研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
自己免疫制御の分子基盤
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  岡田 泰伸   岡崎国立共同研究機構生理学研究所 教授
主たる研究参加者  西野 仁雄   名古屋市立大学医学部 教授(平成9年10月〜平成12年3月)
 野間 昭典   京都大学医学部 教授 (平成9年10月〜平成12年3月)
 河原 克雅   北里大学医学部 教授 (平成9年10月〜平成12年9月)
 曽我部 正博  名古屋大学医学部 教授 (平成9年10月〜平成12年3月)
 古家 喜四夫  京都工芸繊維大学繊維学部 助教授 (平成9年10月〜平成11年3月)
 若林 繁夫   国立循環器病センター研究所 室長 (平成9年10月〜平成11年3月)
 塩田 清二   昭和大学医学部 教授 (平成12年4月〜)
 稲垣 暢也   秋田大学医学部 教授 (平成12年4月〜)
 坪川 宏   岡崎国立共同研究機構生理学研究所 助教授 (平成12年4月〜)
3.研究内容及び成果
 すべての動物細胞の容積は固有の正常値に調節されており、たとえ異常浸透圧環境下において収縮・膨張が強いられたとしても、その後速やかに正常容積へと復帰する能力を持っている。浸透圧性膨張後の容積調節はRegulatory Volume Decrease(RVD)、浸透圧性収縮後の容積調節はRegulatory Volume Increase(RVI)と呼ばれる。このような容積調節機構は細胞機能・細胞増殖・細胞生存に不可欠である。本研究の前半期においては、これらの細胞容積調節の分子メカニズムの解明に取組んだ。これらの細胞容積調節は、細胞が死へと向かう過程や、虚血などの病的条件下において破綻することが知られている。本研究の後半期においては、細胞容積調節の破綻の分子メカニズムの解明に取組んだ。
 
岡田グループ(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所)
 まず第一に、RVDに関与するチャネル、トランスポータ、レセプター分子を同定し、その活性化メカニズムを明らかにするための研究を行った。その結果、上皮細胞やニューロンのRVDを実現するCl- 流出をもたらすCl- チャネルは容積感受性外向き整流性Cl- チャネル(VSOR)であり、その分子実体であると提唱されたP糖蛋白やClC3はいずれも正しくないことを明らかにした。上皮細胞のRVDを実現するK+流出をもたらすCa2+依存性チャネルはIK1であることを明らかにした。VSORは膨張細胞から細胞外に汲み出されたCa2+によるCaレセプター(CaR)刺激によって、IK1は膨張細胞から流出したATPによるP2レセプター刺激によって、いずれもオートクリン的に促進されることを明らかにした。またこのATP放出路として新たに容積依存性ATP伝導性マキシアニオンチャネル(VDACL)を同定した。また、RVDを最終的に達成する水流出は、アクアポリン水チャネル(AQP3)であることを証明した。
 第二に、アポトーシス性細胞死における容積調節破綻とそのメカニズムを解明するための研究を行った。その結果、アポトーシス過程のアポトーシス小体形成以前に発生する細胞縮小化Apoptotic Volume Decrease(AVD)の進行時には、RVDの異常亢進が伴われること、即ち、容積調節に関与するK+チャネル及びCl- チャネルが異常に(細胞膨張なしに)活性化していることを明らかにした。またこのAVDはカスパーゼ活性化の上流にあり、このAVDを阻止すればアポトーシス死が救済されることをはじめて明らかにした。
 第三に、ネクローシス性細胞死における容積調節破綻とそのメカニズムを解明するための研究を行った。その結果、ネクローシス過程の初期にみられる細胞腫脹化Necrotic Volume Increase(NVI)は、細胞外からのNa+をはじめとする浸透圧性分子の流入によることと、その後の膨張後の容積調節、即ちRVD、の抑制が伴われていることを明らかにした。このRVDの抑制はVSORの抑制が最大の原因であることを明らかにした。また、乳酸アシドーシス条件下におけるNVIは、アニオンチャネルの人工的・外来的導入によって完全に消去されることを明らかにした。
 第四に、虚血条件下において発生する細胞死に関する研究を行った。その結果、in vivo虚血を受けた脳で発生する海馬ニューロンのこれまでアポトーシスの一種と推定されてきた遅発性神経細胞死にも事実AVDが伴われることを明らかにした。更には主としてネクローシスによる虚血性心筋細胞死に対して、CFTR Cl- チャネルが防御的に関与することをはじめて示した。
 
曽我部グループ(名古屋大学大学・医学部): 前半期
 アフリカツメガエル腎臓由来のcell line , A6細胞やイヌ腎臓由来のcell line , MDCK細胞を用いて、細胞膨張からRVDに至る細胞内シグナリング機構を明らかにすることと、細胞膨張の感知に関与する機械受容体の分子実体を明らかにすることの2点を主要な目的とした。その結果、A6上皮細胞のCa2+を中心とするRVDの細胞内シグナリングカスケードを明らかにした。また、RVDに関するCa2+透過性の機械受容カチオンチャネル分子の探索を行い、酵母のその遺伝子mid1を同定した。
 
河原グループ(北里大学・医学部): 前半期
 体液浸透圧の恒常性維持のために特異な浸透圧環境におかれている腎臓は、独自の細胞容積調節能を発達させている。腎集合管に発現するNa+/H+ exchanger(NHE1), Na+-K+-2Cl- cotransporter (NKCC1)は、高浸透圧による細胞収縮時にNa+流入路として元の細胞容積に復することに寄与し、尿素トランスポータ(UT-A1, UT-A2)は、尿細管細胞内外の実質的浸透圧差を緩和する働きを持っていると考えられる。本研究では、ラット腎髄質内層集合管の初代培養細胞を用い、浸透圧に応答するNHE1, NKCC1やUT-A1, UT-A2のmRNA発現量の時間変化を調べた。一方、細胞容積維持に必要なエネルギーの確保のため、虚血時には細胞内ATP産生を促進し、消費を減ずる機構が存在すると考えられる。体内のほとんどすべての細胞において静止膜電位の形成に寄与する内向き整流性K+チャネルは、虚血に応答して発現量が変化することが推定される。また、正常および脳虚血ラットモデルを用い、脳神経細胞内における内向き整流性K+チャネルKir6.1蛋白の発現分布を免疫組織化学法で調べた。
 
野間グループ(京都大学・医学部): 前半期
 心筋細胞のRVDのメカニズムとについて研究し、細胞膨張時に活性が増大する遅延整流性K+チャネル(KVLQT)と、βレセプター刺激によって活性化するCFTR Cl- チャネルによってRVDが達成されることを明らかにした。
 
若林グループ(国立循環器病センター研究所): 前半期
 Na+/H+ antiporter (NHE)による細胞容積調節機構について研究を行った。NHEは、さまざまな細胞の主要なNa+流入経路であり、容積調節に中心的役割を果たす。NHEは高浸透圧刺激によって活性化され、その結果Na+流入が亢進し、それに伴ってH2Oが細胞内に流入することでRVIが起こる。しかし、その分子メカニズムについては明らかにされていなかった。私達は、NHE分子内に内蔵されると考えられる“容積センサー”を同定し、NHEによる容積変化の感知機構、それによってNHEが活性化される分子機構を明らかにする目的で研究を行った。
 
古家グループ(京都工芸繊維大学・繊維学部): 前半期
 機械刺激の一種でもある浸透圧変化は細胞の容積変化を起こすが、その過程においてATP放出とATP受容体の活性化が働いていることが示唆されている。本研究は機械刺激(低浸透圧刺激)によるATP放出の機序及び放出ATPによる細胞での受容体の活性化の機序を明らかにすることにより、細胞容積調節におけるATPの役割を明らかにすることを目的とした。
 
西野グループ(名古屋市立大学・医学部): 前半期
 コハク酸脱水素酵素を非可逆的に阻害する3-ニトロプロピオン酸(3-NPA)をラットに全身投与すると、両側の線条体が特異的に傷害された。急性毒性モデル(3-NPA 20 mg/kg, s.c., 2-3回)では、NO代謝の亢進とドパミン代謝の高進により外側線条体動脈が特異的に傷害されて、アストロサイトのネクローシス、血球の浸潤、血漿成分の漏出が起こり、典型的な炎症反応を呈した。慢性毒性モデル(3-NPA 10 mg/kg, s.c., 1-2ヶ月)では、グルタミン酸毒性によるニューロンのアポトーシスが起こった。この3-NPA傷害は、線条体出血、肝脳変性疾患、神経免疫障害、神経変性疾患(ハンチントン病)の病態を解析する良いモデルといえる。脳虚血では、虚血コア部位の細胞は細胞死に陥る。このコア部位の一次的な細胞死はなかなか防ぎようがないが、二次的におこる血液脳関門(BBB)の破綻及び脳浮腫を如何に制御出来るかが、臨床的予後に大きな意味を持つ。 本研究においてBBBの破綻及び脳浮腫はアストロサイトの活性化と水チャネル蛋白(AOP-4)の活性化に大きく依存すること、またメラトニンはアストロサイト細胞死及び脳浮腫の発生を抑制することを明らかにした。
 
塩田グループ(昭和大学・医学部): 後半期
 本研究は、虚血性神経細胞死を細胞容積調節異常の観点から分類し、神経細胞死の機序を新たな切り口で明らかにすること、また、細胞容積調節異常の制御により虚血性神経細胞死の進展を抑制しうるかどうかを目的とし実験・観察を行った。脳虚血性神経細胞死の誘導にはグルタミン酸、サイトカイン、アラキドン酸カスケード、接着分子,フリーラジカルやNOなどが関与することが示唆されている。しかし、その詳細な作用機序などはほとんどわかっていない。そこで、炎症性サイトカイン(IL-1, TNF-α)の遺伝子欠損マウスを用いて実験を行い、虚血性神経細胞死誘導機序を明らかにした。更に虚血時に細胞容積調節異常が生じているか否かを幼弱マウス前脳虚血により検討した。海馬生細胞スライスを作成し、多光子共焦点レーザー顕微鏡により直接細胞容積を測定したところ細胞容積縮小に伴い細胞死が認められた。これらの結果、脳虚血時には細胞容積調節異常が生じ、神経細胞死が誘導される全く新しい細胞死誘導機構を明らかにした。
 
稲垣グループ(秋田大学・医学部): 後半期
 ATP感受性K+(KATP)チャネルは細胞内ATPレベルを感知して開閉するK+チャネルであり、虚血時に開口し細胞膜を過分極させ細胞興奮を抑制することによりATP消費を抑制すると考えられている。一方、従来より脳の黒質網様部にKATPチャネルが豊富に発現していること、またこの部位が全身痙攣の発症に重要な役割を果たしていることが知られている。そこで、KATPチャネルのノックアウト(KO)マウスを用いて、特に黒質網様部に焦点を当てて虚血時におけるKATPチャネルの役割について検討した。その結果、黒質網様部ニューロンには膵β細胞型KATPチャネルが発現し、代謝阻害時においてこのチャネルが開口することによって細胞膜は過分極し細胞活動を抑制することが明らかになった。その結果、虚血時には黒質網様部ニューロンの活動が抑制されることにより、全身痙攣の発症が抑制される可能性が示唆された。さらに、Cl-チャネルについても、ClC-2が細胞周期M期の分裂細胞に特異的に発現し、M期特異的サイクリン依存性キナーゼによりチャネル活性が修飾されること、ClC-3BがEBP50のPDZドメインを介してCFTRと空間的にカップリングし、CFTRの発現を促進することを明らかにした。
 
坪川グループ(岡崎国立共同研究機構・生理学研究所): 後半期
 てんかん発作など過剰な神経活動に伴って、脳組織の腫脹が起こることが知られている。この容積変化と神経活動との関連を調べてゆくため、海馬スライス標本における細胞容積変化を光学的にイメージするシステムを構築し、CA1野の細胞容積が増加するメカニズムを解析した。その結果、過剰なシナプス入力によるニューロンの膨張には、グルタミン酸受容体の活性化だけでなく、GABAA受容体の活性化が寄与することが明らかとなった。この膨張は電気刺激終了後2分程度で回復しており、細胞には容積の増加を速やかに元に戻すメカニズムが存在すると思われる。容積減少は主にK+とCl- の流出によると考えられるので、これらを通すイオンチャネルやトランスポータの薬理学的阻害の効果を検討した。その結果、4-APおよびTEA感受性の電位依存性K+チャネルを介するイオン流出が容積増加の回復に寄与していることが明らかとなった。さらに、2光子レーザー顕微鏡を用いて単一ニューロンの形態変化を解析したところ、シナプス入力による容積増加は樹状突起の基部で有意に認められた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 上述の研究成果は、123件の英文原著論文として発表され、その主要なものはScience 2報、Molecular Cell 1報、FASEB Journal 1報、Trends in Pharmacological Sciences 1報、 Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 1報、Journal of Neuroscience 2報、Journal of Biological Science 2報、Journal of General Physiology 2報、Journal of Molecular Biology 1報、Biophysical Journal 1報、Journal of Physiology 9報、Biochemical Journal 1報等、質量共に成果を挙げた。RVD関係のチャネルを幾つか新たに見つけたこと、アポトーシスの最初の動きは情報のミスリードによるRVDであり、これを阻止すればアポトーシスそのものが止まってしまうという事実の発見は、評価できる。
 学会発表は、国内140件、国際56件と適正に行っており、優秀論文賞を受けている。特許は国内2件、外国1件出願されており、それを基にして平成14年度事業団の権利化試験に採択されている。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 アポトーシスやネクローシス細胞死に容積調節性アニオンチャネルの変調などの細胞容積調節異常が本質的に関与することを初めて明らかにし、細胞容積調節装置を虚血性細胞死防御のターゲットとする可能性を示唆した。
4−3.その他の特記事項
 RVD破綻とアポトシースに関するPrc. Natl. Acad. Sci. USAに掲載された論文が、同誌のコメンタリー記事として取り上げられたことは、この発見の重要性を示している。
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