研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
免疫系のフレームワーク決定及び免疫制御の分子機構
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者   笹月 健彦 国立国際医療センター研究所 所長
3.研究内容及び成果
 免疫システムは多様な感染源との相互作用を通して進化してきた生体にとって必須の防御機構である。このため、T細胞受容体(TCR)は理論上1015を越す高度の多様性を獲得し得るが、実際にはTCRは胸腺において自己の主要組織適合抗原(MHC)およびそれと結合した自己ペプチドを同時に認識することによって、この多様性の中から
 (1)自己MHCによる拘束性の獲得(正の選択)
 (2)自己反応性TCRの除去(負の選択)
  という二大選択を受け、免疫システムのフレームワークが決定されている。一方胸腺におけるこの二大選択を経て生き延びたT細胞は、末梢において自己のMHCと結合した細菌やウイルス由来のペプチドを認識して、量的にも質的にも様々な免疫応答を惹起し、感染防御あるいは逆に自己免疫疾患発症など、生体にとっては正負の両面の機能を有する。

 本研究は、1.胸腺における正および負の選択機構、2.末梢におけるMHC多重遺伝子族による免疫応答の制御機構、をそれぞれ分子レベルで解明し、その理解に立脚して、3.先鋭的な免疫応答制御法を確立することで、感染症、自己免疫疾患、アレルギー、移植片対宿主病、癌など現代医学が抱える難治性疾患の真の治療法、予防法の確立に資すると共に、生物学的見地から、4.免疫系の構築とその恒常性維持の分子機構を解明することを目的に研究を行った。

 未熟胸腺細胞に“生”と“死”という相反する運命を課す分子機構は免疫学の最大の疑問であった。特に、正の選択における自己抗原ペプチドの関与に関しては多くの仮説が提唱されてきた。しかしながら、MHCには数千の自己抗原ペプチドが結合しているため、分子レベルでの解析は困難であった。この問題を克服するために、代表者らは、1種類の抗原ペプチドのみを結合したMHCを発現する遺伝子改変マウスを作製することで、1)同じMHC/自己抗原ペプチド複合体が胸腺での発現量に応じて正の選択のリガンドにも負の選択のリガンドにもなり得ること、及び2)正の選択においても特異的なTCR-ペプチド相互作用が関与し得るが、その際3)TCRと直接相互作用を持つアミノ酸残基の側鎖の大きさや荷電の有無が、選択されるT細胞レパートリーの多様性に影響することを明らかにすると共に、4)この複合体の胸腺での発現量が著しく低い場合負の選択が不完全なため、全身性の自己反応性が惹起され、その結果臓器特異的自己免疫疾患が起こることを示した。

 一方、免疫細胞は、種々の感染源に迅速に対処すべく生体内を常にパトロールしている。このように構成細胞が絶えず動き回るという特徴は、他の生命複雑系においては認められず、免疫系独自に進化したものである。胸腺、骨髄といった1次リンパ組織で分化したT及びBリンパ球は、脾臓、リンパ節、パイエル板といった2次リンパ組織の特定のコンパートメントへ移動することでリンパ濾胞を構築する。それ故、TCR-MHC/ペプチド複合体相互作用を免疫系フレームワーク決定の‘ソフトウェア’とすれば、リンパ球遊走は、免疫系構築のための‘ハードウェア’と位置づけることができる。これまでにリンパ球の移動がケモカインと総称されるタンパク質によって誘導されることは知られていたが、リンパ球の運動性を制御する分子機構は不明であった。代表者らは細胞骨格を制御することが知られているCDMファミリーに属し、且つリンパ球特異的に発現する分子としてDOCK2を同定し、ノックアウトマウスを作製することでこの分子がリンパ球遊走に不可欠であることを明らかにした。

 前述したように、多くの自己免疫疾患やそのモデル動物において、その疾患感受性がMHCに連鎖した遺伝形質として規定されている。しかしながら、自己免疫疾患は多因子疾患であり、MHC以外のさまざまな遺伝要因が疾患感受性を制御していると考えられる。自己免疫疾患感受性を規定する非MHC遺伝子を同定する目的で、甲状腺を標的とした自己免疫疾患であるGraves病と橋本病を対象に、罹患同胞対法による全ゲノムスキャンを行い、自己免疫性甲状腺疾患全体の疾患感受性遺伝子領域を5q31-q33(LOD値3.1)に、また橋本病の疾患感受性遺伝子領域を8q23-q24(LOD値3.7)に同定すること出来た。

4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の成果は、14編の英文論文として発表され、その主要なものは、Nature 1報、Journal of Experimental Medicine 2報、Journal of Clinical Investigation 2報、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 1報、Journal of Immunology 1報、European Journal of Immunology 2報、Human Molecular Genetics 1報等で、質の高い成果を挙げたと言える。たった一種類の抗原ペプチドを結合したMHCを発現する遺伝子改変マウスを作り、MHC/自己抗原ペプチド複合体が胸腺での発現量に応じて正負双方の選択をすること、その際抗原のアミノ酸側鎖の大きさや荷電がT細胞レパートリーの多様性に関係し、発現量が低いと不完全な負の選択により臓器特異性自己免疫疾患が発生することを明らかにした、新しい手法での解析は独創性が高く評価できる。また、リンパ球遊走に関わるDOCK2の発見や、甲状腺の自己免疫病の両極端である橋本病とバセドウ病の両方と一方にのみ関与する非MHC遺伝子を同定したことも素晴らしい成果である。
 学会発表は国内21件、国際4件と少ないが発表内容のレベルは非常に高い。特許出願は国内3件、国際2件である。特にDOCK2に関する特許は将来の発展が期待される。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 免疫系のフレームワークを決定する分子機構の解明から、自己免疫疾患感受性を規定する非MHC遺伝子領域の同定に至る極めて多岐にわたる研究テーマで多くの新しい知見を得ている他に、細胞骨格を制御するCDMファミリーに属し、リンパ球特異的に発現する分子としてDOCK2を同定し、これがリンパ球遊走に必須な分子であることを明らかする等の成果を挙げた。ここで得られた知見は、自己免疫、移植免疫、或いは癌免疫といった様々な分野で応用されることが期待できる。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は「MHCによる免疫応答、免疫システムの枠組み、および免疫疾患の制御機構に関する研究」で平成11年度日本医師会医学賞を、「MHCによる免疫応答の制御と免疫システムの構築および免疫関連疾患の制御に関する研究」で平成13年度武田医学賞を、平成14年度は紫綬褒章を受賞した。
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