoのクローナルな解析を行うことにより、個々の造血幹細胞の活性を定量的に解析することを試みた。
 実際に一個の純化した造血幹細胞から培養を開始し、複数個に増殖した細胞を致死量放射線照射マウスに移植するという実験法を確立し、一個の造血幹細胞が分裂して2個になっても造血幹細胞としての活性を失っていないことから、in vitroにおける造血幹細胞の自己複製を世界で始めて厳密に証明した。また、分裂したあとの娘細胞の造血活性をそれぞれ別々に調べると、どちらか片方だけが造血幹細胞としての活性を示したことから、in vitroの条件下では非対称性の自己複製が主であることが示唆され、造血幹細胞数のex vivo expansionが困難である理由と考えられた。さらにこのような非対称性の自己複製も無限に続くわけではなく、3回程度で造血幹細胞の活性が失われることも明らかとなった。
 造血幹細胞の自己複製が常に非対称性であるとすると、造血幹細胞数を維持することはできても、造血幹細胞数を増加させることは不可能となる。そこでより良い環境を提供するためにin vivoでのクローナルな解析を試みた。一個の純化した造血幹細胞を致死量放射線照射したマウスに移植し、4ヵ月後にそのマウスの骨髄中にあるドナー由来の造血幹細胞の数と造血能を定量的に測定したところ、造血幹細胞の数は300倍から1000倍程度に増加しているが、個々の造血幹細胞の造血能は数分の1から数十分の1に減少していることが明らかとなった。つまり一個の造血幹細胞の移植を行うことにより、in vivoの環境では造血幹細胞が対称性の自己複製をすることにより数が増殖するものの、造血幹細胞の自己複製が厳密には完全ではなく、分裂に伴って徐々に造血能が低下するという事実を初めて明確に示すことができた。また、この実験結果から骨髄微小環境下ではin vitroにはないシグナルが造血幹細胞に働き、対称性自己複製分裂を誘導することが示唆された。
 このように、純化した造血幹細胞を用いたクローナルな解析は造血幹細胞の能力を定量的に解析することを可能にし、ようやく自己複製の限界を規定する分子の機能を定量的に解析することができるようになった。沢山の候補分子のなかで、細胞の寿命を規定する分子の一つであるテロメアに注目し、テロメア長が造血幹細胞の造血能にどのような影響を与えるかをFlow−FISHという方法で定量的に解析した。造血幹細胞や造血前駆細胞は比較的強くテロメレースを発現しているにもかかわらず、移植後には著明なテロメアの短縮が観察された。テロメレースノックアウトマウスを用いた実験では、テロメアが正常の80%程度に短縮した時点で10個の造血幹細胞を移植しても移植は成立せず、テロメア長が造血幹細胞の造血能を規定する重要な分子であることが示された。現在、テロメレースを強制的に発現させることにより造血幹細胞活性の低下を防ぐことができるかどうかを検証しているところである。
  もう一つ、造血幹細胞の未分化性の維持に関与すると思われる分子としてbcrp-1/ABCG2分子を同定した。1996年、Richard Mulligan等は抗体を使わない新しい造血幹細胞の分離法としてSide Population法を開発した。これは造血幹細胞が細胞を生きたまま染色することのできる色素であるHoechst33342を強く排出するという性質を利用した方法である。代表者らが開発してきた4カラー解析による造血幹細胞の分離方法とHoechst色素を用いた2カラーのSP分画法を直接比較するため、6カラーの解析とソーティングが可能なFACSをセットアップして調べたところ、代表者らが同定したCD34-Kit+Sca+Lin-細胞とSP細胞の多くが重複しており、基本的には同じ細胞群を見ていることを確認した。
 つぎに高速FACSで分離した1万個のSP細胞から全長型cDNAライブラリーを作成し、ウズラの繊維芽細胞を使って発現クローニングを行うことにより、Hoechst色素を排出する責任分子としてABCトランスポーターの一種であるbcrp-1を同定することに成功した。造血幹細胞におけるbcrp-1の発現はマウスのみならずブタ、サル、ヒトなど、種を超えて造血幹細胞の性質として保存されており、造血幹細胞の未分化性維持機構解明のための重要な手がかりを得ることができた。
 さらに、純化された造血幹細胞を材料として種々の分子生物学的手法を用いて遺伝子発現の解析を行った。骨髄微小環境等との相互作用を考え、造血幹細胞の細胞表面に発現されている分子を効率よく同定するため考案したTransmembrane Trap法をはじめとしてSignal Sequence Trap法、Representational Difference Analysis法、さらにはhigh throughput sequencingなどにより造血幹細胞に特異的に発現されている遺伝子を多数同定した。また、これらの遺伝子の造血幹細胞における機能を同定するために、効率よく外来遺伝子を造血幹細胞に導入し、安定して発現させることが可能なレトロウイルス、レンチウイルスベクターも開発した。造血幹細胞の未分化性維持や数の制御に関与していると思われる遺伝子など、興味深い機能を持つ分子を見つけているが、造血幹細胞の機能アッセイは時間がかかるものが多いため、解析にはまだ時間がかかる。
 この研究の最終的な目標であるヒトの造血幹細胞のアッセイ系についても研究を行った。寿命の短いNODSCIDマウスを使用した系では不十分であるため、大型で寿命も長いブタを用いた系を考え、ブタの胎児への経子宮的造血幹細胞移植法を確立し、ヒト血液キメラブタの作成に成功した。現時点ではヒト血液細胞のブタ末梢血に占める割合は低いが、発生工学的に造血幹細胞に異常を持つブタを作出することによりヒトの造血幹細胞によって造血系が再構築されたブタを作成することを計画している。これらのブタはヒト造血幹細胞の増殖系として使用できるだけでなく、ドナーであるヒトに対して免疫寛容が成立していると考えられることから、将来的にヒト臓器のバイオリアクターとして使用することが期待される。
 造血幹細胞に関する研究は、他の臓器の幹細胞システムについても大きな影響を与えてきた。本研究プロジェクトにおいても、造血幹細胞の純化に用いたクローナルな幹細胞の解析方法を胎児肝臓細胞に応用することにより、世界で始めて肝臓の幹細胞を同定することに成功した。造血幹細胞をin vitroで培養することは未だに困難であるが、肝幹細胞は神経幹細胞同様、in vitroで培養することが可能である。ヒトにおいても同様な肝幹細胞を分離培養可能かどうかが注目されるところであるが、こういった細胞を成体肝臓から得ることができれば肝障害に対する画期的な治療法の開発が期待できる。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の成果は、64編の英文論文として発表され、その主要なものは、Nature Medicine 2報、Nature Immunology 1報、Immunity 1報、Journal of Experimental Medicine 4報、EMBO Journal 1報、Journal of Cell Biology 1報、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 1報、Blood 2報、Journal of Biological Chemistry 1報、Hepatology 1報、Journal of Immunology 1報、Human Gene Therapy 1報、European Journal of Immunolgoy 1報等で、質量共に高い成果を挙げたと言える。高度に純化された造血幹細胞を用いてin vitroならびにin vivoの両方で造血幹細胞の分化と自己複製の様式をクローナルに解析する方法を確立したことは高く評価できる。将来実用化が期待される再生医療の成否を担う基礎研究として更なる発展が期待できる。
 学会発表は国内114件、国際36件と適正に行われている。また、特許出願は国内、国際共に1件に留まった。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 造血幹細胞の能力を定量的に解析する方法を開発し、造血幹細胞の自己複製能に限界があることを実験的に証明するとともに、自己複製に関与する分子群を同定した。これらは、他人の骨髄細胞に依存している骨髄移植の問題を克服するために重要である。また、造血幹細胞の分離に用いた方法を応用して実質臓器である肝臓の幹細胞を分離同定することにも成功し、他の組織幹細胞の解析に重要な方法論を提供した。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は「幹細胞の可塑性と未分化性維持機構」で、文部科学省の科学研究補助金、2002年度発足「特定領域研究」に選定された。
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This page updated on September 12, 2003
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