研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
糖鎖シグナルを介する生体防御システムの解析
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  川嵜 敏祐  京都大学大学院薬学研究科 教授
主たる研究参加者  山下 克子  佐々木研究所 部長
 川畑 俊一郎  九州大学大学院理学研究科 助教授
3.研究内容及び成果
 近年、糖タンパク質、糖脂質などの形で存在する糖鎖に含まれる糖鎖シグナルが、生体内のさまざまな機構において重要な役割を持つことが明らかにされてきている。生体の防御機構は、先天性免疫と獲得性免疫に分けられる。獲得性免疫が、高等動物の特性であるのに対し、先天性免疫は下等動物より高等動物まで動物全体に見られるより基本的な生体防御機構である。最近、この先天性免疫においても糖シグナルが大変重要な役割を持つことが明らかに成りつつある。生体における糖鎖シグナルは、糖鎖認識機構である内在性糖結合タンパク質(動物レクチン)により認識される。動物レクチンは哺乳類から無脊椎動物まで血液成分として広く分布しているほか、細胞表面に存在し、糖特異的エンドサイトーシスの受容体として異物の排除を担っている。本研究は、このような高等動物から下等動物に至る普遍的基本原理としての糖鎖シグナルと糖鎖認識機構を介する生体防御機構の全貌の解明を、それぞれの領域で国際的に高い評価を得ている3つのグループの総合的かつ統合的な研究による解明をめざした。
 
「哺乳動物の生体防御グループ」

1)マンナン結合タンパク質(mannan-binding protein, MBP)は代表者らにより見出された血清レクチンである。その後、同じく筆者らによりMBPが補体活性化作用を持つことが見出された(1987年)。この補体活性化経路は、現在、第3の経路として、広く認められて、レクチン経路と呼ばれている。本研究では、このMBPによる補体活性化の分子機構を解明した。すなわち、MBPによる補体の活性化にはその高次オリゴマー形成が不可欠であることを明らかにした。高次オリゴマーでは、その中心部に球状結節様構造が形成され、ここに、補体系セリンプロテアーゼが結合することを明らかにした。この球状構造をSPBD(serine protease binding domain, SPBD) と名づけた。また、MBP分子上の糖結合活性部位の空間位置情報を得ることができ、自然免疫における異物認識の特徴といわれるパターン認識の実体に迫ることができた。

2)MBPは補体系を活性化することなく、がん増殖抑制作用を示すことを、動物実験によるがんの遺伝子療法により明らかにした。この新しい生体防御機能を細胞性細胞傷害作用(MDCC)と名づけた。さらに、この機構を解析し、がん細胞表面の糖鎖リガンドと結合したMBPが、単球形細胞を活性化し、ついで、活性化された単球形細胞より放出された液性因子ががん細胞に作用し、細胞傷害活性を示すことを明らかにした。また、リガンド糖鎖に結合したMBPは、ヒト多形核白血球を活性化し、走化性因子を放出することにより多形核白血球を凝集させ、活性酸素を放出することを見出した。さらに、がん増殖抑制作用を引き起こすがん細胞表面のMBPリガンドは、フコースを含む血液型関連糖鎖であるルイスaおよびルイスb糖鎖が主要なエピトープであること明らかにした。また、このリガンド糖鎖を単離し、これらのエピトープは、これまでに報告のない新規なN-グリコシド型の高分子糖鎖の側鎖として含まれることを明らかにした。

3)MBPには遺伝子多形が存在することが知られている。今回、この変異型MBPは高次オリゴマー形成能を欠損していることが明らかにした。また、この変異型MBP保有者ではMBPの血中濃度が低いことが知られているがその理由は不明であった。そこで、MBPの転写制御の機構を調べ、遺伝子の転写はHNF-3(hepatocyte nuclear factor 3 )応答配列を介して正の制御を受けること、グルココルチコイド応答配列を介してデキサメサゾンにより負の制御を受けることを明らかにした。また、変異型MBPは野生型MBPに比べ血液中での代謝回転が速いことを示し、血中濃度減少の一つの理由を明らかにした。

4)MBPは肝臓でのみ生合成されるものと考えられていたが、肝臓型 L-MBPが小腸、特に空腸の絨毛先端部の小腸上皮細胞において強く発現することを明らかにした。腸管免疫におけるMBPの役割を示唆している。

5)胸腺細胞表面に含まれる膜結合型のチロシンホスファターゼCD45分子、CD45RO、がMBPと強く反応することを明らかにした。

6)ブタ血清中に新規な殺菌性レクチンを見出し、その精製と遺伝子クローニングに成功し、本レクチンがマンノース 6-リン酸を認識するレクチンであることを明らかにした。

7)CD57/HNK-1糖鎖抗原は免疫系(NK細胞等)および神経系に特異的に発現する珍しい構造をもつ糖鎖抗原(硫酸化グルクロン酸)である。本抗原の生合成を担うグルクロン酸転移酵素(GlcAT-P、GlcAT-S)の遺伝子クローニングに成功し、続いてGlcAT-P欠損マウスを作成したところ、海馬シナプスにおける長期増強(LTP)の抑制、水迷路試験による空間学習能力の減少が観察され、本抗原が高次脳機能の維持に必要であることを明らかにした。

 
「糖鎖シグナルと疾病グループ」

1)免疫系において重要な役割を果たしているサイトカインが生理活性を発現する場合のモジュレーターとしての糖鎖シグナルに着目して研究を行った。その結果、IL-2及びIL-18は特定の糖鎖を認識することによって生理機能が促進されることを発見し、サイトカインの生理活性発現を調節する因子としての糖鎖の重要性を明らかにした。

2)大腸のがん化に伴なう糖鎖シグナルの変化は、がんの浸潤、転移の原因の一つである。大腸上皮の主要糖鎖である硫酸化糖鎖の生合成機構の律速となる硫酸転移酵素の中で、粘液産生大腸がんに異所性発現するGlcNAc 6-O-硫酸転移酵素-2を発見し、同定した。また、スルホムチンの主要糖鎖3'スルホルイスa及び3'スルホコア1鎖合成に関わるGal 3-O-硫酸転移酵素群を同定した。

3)VIP36は大量発現された糖タンパク質の細胞内輸送に関与する細胞内レクチンであると推定されている。そこで、VIP36の詳細な糖結合特異性、細胞内局在性、輸送機構における役割を解析した。

4)ガレクチンファミリーの1つであるガレクチン-4が3'-硫酸化コア1鎖を認識することを初めて明らかにした。また、この抗体を作製して組織染色すると、組織特異的、なおかつ分化した細胞と増殖性細胞とでは局在性が異なり、ガレクチン-4の機能の多様性が示された。

 
「無脊椎動物の生体防御グループ」

1)椎動物であるカブトガニより新規な生体防御分子を単離精製し、その一次構造、高次構造を解析することにより、先天性免疫における異物認識の基本機構を明らかにした。すなわち、カブトガニの顆粒細胞の大顆粒からこれまで知られていたタキレクチン(TL)-1、TL-2に加えて、糖鎖結合特異性のことなるTL-3を精製し、機能解析とクローニングを行った。一方、血漿よりアセチル基を認識する2種類の強い赤血球凝集活性と細菌凝集活性を示すTL-5A、TL-5Bを精製し、機能解析とクローニングを行った。TL-5は、フィブリノーゲン(βやγ鎖)の相同タンパク質であった。また、TL-2、TL-5AのX線結晶構造解析に成功した。TL-2の立体構造は、5回の繰り返し配列を反映して、5つのβ-プロペラ構造から構成される正五角形トーラスである。また。レクチン-リガンド複合体の構造解析から、それぞれのプロペラに1個のD-GlcNAcが結合していることが判明した。一方、フィブリノーゲン重合ポケットとTL-5Aのアセチル基を結合する部位は、立体構造的に見事に保存されていた。自己(フィブリン)と非自己(感染微生物)が共通の祖先タンパク質から進化したタンパク質で認識されることが判明した。また、顆粒細胞から3種類の抗菌ペプチド、タキスタチンA、B、Cを精製するとともに、機能解析とクローニングを行った。さらに、タキサイチンの溶液中での構造をNMRより決定した。

2)ブトガニヘモシアニンが、その体液凝固プロテアーゼの一つである凝固酵素と反応して、フェノールオキシダーゼ活性を発現することを見いだした。

3)種々のカブトガニ生体防御因子に対する抗体を用いたFACScanによる解析の結果、大顆粒成分であり、LPSと特異的に結合してセリンプロテアーゼ活性を発現する前駆体で、体液凝固カスケードの開始因子であるFactorCに類似した抗原が細胞表面に存在することが明らかとなった。

4)カブトガニ外皮を構成する主要タンパク質分子のうち、特にキチンと結合するタンパク質をキチンアフィニティークロマトグラフィーを用いて精製した。

4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の成果は、78編の英文原著論文として発表され、その主なものは、EMBO Journal 1報、Journal of Cell Biology 1報、Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 3報、Molecular and Cellular Biology 1報、Cancer Research 1報、Journal of Biological Chemistry 17報等の成果を挙げた。血清レクチンMBPによる補体活性化の分子機構の解明、MBPの新しい機能としてのMDCCの発見と作用メカニズムの解明、サイトカインの生理活性発現を調節する因子としての糖鎖の重要性や大腸の癌化に伴う糖鎖シグナルの変化などの糖鎖シグナルと疾病との関わりの解析、無脊椎動物カブトガニより新規レクチン類を単離精製し、その一次構造、高次構造を解析することにより先天性免疫における異物認識の基本機構を明らかにするなど多くの興味ある知見を得ていることは評価できる。
 学会発表は国内138件、国際46件と適正に行われている。また、特許も国内4件出願されている。また、日本薬学会第118年会での研究代表者の発表「血清レクチンと生体防御」が、平成10年4月7日の京都新聞夕刊に、共同研究者川畑らのカブトガニタキレクチンの立体構造に基づく異物認識のメカニズムに関して、平成14年1月と4月に共同通信を通じて信濃毎日新聞、日本海新聞、山梨日日新聞、熊本日日新聞、宮崎日日新聞、静岡新聞、中国新聞、大分合同新聞、京都新聞等に配信、掲載された。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 MBPが補体非依存的細胞傷害作用によりがん増殖抑制作用を持つこと、がん細胞表面のMBPリガンドがフコースを含む血液型関連糖鎖エピトープ含む新規なポリラクトサミン型糖鎖であること等を明らかにし、更に、各種サイトカインがレクチン活性を持ち、サイトカインによるシグナル伝達において、糖鎖リガンドとの結合が調節因子として重要な役割をもつことを明らかにした。これらの知見は、がんの遺伝子治療や先天的MBP欠損者に対する補充療法に利用されることが期待される。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は「生体分子認識における糖鎖の役割」にて、平成13年度日本薬学会賞を受賞した。
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This page updated on September 12, 2003
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