研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
遺伝情報制御分子としてステロイドレセプター
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  加藤 茂明  東京大学分子細胞生物学研究所 教授
主たる研究参加者  萩原 正敏  東京医科歯科大学難治疾患研究所 教授(平成12年3月まで)
 垣塚 彰  大阪バイオサイエンス研究所 部長(平成13年3月まで)
 折茂 彰  埼玉医科大学医学部 助手(平成12年3月まで)
 井上 聡  東京大学医学部附属病院老年病科 講師(平成12年3月以降)
3.研究内容及び成果
 核内レセプタ−を有する脂溶性ステロイドホルモンは、各組織において特徴ある生理活性を示す。このような組織特異的な生理作用は核内レセプターの生体内局在のみでは説明できず、むしろレセプターの細胞種特異的機能によるものであり、この組織特異性は、核内レセプターと相互作用する核内共役因子群が担うものと、近年考えられるようになってきている。そこで、本課題では核内レセプターや転写共役因子群の転写機能を解析するとともに(加藤、萩原、垣塚グループ)核抽出液からの生化学的精製により新規転写共役因子の同定をその複合体から行い、その性状解析を行った(加藤グループ)。さらに、これらの共役転写因子及び核内レセプター遺伝子群の改変、及び組織特異的欠損動物の作出を行った(加藤、垣塚グループ)。一方、折茂、井上グループは核内レセプターシグナル系全貌解明を目的に、レセプター標的遺伝子の同定及び性状を解析した。
 
加藤グループ
研究題目:核内レセプター及びその共役因子の性状の解析
I )核内レセプター転写調節領域の同定と転写共役因子群の機能解析
1)女性ホルモンレセプター(ERα)の転写促進最小領域と共役因子との相互作用機能の解明
 ERαを始めとしたステロイドホルモンレセプターは、レセプタータンパクN末端及びC末端の2ヶ所に転写促進領域(AF-1、AF-2)が存在することが知られている。研究者らは、既に成長因子によって活性化されるMAPキナーゼが、ERαAF-1をリン酸化することで、その機能を亢進することを見出し、膜レセプターからの細胞間情報伝達と核内レセプターを介する情報伝達がクロストークすることを見出していた。そこでMAPキナーゼによるリン酸化と転写亢進の分子基盤を更に詳細に解析し、ERαAF-1の必須最小配列を同定し、この配列にはAF-2に作用する既知転写共役因子p300/CBPが作用することも見出した。しかしながら、いずれもAF-1の特徴的な機能の説明に至らず、新規の転写共役因子の同定を試みた。その結果、MAPキナーゼによるリン酸化依存的に相互作用し、AF-1機能を亢進する特異的転写共役因子p68、p72の同定に成功した。
 
2)新規核内レセプター転写共役因子複合体の同定
 これら因子が如何なる機能複合体に含まれるかが不明であった。一方、近年転写制御は、巨大複合体形成が必須であることが相次いで報告されている。そのため、ERαAF-2を材料に、相互作用する核内共役因子複合体を精製同定した。さらに、既知転写共役因子複合体とともにTRRAP/GCN5を含む新規核内複合体を精製同定した。また、VDRと直接相互作用する新たな染色体構造調節因子複合体の精製同定にも成功した。これら複合体は転写制御のみならず、細胞増殖制御にも深く関与する可能性が考えられた。
 
3)核内レセプターシグナルとのクロストークの分子機構
 1)の成果から、核内レセプターシグナルは、他の細胞内情報伝達とのクロストークによる制御の可能性が示された。そこで他のシグナルとのクロストークを検討した結果、ビタミンDレセプター(VDR)は、TGF-βシグナル伝達とSmad3を介し正に、PPARγはNF-κBシグナルと負に、ERαはダイオキシンレセプターシグナルと正負に制御されることを見出した。
 
II )核内レセプター及び共役因子の生体内機能
1)核内レセプターの生体内機能
 VDRのノックアウトマウスの作出により、カルシウム代謝制御に加え、骨形成や毛根細胞分化にVDRが必須であることを突き止めた。現在カルシウム代謝と細胞分化能とのVDR機能の差異を観察する目的で、Cre-loxPシステムを用いた時期組織特異的VDR KOマウス作出を試みており、floxed VDRマウスの作出に成功している。また、このCre-loxPシステムを応用することで、AR KOマウスラインを初めて確立した。雄AR KOマウス(AR-/Y)の表現型は、雄性外性生殖器を欠くのみならず、多くの変異が観察されたが、中でも雄特有の攻撃・性行動が欠落していることを見出した。そこで、現在各標的組織特異的遺伝子破壊動物の作成を行っている。
 
2)ショウジョウバエを用いたレセプターの分子遺伝学的解析
 レセプターの生体内機能の解析および共役因子の分子遺伝学的な検索を目的に、ヒトARを恒常的に発現するハエラインを確立した。このラインを解析することで、ARのpolyQリピート異常延長変異による神経疾患であるKennedy病の発症は、ホルモン依存であることを証明した。
 
萩原グループ
研究題目:核内レセプター共役因子CBPの生理機能の解明
 転写共役因子CBPは核内レセプターやCREBなど多くの転写調節因子と会合し、そのHAT(histone acetyltransferase)活性により、クロマチン構造を変化させ転写活性化に導くと考えられている。このCBP/CREB複合体形成過程をin vitroおよびin vivoで可視化し、CBP/CREBの活性化がどのように進行するかを明らかにしようと試みた。CREBのリン酸化による構造変化は、
1)リン酸化CREB特異抗体による免疫染色
2)ローアングルロータリーシャドー法によるCREB/DNA及びCREB/CBP複合体の電顕観察
3)GFP融合蛋白ARTによるFRETを利用した細胞内CREBリン酸化反応のライアルタイムモニター
4)CRE-GFP線虫によるの4種類のアプローチ
  を試みた。それぞれの方法は一長一短であるが、これらの方法を組み合わせることにより、CBP/CREB活性化過程を可視化し、その動的メカニズムの一端を解明することができた。
 
垣塚グループ
研究題目:核内レセプタ−の生体内高次機能の解析
 核内受容体は、ステロイドなどの脂溶性リガンドが結合後、coactivatorと呼ばれる転写の補助因子が結合し、巨大な転写複合体形成を経て、転写を活性化させると考えられてきた。その中で、ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体ガンマ(PPARγ)と結合するcoactivatorとしてクローニングされたPGC(PPAR gamma coactivator)-1は、寒冷や空腹で発現誘導される点で他のcoactivatorと異なる特徴をもつ。さらに、単独発現で、複数の受容体を活性化する能力があることが判明した。この性質は、coactivatorというより、「蛋白性リガンド」と考える方が理にかなっている。さらに、PGC-1類似タンパク質(ERRL1と命名)が存在することを見出し、また、この分子は運動によって発現誘導をうけ、蛋白性リガンドとしてERRを活性化する性質をもっていることを見出した。そこで、生体で蛋白性のリガンドを過剰発現させるトランスジェニックマウスを作成し、この仮説を検証した。予想どおり、ERRL1マウスは、運動選手の様な表現型、すなわち、過食にも関わらず痩せを示し、また、高脂肪食による肥満や遺伝性肥満に抵抗性を示した。
 
折茂グループ
研究題目:エストロゲン応答遺伝子群のクローニング及び機能解析
 エストロゲンの主な作用は、エストロゲンレセプター(ER)を介する標的遺伝子の直接の活性化と考えられるが、実際に転写レベルで応答する遺伝子は比較的少数しか知られていない。本研究において、新しい標的遺伝子を探索する目的で、ヒトゲノム上に存在するERが結合するDNA断片を単離した。その近傍に、複数の新規エストロゲン応答遺伝子を同定し、この方法をゲノム結合部位(GBS)クローニング法と名付けた。子宮や乳腺、卵巣などに強く発現し、細胞増殖との関連が示唆される。Efp、乳癌や卵巣癌細胞などで発現しているEBA G9、脳においてエストロゲンの標的となっているNMDAレセプター2D、細胞呼吸への関与が想定されるCOX7RPが得られ、その解析を行った。特にEfpのノックアウトマウスは子宮におけるエストロゲン依存性増殖が損なわれていた。このように、エストロゲン下流応答遺伝子を複数同定し、その機能解析からエストロゲン作用の多様性を明らかにした。
 
井上グループ
研究題目:エストロゲンレセプターとその応答遺伝子の機能解析
 本研究においてエストロゲンの生体内における作用機構の解明を目指し、エストロゲンレセプターとその応答遺伝子を同定、機能解析を行なった。まず、2つのエストロゲンレセプターαとβの両者を抑制することによって得られたエストロゲン低応答性トランスジェニックラットの解析は、これらレセプターの骨代謝における重要性を明らかにした。さらにエストロゲン応答遺伝子EFPのノックアウトマウスは子宮においてエストロゲン低応答性を示した。さらに、ヒト乳癌細胞の解析とあわせEFPの機能は細胞周期進行のブレ−キ役である14-3-3σに対するユビキチンリガーゼであることを解明し、エストロゲン依存性増殖機構の新たな分子機能を明らかにするとともに、乳癌治療の新規分子標的を示し、創薬への応用が期待された。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
外部への論文発表状況を以下に示す(口頭発表は多いので省略)。
欧文誌論文 130報
2001年 Impact Factor Ranking の Original Article 38位、Review Article 30位までの雑誌に掲載された論文
Nature Genetics 1報
New Eng. J. Med. 2報
Nature 2報
Science 1報
Genes Dev. 2報
Moll. Cell 1報
Nature Cell Biol. 1報
J. Cell Biol. 1報
EMBO J. 1報
Nature Biotech. 1報
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 3報
Circulation 1報
Moll. Cell. Biol. 4報
 上記の如く、高級国際誌のみで20報を越え、全体でもこの年度のグループの最高を記録した。これは稀に見るproductivityである。
 総じて、平成9年度採用グループ中のトップに挙げられよう。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 代表者らのグループは、この5年間に「核内レセプタ−による遺伝子転写調節」の領域でいくつかの画期的な発見を成し遂げ、文字通り世界的第一人者の1人となった。それは
 1.ステロイドレセプタ−のリン酸化による調節の発見
 2.新規核内レセプタ−転写共役因子複合体の同定
 3.核内レセプタ−と細胞シグナル伝達系とのクロスト−クの証明
 4.ビタミンDレセプタ−の新機能の発見(ノックアウトマウスによる)、5.ショウジョウバエを用いたレセプタ−の分子遺伝学的解析法の開発
  と多岐に亘っており、どれ一つを取っても重要なものである。これらにより代表者は戦略目標を十二分に達成しており、日本の科学技術に大いに貢献したということが出来る。この課題の他のグループもよくやっている。
4−3.その他の特記事項
  この研究成果が認められ、当事業団の14年度の「戦略的創造研究推進事業継続研究課題」に採択された。
 研究代表者は平成10年にアメリカ骨代謝学会のThe Fuller Albright Award、平成12年にオ−ストリア骨代謝学会から同学会国際賞2000を受賞した。
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※本プロジェクトの研究代表者であった加藤茂明氏については、同氏が主宰する研究室において論文の不正行為があったことが東京大学において認定されています。
認定された不正行為には、本プロジェクトの研究成果とされた論文の一部が含まれています。
詳細は、下記をご参照下さい。
http://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_261226_j.html
http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400007786.pdf
http://www.jst.go.jp/osirase/20160325_oshirase-2.html



This page updated on September 12, 2003
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