研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
異物排除システムの分子基盤
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者   杉山 雄一  東京大学大学院薬学系研究科 教授
主たる研究参加者  辻 彰  金沢大学薬学部 教授
 山口 明人  大阪大学産業科学研究所 教授
 桑野 信彦  九州大学大学院医学研究院 教授
3.研究内容及び成果
 生体は、免疫系とは異なる防御機構として、医薬品を含めた広範な低分子異物に対する排除機構を獲得してきた。この排除機構に関与する蛋白質には、多様性、遺伝的多型の存在、大きな種差、広範な基質特異性という共通の特性が存在する。一方、基幹となる排除機構の遺伝的欠損は、病態発症に密接に関連している。従来、異物排除機構としては代謝反応に関する精力的な検討がなされてきたが、細胞膜上に発現されるトランスポーターも異物排除において重要な役割を果たす。本研究は、トランスポーターによる排除機構を解明すること、トランスポーターの体内動態における役割を解明し、その制御方法を見出すことを基本構想としている。そして、本基本構想を達成するために、以下の6項目が企画された。
  1)in vitro単離細胞・生細胞を用いた輸送機構の解析
  2)トランスポーターの同定、およびcDNA導入細胞における機能解析
  3)遺伝的にトランスポーターを欠損した動物、遺伝子ノックアウト動物における薬物体内動態解析
  4)生理学的薬物速度論モデルに基づくin vitro実験系からin vivo体内動態の予測
  5)異物排出システムによる薬剤耐性の獲得機構の解析、および異物排出システム破綻による疾病発症機構の解析
  6)異物排出トランスポーター蛋白分子の分子構造解析
  これらの項目は、支援を受けた5年間を通じ、一次性能動輸送グループ(東京大学・杉山研究室)、二次性能動輸送グループ(金沢大学・辻研究室)、異物排出蛋白分子構造解析グループ(大阪大学・産業科学研究所・山口研究室)、薬剤耐性機構解析グループ(九州大学・桑野研究室)により分担、実施された。
 
一次性能動輸送グループ
 薬物体内動態に特に影響を与える肝細胞、小腸上皮細胞、腎尿細管上皮細胞、血液脳関門を形成する脳毛細血管内皮細胞を中心とし、これらの細胞に発現されるトランスポーター群の同定、機能解析を行った。さらに、単にcDNA産物の機能を解析するのみに留まらず、薬物速度論解析の手法を用いて、目的とする薬物の動態に対して、着目しているトランスポーターがどの程度寄与しているのかを定量化した。一連の検討を通じ、トランスポーターの薬物体内動態における重要性を示し、またその制御により体内動態、ひいては薬理効果・副作用発現をも調節できることを示すことができた。そして、in vivoにおける輸送機能を反映し、また薬物体内動態を定量的に予測できるin vitro実験系を構築することができた。
 
二次性能動輸送グループ
 薬物の吸収・排泄・分布に関わる組織として重要な小腸、腎臓、肝臓あるいは血液脳関門を形成する各細胞には、薬物あるいはその代謝物を認識して、積極的な取り込みあるいは異物として排出輸送に働くトランスポーター群が存在する。本研究では、有機アニオン性、有機カチオン性およびオリゴペプチド性薬物の輸送に関与するイオン駆動型トランスポーター群をコードする遺伝子をクローニングし、その組織分布と細胞内局在性を明らかにし、「吸収」または「分泌」に関わるトランスポーター群の遺伝子発現細胞系を用いて薬物構造認識・輸送の分子機構を明確にすることによって、特定組織・細胞におけるトランスポーターを介した薬物体内動態制御機構の解明を目的とした。本研究では特に受動輸送あるいは二次性能動輸送を中心に研究を行った。
 
異物排出蛋白分子構造解析グループ

 本グループは、主に細菌の異物排出タンパクの構造と機能に関する解析を担当した。
(1)異物排出タンパクのX線結晶構造解析:大腸菌の主要異物排出タンパクAcrBの結晶構造解析を行い、異物排出タンパクでは世界で初めて3.5Åで立体構造を決定することに成功した。これにより、構造をもとに異物認識機構・膜輸送機構を論じることが可能になった。

(2)大腸菌異物排出タンパク遺伝子ライブラリの構築と解析:ゲノム解析の結果、大腸菌染色体には37種類もの異物排出タンパク遺伝子と推定される内在性遺伝子の存在が明らかになった。私たちはそれら全てをマルチコピーベクターにクローニングして強制発現させ、その性質を調べた。その結果、19種類が実際に何らかの薬物・毒物を排出することが明らかになった。さらに、細菌の環境応答システムである二成分情報伝達系によって異物排出タンパク遺伝子発現がコントロールされていることを見いだし解析した。

(3)異物排出タンパクの部位特異変異導入による解析:テトラサイクリン排出蛋白を素材として、構成アミノ酸全部を一つずつCys残基に置換した完全Cys走査変異体を構築し、部位特異的化学修飾により詳細なトポロジーを決定し、機能残基の解析を行った。

 
薬剤耐性機構解析グループ

 当グループでは、特に一次性能動輸送担体(ABCトランスポーター)に焦点をあて、以下の検討を行った。
(1) ABCトランスポーターの発現様式と生理機能解析
(2) MRP2遺伝子変異によるDubin-Johnson症候群発症機構の解析
(3) ABCトランスポーターの肝疾患における発現変化と胆汁酸による制御機構の解析
(4) ABCトランスポーターの遺伝子多型に基づいた薬効・副作用の予測と個別化治療への応用、ABCトランスポーターの癌における発現様式の解析と薬剤感受性への関与

4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の成果は、141編の英文論文として発表され、その主要なものは、Nature 1報、Nature Genetics 1報、American Journal of Human Genetics 1報、Molecular and Cellular Biology 1報、Human Molecular Genetics 1報、Blood 2報、Cancer Research 2報、Journal of Biological Chemistry 10報、Hepatology 2報、Oncogene 1報、Molecular Pharmacology 3報等で、質量共に成果を挙げた。研究代表者を中心に、薬物を含む異物の排除機構の中心的役割を果たすトランスポーターを主たる対象に、その遺伝子破壊動物を用いた生理的意義の証明、その遺伝子変異の結果としての疾病の発症機構、薬物代謝速度論モデルに基づくin vitro実験系からのin vivo体内動態の予測、更には薬物トランスポーターのX線構造解析に到るまで広く且つ深く掘り下げた研究を展開し、優れた成果を挙げた。
 学会発表は国内59件、国際5件と適切に行われている。特許は国内、国際共に2件出願された。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 一次性および二次性能動輸送担体による異物解毒の分子機構について、薬物体内動態および病態との関連、蛋白構造と機能との関連という観点から検討を加え、多くの新規トランスポーターの同定・機能解析、薬物体内動態・抗癌剤耐性における役割を明らかにした他、カルニチン欠乏症の疾患遺伝子の同定、Dubin-Johnson症候群発症の分子機構を明らかにした。また、大腸菌の異物排出蛋白ArcBのX線結晶構造解析に成功し、その構造を基に異物認識・輸送機構を論じることを可能にした。これらは、医薬品開発において重要な知見を提供しているだけでなく、薬物投与設計を行うテーラーメイド医療を実践する上で基本骨格をなすものと期待される。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は、文部科学省平成14年度21世紀COEプログラム「研究拠点形成費補助金」生命科学分野拠点代表者として選定された。共同研究者の金沢大学辻教授は、「生体膜輸送の分子機構に関する英物薬剤学的研究」で平成14年度日本薬学会賞を受賞した。
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This page updated on September 12, 2003
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