研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
超伝導受信器を用いたオゾン等の大気微量分子の高度分布測定装置の開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  福井 康雄  名古屋大学大学院理学研究科 教授
主たる研究参加者  岩坂 泰信  名古屋大学大学院環境学研究科 教授(平成9年10月〜平成14年10月)
 中根 英昭  国立環境研究所 上席研究官(平成9年10月〜平成14年10月)
3.研究内容及び成果
 本研究は、ミリ波の超伝導受信機を搭載した高感度の大気微量分子測定システムを開発し、南米チリ共和国において南半球中緯度帯におけるオゾンおよびその破壊物質とされるClO分子の高度分布モニタリングを行い、オゾン破壊の現状とその要因を把握するための基礎データを取得することを目的としている。測定装置の開発を主とする研究代表者のサブグループを中核とし、ライダー観測とデータ解析・モデル化の二つのサブグループの協力を得て研究が実施された。
(1) 大気微量分子の高度分布測定の開発
 5年間の研究期間を通して、200GHz帯の超伝導受信機の高感度化と安定化を徹底して追求し開発を進めた。そして開発した観測システムを1999年12月に標高2,400mの南米チリのラス・カンパナス天文台に設置し、同装置により2000年10月、世界で初めて南半球中緯度帯においてオゾン破壊のメカニズムを解明する上で鍵を握るClOスペクトルの検出に成功した。これまで24時間以上の積分が必要とされていたスペクトルが、数時間の積分で取得可能になり、長期間にわたって安定したデータ取得が可能となった。

 開発は200GHz帯超伝導ミクサの開発から始まり、初年度の段階で実験室において雑音温度50K、サイドバンド比〜15dB(ともに220〜240GHzの値)の高感度受信機を完成した。さらに超伝導受信機を安定に冷却するための小型4Kクライオスタットおよび大気からの電波を集光し超伝導受信機へ導入するビーム伝送光学系の設計・製作を行なった。特にビーム伝送系の開発では、測定結果のスペクトルベースラインに悪影響を与える定在波を極力抑えるために、4枚の鏡を用い、光路を半波長だけ周期的(5Hz程度)に変化させることにより位相をキャンセルする光路長変調器を開発し、定在波に起因するベースラインのうねりを10分の1以下に逓減することができた。

 1999年に観測システムを標高2,400mにあるラス・カンパナス天文台に設置し、試験観測を開始した。当初は100GHz帯のオゾンスペクトルの観測から開始し、システム全体の調整を行った。2000年度には受信機を200GHz帯に交換し、さらにスペクトルを分光する音響光学型分光計も従来の250MHzの2倍の帯域をもつ500MHz、その1年後の2001年にはさらにその2倍の1000MHz帯域の分光計を開発し、実用化した。特に1000MHz帯域分光計では、参照光源をHe-Neレーザから、より出力が高く、出力安定度の高い半導体レーザに変更しさらなる安定化をはかった。また、使用する音響光学型分光素子の特性を調べ、 信号入力レベルが2mWを超えるとベースラインに±100mK以上のうねりが生ずることが判明したため、適正な信号入力レベルで十分な強度の回折光出力が得られるように分光計光学系の変更を行った。上記の開発により、測定高度の下限を14kmまで下げることが可能となり、南極オゾンホール内の極成層圏雲(PSC)に起因するオゾン破壊に関連する高度20km前後のClO測定にも対応可能となった。

 上記のような開発・試作・試験評価・装置の改良を名古屋大学とラス・カンパナス天文台で並行して進め、2001年10月、南半球中緯度帯としては初のClOスペクトルの検出に成功した。スペクトルのリトリーバル解析から、検出されたのは高度40km付近のClOであることが示された。2時間程度のデータ積分時間(デッドタイム等を含めて約5時間の実観測時間)で高度分布のリトリーバルに十分なS/N比のデータが取得できた。これまでの装置では観測ができなかった一日内のClO量の時間変動を実測できる可能性を拓いた。
2001年10月以降もClO測定装置はラス・カンパナス天文台でのClOスペクトルの連続観測を継続しており、大気の厚み(optical depth)が0.15以下の日にはC10スペクトルが有意に検出されている。

 
(2) ライダー観測
 極域オゾン破壊で主要な役割を演ずるPSCを、ライダーやOPCによる観測とそのデータ解析、および数値シミュレーション等の手法を用いて研究した。ライダー・OPC観測をスバールバル諸島、スピッツベルゲン島、ニーオルスンで冬季に実施した。スバールバル上空の成層圏は、冬季北極域で最も低温となることが多く、PSC発生とそれに引き続くオゾン破壊(近年北極域でも顕在化しつつある)が盛んであると考えられている。ライダー観測では成層圏(及び対流圏)エーロゾル(PSCを含む)の相、濃度、粒径の高度分布及びそれらの時間変化を精密に測定した。
 
(3) オゾン・ClO変動の解析とモデル化
1. オゾン・ClO高度分布解析ソフトウェアの開発
2. ラスカンパナスにおける観測支援 を目的としたオゾンホール起源や熱帯起源等の気塊の分布を予測するための渦位分布予測
3. 南極オゾンホールや北極域の極渦内部のオゾン破壊やClO濃度をシミュレーションするトラジェクトリーボックスモデルの開発
を中心に研究を進めた。
 オゾンの高度分布解析、その評価、オゾン高度分布の変動に関しては、国立環境研究所のモニタリングプログラムによって得られたデータ等も活用して研究を進めた。その結果、これまで明確に認識されていなかった、高度60km付近のオゾンの半年周期変動を見出した。ClOについて、ラスカンパナスで得られた微弱な信号から、ClOの高度分布を導出する解析手法を開発した。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

 高感度の大気微量成分の測定システムを開発し、その基本的機能を観測現場で確認したという意味でほぼ当初の研究目標に到達したといえる。
 本装置により、オゾン破壊のメカニズムを解明するうえで鍵を握るClOスペクトルを検出し、比較的短時間の積分で取得できることにより、一日以内のClO量の時間変動を実測できるようになったことの成果は大きい。ただし、その高度分布については下部成層圏での観測になお克服すべき問題が残されている。また、装置を小型・可搬型にするという目的は達成されていない。

 本研究の主目的である測定装置の開発は専ら研究代表者のサブグループにより行われたものである。
  論文は投稿中を含め39篇が主として国際誌に発表されている。他に特許出願が国内・海外各1件ある。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 1980年代以降オゾン層のオゾン濃度は著しい減少傾向を示し、その傾向は90年代に入ってますます深刻化した。1995年にオゾン層破壊の主要な原因と考えられている特定フロンの使用が禁止されたので、成層圏オゾン層破壊に関する社会的重要性は減じたが、オゾン濃度とその変動の原因物質を監視するためのモニタリングは必要である。衛星観測によりグローバルなデータが供給されるようになってきたが、その変動の原因を明らかにするためには、地上からの詳細な高度分布測定も不可欠である。

 また、電波天文学分野で発展したミリ波・サブミリ波帯受信技術を基盤とする地球大気微量成分の高感度測定システムの開発には太陽光を背景とする分光測定法やライダー法等と異なる利点がある。

4−3.その他の特記事項(受賞歴など)
 特になし。
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