研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
酸性オルガネラの形成と機能の解明
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  二井 將光  大阪大学産業科学研究所 所長・教授
主たる研究参加者  和田 洋  大阪大学産業科学研究所 助教授
 金澤 浩  大阪大学大学院理学研究科 教授(平成10年4月以降)
 孫 戈虹  大阪大学産業科学研究所 助手(平成10年4月以降)
 森山 芳則  岡山大学大学院自然科学研究科 教授
 山本 章嗣  関西医科大学 講師
 岩本(木原)昌子  東京大学大学院総合文化研究科 研究員(平成12年4月以降)
3.研究内容及び成果
 動物細胞には内部が酸性のオルガネラ(分泌小胞、被覆小胞、リソソ−ム、エンドソーム、ゴルジ装置、シナプス小胞など)が存在している。また尿細管の表層細胞や骨組織の破骨細胞は外部にH+を輸送し、酸性コンパートメント(たとえば骨吸収窩)を形成している。これらオルガネラとコンパートメントに密接な関連にあることから、研究代表者らは両者を合わせて酸性異環境と称することを提唱した。
 本研究では酸性異環境が生体膜に囲まれた細胞学的な構造、および生理学的なイオン環境として形成される機構を明らかにすること、それぞれの酸性異環境の細胞生物学的な関連を明らかにすることを基本構想とした。
 
1) プロトンポンプV型ATPaseと作動機構
 酸性異環境はV型ATPase(液胞型ATPase)によるプロトンの輸送とイオンポンプ/チャネルによるイオンの輸送によって形成される。V型ATPaseはV1(膜表在部分)とVo(膜内在部分)からなり、V1はA,B,C,D,E,F,G,H の8種のサブユニット、Voはa,c”,c’,c,d の5種のサブユニットからなっている。同様に多数のサブユニットからなるプロトンポンプにF型ATPaseがある。すなわちF1(α ,β ,γ ,δ ,ε )とFo(a,b,c)のようにF型ATPaseも膜表在性と内在性部分の合計8種のサブユニットからなっている。2つのプロトンポンプの異種サブユニット総数は13と8のように大きく異なり、アミノ酸配列から対応するサブユニットと考えられるものは5種類程度である。活性中心はそれぞれβ とAサブユニットに存在しており、触媒残基は同じと考えられる。そこで2種のATPaseの類似に注目し、液胞にプロトンの電気化学的ポテンシャル差を形成させ、ADPとPi(リン酸)を加えるとV型ATPaseによってATPが合成された。この結果は動物細胞のV型ATPaseはATPを合成するオルガネラには局在していないが、条件によってはATPを合成しうることを示している。
 本研究ではF型ATPaseのF1部分を固定し、ATPを加えるとγ サブユニットが回転することを示した。さらに変異を導入して、回転機構を検討した。F型ATPaseをβ サブユニットを介してガラス表面に固定、ATPを添加すると、反応に伴ってγ ε c10-14部分が回転することを示した。逆にc10-14の部分を固定しておくと、α 3β 3部分あるいはaサブユニットが回転した。すなわち、F型ATPaseは回転子と固定子が交換可能なナノスケールの分子モーターであることを実証した。次に本来の膜に局在しているF型ATPaseのサブユニットが回転することを示した。
 それではV型ATPaseのサブユニットもATP分解に伴って回転しているのだろうか。この疑問に答えるために、酵母V型ATPaseのcサブユニットを固定すると、ATPの加水分解に伴ってV1部分が回転した。以上の結果は、F型ATPaseおよびV型ATPaseが回転を伴う作動機構によってプロトンを輸送していることを示唆している。
 
2) 多彩な酸性異環境
 幅広い生理学的な役割を考えると、V型ATPaseは動物個体にとって必須であると推定できる。実際にV型ATPaseの発現を阻止すると、線虫は予想したとおりに胚性致死になった。同様に、遺伝子が一つであることを確認し、cサブユニットを欠失させたところ、マウス胚は着床過程で致死となった。対応して各細胞から酸性オルガネラは消失し、ゴルジ装置をはじめとして内膜系のオルガネラの構造が大きく変化した。以上の結果はV型ATPaseが酸性異環境を形成しており、動物の胚発生に必須であることを示している。
 既に述べたように酸性オルガネラとしてリソソーム、エンドソーム、ゴルジ装置、シナプス小胞などが知られている。V型ATPaseの形成するプロトンの電気化学的ポテンシャル差によって、シナプス小胞のトランスポーターが駆動され、神経伝達物質が取り込まれることを明らかにした。また、内部酸性オルガネラには脂溶性アミンが取り込まれ、プロトン化するために蓄積することを示した。さらにサブユニットに対する抗体とV型ATPaseの特異的な阻害剤であるコンカナマイシン/バフィロマイシンなどを駆使し、新しい酸性オルガネラを同定した。その一つである松果体細胞の小胞(micro vesicle)はV型ATPaseの形成するプロトンの電気化学的ポテンシャル差を駆動力としグルタミン酸を蓄積した。松果体細胞はこのグルタミン酸を開口放出し、メラトニン生合成を調節している。同様の手法によって他の細胞、組織における新しい酸性異環境を同定し、生理的な役割を明らかにすることができた。
 
3) V型ATPaseと多彩な酸性異環境
 さらに「幅広い組織・細胞やオルガネラに多彩な酸性異環境を形成しているV型ATPaseが全て同じものとは考え難い」という発想から、cDNAライブラリーを検索し、V型ATPaseのサブユニットの多彩なイソフォ−ムを発見した。線虫では、膜内在のサブユニットa(4種)およびc(2種)のイソフォームが細胞特異的に発現しており、いずれかを欠失させると、線虫は異なる発生時期に致死となった。
 マウスではa サブユニットにa1、a2、a3、a4のイソフォームを、さらに膜と活性中心をつなぐストーク部分を構成するC、E、G、d にもイソフォームを見出した。各イソフォームは興味深い組織(細胞)分布を示した。たとえば、G サブユニットでは、普遍的なV型ATPaseはG1を、シナプス小胞のものはG2を、尿細管表層細胞のものはG3を持っていた。さらにE1とE2、C1とC2a、C2b、d1とd2の各イソフォームは、細胞あるいはオルガネラに特異的なものと、普遍的に発現しているものがあった。
 これらの結果から、「V型ATPaseは膜内在部分あるいはストーク部分のイソフォームを取り換え、細胞あるいはオルガネラにおける局在を変え、特異的な酸性異環境を形成している」と結論した。さらに、本研究ではa3イソフォームを時期/部位に特異的に欠失するマウスを作出した。また、cサブユニットを特定の細胞に於いて欠出させ、酸性オルガネラの機能を任意に欠損させる系を作った。これらのアプローチによって、オルガネラの生理学的な役割を細胞特異的に解析できるマウスの系の完成が間近い。
 
4)酸性異環境の形成
 さらに特異的なイソフォームをもつV型ATPaseには、分化に伴い細胞内の局在を変えるものがあった。破骨細胞の細胞形質膜にはa3をサブユニットするV型ATPaseが局在した。破骨細胞様に分化するRaw264.7細胞を調べたところ、a3を持つV型ATPaseはリソソーム/エンドソームに局在した。またa1、a2、a4イソフォームを持つV型ATPaseもRaw264.7細胞の形質膜には存在しなかった。これは破骨細胞の前駆細胞の形質膜にはV型ATPaseが存在しないことを示している。破骨細胞に分化する過程でリソソーム/エンドソームが形質膜とその近傍に運ばれ、最終的にa3を持つV型ATPaseが形質膜に局在するのが見出された。同時にリソソームの膜タンパクであるlamp2(Lysosome-associated membrane protein 2)も同じ局在を示した。以上の結果は「リソソ−ム膜が破骨細胞の形質膜の少なくとも一部を形成する」ことを示す細胞生物学的に重要な発見である。
 このようなオルガネラ間の連関・形成に関与するマウスの因子を明らかにするべく、酵母を用いて解析を進めた。酵母には著明な酸性オルガネラとして液胞が存在している。液胞形成変株(Vam)を相補するマウスのcDNAを検索し、リソソームとエンドソームの形成に関与するSyntaxin7、mVam2、mVam6、SMX1(Sorting nexin)等のタンパクを同定した。さらにSyntaxin7、mVam2、mVam6のノックアウト・マウスを得て、解析を進めている。
 本研究は大阪大学・産業科学研究所の二井教授および、和田助教授の研究室を中心に行われ、4つの研究室が協力した。金澤 浩 教授(阪大・理)の研究室は本研究の展開に際してイオン輸送に関連する研究に協力し、またV型ATPaseのノックアウトマウスの作成と解析を産業科学研究所の二井および和田らとの共同で行った。山本 章嗣 講師(関西医大)は細胞内膜系のオルガネラ形成に関する研究を展開し、同時に電子顕微鏡による形態観察に協力した。岩本(木原)昌子 助手(東大・総合文化)はF型およびV型ATPaseの作動機構の研究に主に変異酵素の構築と解析の面から協力した。森山 芳則 博士は昇任後、教授(岡大・薬)に於いても酸性オルガネラの多様性に関し、解析を進め、本研究をサポートした。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
論文の統計は以下の通りである。
欧文誌論文 119報
2001年 Impact Factor Ranking の Original Article 38位、Review Article 30位までの雑誌に掲載された論文
Science 1報
J. Cell Biol. 3報
EMBO J. 1報
Proc. Natl. Acad. Sci. USA  2報
 非常にproductiveであるが、いわゆるトップ・ジャ−ナルは比較的少ない。この分野が若干地味であるからであろう。その中で、F型ATPaseがナノスケ−ルの分子モ−タ−である事を実証したScienceの論文は光っている。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 V型およびF型ATPase構造と作用の分子機作を徹底的に掘下げ、前項で述べた高度の業績を残した事、それによってATPaseのみならず酸性異環境の形成に関する世界的学者となった事によって本戦略目標は十分に達成された。又、それぞれの手法の開発によって科学技術への貢献も大きい。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者等は平成10年度日本生化学会JB論文賞、平成15年度日本薬学会賞を受賞した。
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This page updated on September 12, 2003
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