研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
哺乳類人工染色体の開発と個体の形質転換への利用
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  岡崎 恒子  藤田保健衛生大学総合医科学研究所 教授
主たる研究参加者  舛本 寛  名古屋大学大学院理学研究科 講師
 依田 欣哉  名古屋大学生物分子応答研究センター 助手
 竹安 邦夫  京都大学大学院生命科学研究科 教授
 永津 俊治  藤田保健衛生大学総合医科学研究所 名誉教授(平成13年3月まで)
 一瀬 宏  藤田保健衛生大学総合医科学研究所 教授
 斎藤 英彦  名古屋大学大学院医学研究科 教授(平成13年11月まで)
 真貝 洋一  京都大学ウイルス研究所 助教授(平成12年4月〜13年3月)
3.研究内容及び成果
 染色体が細胞の世代を通して安定に維持・継承されるためには、複製起点・セントロメア・テロメア(環状ゲノムの場合には不必要)の機能が必要とされる。これら三領域DNAの研究には出芽酵母の系で人工染色体の形成能を指標とした解析法が確立しており、研究過程で構築された環状並びに線状の人工染色体は酵母細胞における遺伝子導入ベクターとして広く利用されている。研究代表者らは、明確な分離法の確立も構造決定もされていない哺乳類細胞の複製起点やセントロメアの解析に突破口を開く目的で、哺乳類細胞で安定維持される人工染色体(哺乳類人工染色体MAC、ヒト人工染色体HAC)を構築する研究に着手した。この研究で得られるHAC(MAC)は、宿主細胞の染色体外で維持継承される巨大容量を持つ新規クローニングベクターとしても利用価値が非常に高いと考えられた。当初は、哺乳類セントロメアDNAは巨大で複雑な繰り返し配列からなる取り扱い困難な配列として十分な研究がなかった。研究代表者らのグループでは、先ずヒトセントロメアの分子的構造の解析によりCEN-DNAの候補配列を絞り、次いでCEN-DNAを哺乳類細胞中での人工染色体の形成能で検定するという順序で解析を進めた。ヒト21番染色体セントロメア領域で二種類のアルファサテライト(アルフォイド)配列の存在を明らかにし、これら配列を酵母人工染色体(YAC)に組み込み(鎖長約80kb)、このアルフォイドYACをヒト培養細胞HT1080に導入したところ、一方の配列{CENP-B結合配列(CENP-B box)が存在するI-型アルフォイド配列}を組み込んだYACからのみ安定に維持されるHACがde novoに形成された。
 本研究課題では、以上の研究成果を基に、哺乳類(ヒト)セントロメアの分子的構造の解析を更に進展させること、並びに、ヒト人工染色体の構築法の確立と細胞レベルならびに個体レベルでの利用技術の開発を目指した。
 研究目標に応じて三研究グループを組織した。
 
基礎研究技術開発グループ
研究課題1:哺乳類(ヒト)セントロメア・キネトコアの構造解析
依田欣哉研究チーム(名古屋大学生物分子応答研究センター)
 哺乳類動物細胞染色体セントロメア・キネトコア領域は数キロから数メガ塩基対に及ぶ長大なDNAを含むDNA/蛋白質複合体である。HeLa細胞核を用いたin vivo解析、及び精製蛋白を用いたin vitro解析により以下の点を明らかにした。1.in vitro再構成系においてCENP-AはヒストンH3に代わってヒストンH4、H2A、H2Bと共にヌクレオソームを構成する。2.CENP-Aを含むキネトコアクロマチンは選択的に I 型アルフォイド配列上に形成される。3.CENP-Bはアルフォイド配列上に規則的に存在するCENP-B box配列に結合し、セントロメアヌクレオソームを規則正しく整列される。4.CENP-Aヌクレオソーム/CENP-B/CENP-Cは複合体を形成し、アルフォイドDNAの繰り返しを反映する形でユニットを構成し、M期にはこの複合体がキネトコア内層を構成する。また、方法論上の重要成果として、1.極めて特異性の高い抗CENP-Aモノクローナル抗体を得、2.本抗体を用いた免疫沈降法によってセントロメア複合体(CEN-complex)の単離・精製法を確立した。
 
岡崎恒子研究チーム(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
 依田研究チームとの密接な共同研究により上記研究を行った。また横山茂之研との共同研究によりCENP-B蛋白がDNA上のCENP-B box配列に結合するとDNAは60度湾曲することを明らかにした。
 
舛本寛研究チーム(名古屋大学大学院理学研究科)
 HT1080細胞中でのHAC形成能に基づいてセントロメア・キネトコア構造形成に必要なDNA配列を限定した。CENP-B boxを高い頻度で含む約70kbの I -型アルフォイドDNAをYACベクターに組み込み、末端にヒトテロメア配列を付加し、このDNAをHT1080細胞へ導入すると、効率良くHACが形成された。アルフォイドDNAのサイズを短くした欠失シリ−ズを構築しHT1080細胞へ導入したところ、30kb以下の場合にはHAC形成効率が急激に低下した。一方、in vitroで I -型アルフォイド繰り返し単位を合成し60kbの長さにしたものをHT1080細胞へ導入したところ、HACとセントロメア形成が効率よく起こった。合成アルフォイドDNA中のすべてのCENP-B boxにCENP-Bの結合能を失わせる塩基置換を導入すると、HAC並びにセントロメア形成が起こらなくなった。以上の結果は、CENP-B boxを含んだ I 型アルフォイドDNAの連続した繰り返しが新規セントロメア/キネトコア構造形成に必要且つ十分な構造であることを示している。また、CENP-BとCENP-Cは直接相互作用することを明らかにした。
 
竹安邦夫研究チーム(京都大学大学院生命科学研究科)
 走査型プロ−ブ顕微鏡の一種である原子間力顕微鏡は、電子顕微鏡と同程度あるいはそれ以上の解像度を有し、しかも標本作成の過程で、固定、染色、脱水、等の処理が不要であるという利点を持つので、染色体構造の解析への利用を目指した。セントロメアDNAとコアヒストンとの相互作用、セントロメアクロマチン形成へのCENP-Aの役割、更にはクロマチン形成におけるCENP-Bの効果等を解析した。
 
研究課題2:ヒト人工染色体の構築と利用技術の開発
岡崎恒子研究チーム(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
 HACは I -型アルフォイド配列80kb程度をもつYACを前駆体として当初構築されたが、50-100kbのアルフォイド配列をもつBACからも構築できることを示し構築過程を容易化した。形成されるHACのサイズは数メガ塩基対に達し、前駆体YAC或いはBACが多量体化していた。この情報をヒントに遺伝子の挿入されたHACを構築する方法として、前駆体アルフォイドYAC或いはBACと任意遺伝子が挿入されたYAC或いはBACを混合した試料を用いる方法を確立した。この方法で独自制御領域を備えたヒトβ−グロビン遺伝子やGTPシクロヒドロラーゼ遺伝子(GCH1)を取り込んだHACを構築した。GCH1はビオプテリン合成の最初の遺伝子である。両遺伝子からは独自の制御領域に支配された発現がみられ、HAC上のセントロメア領域による転写抑制は受けなかった。以上の結果から、HACは染色体を傷つけず巨大遺伝子が挿入でき、細胞増殖過程で安定に維持される、哺乳類細胞の有用な新規ベクタ−といえる。
 
マウス胚導入グループ
研究課題:ヒト人工染色体を保有するマウス胚性幹細胞の作製及び人工染色体を保有するマウスの作出
岡崎恒子研究チーム(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
 ヒト型遺伝子を正しい制御の下で様々なレベル発現できるモデル動物個体の作出にHACを利用する技術の確立を目指して研究を行った。HT1080細胞中で形成したGCH-HACを細胞融合法によりマウスA9細胞に移入し、そこから更に微小核細胞融合法によりマウス胚性幹細胞へと移入することに成功した。GCH-HAC保有マウス胚幹細胞を用いてHAC保有キメラマウスを作出した。キメラマウス各臓器にはHACが存在しており、発生を通じてHACが安定維持されることが明らかになった。
 
基礎的遺伝子治療グループ
研究課題:遺伝子治療へのHACの利用を可能とする基礎研究開発
岡崎恒子研究チーム(藤田保健衛生大学総合医科学研究所)
 HACは巨大遺伝子を導入でき、宿主染色体を傷つけず、細胞中で安定に維持される点で遺伝子治療に通常使用されるウイルスベクターに勝る。独自制御領域をもつβ−グロビン遺伝子約10コピ−を持つHAC(β−グロビンHAC)を構築し、このHACをHT1080細胞から赤白血病細胞K562へ移入した。HT1080細胞では発現しなかったグロビン遺伝子がK562細胞中ではコピ−数を反映し強く発現した。グロビンHACによりグロビン発現量の低いサラセミア患者へのグロビン補完が有望なことを示唆している。HACを高頻度に血液幹細胞に導入する技術の開発等により遺伝子治療への途が開けるであろう。GCH-HACも瀬川病等への遺伝子活性補完の可能性を有する。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
外部への発表デ−タは以下の通りである。
欧文誌論文 22報
2001年 Impact Factor Ranking の Original Article 38位、Review Article 30位までの雑誌に掲載された論文
EMBO J. 1報
Nature Biotech. 1報
Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2報
Moll. Cell. Biol. 1報
国内、海外合わせて5件の特許を出願中である。
 極めて困難で時間のかかる研究であるが、トップ・ジャ−ナルへの発表も一応十分と考えられる。
4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 ヒトを含む哺乳動物細胞への人工染色体の導入は困難な問題で、あまり組織的研究がなされて居なかった分野である。代表者らはこれに挑戦し、「CENP-B boxを含むI型アルフォイドDNAの連続した繰返しが新規セントロメア/キネトコア構造形成に必要且つ十分である」という重要な法則を見出し、これを応用してヒトの人工染色体の作出に世界で初めて成功したのは、科学技術への大きな貢献であり、戦略目標は十分に達せられたと見られる。更にES細胞への導入の成功により、医学への応用(遺伝子治療・再生医療)に向っても一歩近づいた事は所期の目標を一歩上回るものであるといえよう。
4−3.その他の特記事項
 研究代表者は平成12年にユネスコ−ロレアル・ヘレナルビンスタイン賞および紫綬褒章を受賞した。
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