研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
北西太平洋の海洋生物化学過程の時系列観測
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  野尻 幸宏  国立環境研究所 総合研究官
主たる研究参加者  角皆 静男  北海道大学大学院地球環境科学研究科 名誉教授 (平成9年10月〜平成14年10月)
 米田 義明  北海道大学水産学部 教授 (平成9年10月〜平成12年3月)
 岸 道郎  北海道大学水産学部 教授 (平成11年4月〜平成14年10月)
 加藤 義久  東海大学海洋学部 教授 (平成9年10月〜平成14年10月)
3.研究内容及び成果
 所属機関の異なる4隻の観測船の運航スケジュールを調整して1998年6月から2000年10月の集中観測期間中に定点KNOT(44°N、155°E)で27回の観測を実施した。表層から深層までの採水、漂流系での沈降粒子捕集実験、植物プランクトンの一次生産速度の測定、長期係留系の設置回収、プランクトン試料採取、海水の光学特性測定など、多項目の観測をおこない、炭酸系(全炭酸、アルカリ度、CO2分圧)、栄養塩、溶存酸素、一次生産速度などについて、精度管理された時系列データを得ることができた。研究組織は研究代表者を中心とするデータ解析サブグループ、炭酸系サブグループ、生物生産サブグループ、研究航海サブグループの4グループから成っている。
(1) 炭酸系(全炭酸、アルカリ度、CO2分圧)時系列観測
 定点KNOTの表層海水全炭酸濃度には、秋から冬に増大して2月に極大、春から夏に減少して8月に極小となる明瞭な季節性がみられ、全炭酸の冬と夏の値の間に107μmol/kg(1999年)の濃度差があった。これは、全炭酸が継続測定されている定点BATS、HOT、P等と比較して最大振幅である。また、アルカリ度変化から、炭酸系の季節変化に対する炭酸カルシウム殻生成種の影響の小さいことがわかった。溶存無機炭酸濃度の鉛直分布は大まかには栄養塩と同様であった。これらの成分の季節振幅が定点間で最も大きいのに対し、その位相は他の観測点とほぼ等しく、減少速度が最も大きいのは5〜6月、増加速度が最も大きいのは11〜12月であった。
 CO2分圧は6月から12月まで大気のそれ(約365 μatm)より低く、大気CO2の吸収域として働く。定点KNOTでは水温の変化も大きく、これは夏にはCO2分圧を上昇させる方向に作用するが、この温度効果を上回る生物生産があるため、6月から10月まで300〜340 μatmで推移する。10月以降は鉛直混合が活発になり下層の全炭酸が豊富な水が表層にもたらされるためCO2分圧は上昇する。冬季には、温度低下の効果にまさってCO2放出域に変わる。この変化過程は、貨物船による表層観測で最近知られるようになったが、現場の観測で鉛直構造を含めて確認することができた。風速の気候値から交換速度を算出し、大気海洋間のCO2交換量を求めると、6月から8月は50 mgC/m2/dayの吸収、10月に吸収速度が最大となり150 mgC/m2/dayに達する。その後、2月には放出に転じ、2月後半から4月までが最大放出となる。
 
(2) 生物生産の評価
 海域の生物生産を溶存成分の季節変化と一次生産速度から評価した。主要な栄養塩であるリン・窒素と全炭酸の取り込み比をCO2の大気海洋交換を補正して求めた。その結果、C/P比は124から108、C/N比は7.7から6.6であり典型的な海洋生物の取り込み比(レッドフィールド比)1:16:106に近いものであった。海水中の全炭酸変化から見積もられる新生産速度は5月から6月にかけて最も高くなり、600 mgC/m2/dayに達した。6月から10月にかけては約250 mgC/m2/dayで推移した。これらの値は同期間の基礎生産速度の測定値に近い値であった。この期間に限っては表層の基礎生産に占める再生生産の割合が非常に小さいことが明らかになり、植物プランクトンに同化された炭素が効率よく下方に輸送されていることになる。また、栄養塩や全炭酸の変化について、定点Pとの比較をおこなうと、その季節振幅では定点KNOTの方が大きいが、混合層深度を補正すると同程度の新生産となる。海域の物理の相違による浅い混合層深度が生物生産に影響があることが示された。
 
(3) 生態系モデル
 観測パラメータを鉛直一次元海洋生態系モデルに適用し、現場の生物化学過程を再現することを試みた。従来の窒素循環のみを考慮した海洋生態系モデルにケイ素を加え、植物プランクトンとしてケイ藻が重要となる亜寒帯海域の表現を改善した。海域の物理パラメータとして重要な塩分について、データベースの気候値は不十分なので、定点KNOTの実測値でモデルを駆動することで、より現実的な生物化学過程が表現された。観測の知見は、亜寒帯海洋の生態系を表現するために極めて有用であった。
 
(4) データベース
 本観測研究は、1998〜2000年に限定して実施され、そのデータベースが作成され、データ利用体制ができた。北西太平洋亜寒帯の時系列観測としては、最近係留系による自動観測が開始された。そして、本研究の成果を踏まえた観測船の現場観測による時系列観測再開も、同じ海域で計画されている。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 北西太平洋高緯度海域は海洋生物生産性が高く、地球規模二酸化炭素循環への寄与が大きい。本研究は千島列島沖の北緯44度、東経155度に位置する定点(KNOT)をできるだけ高頻度に観測船で訪れ、海洋生物化学過程を最新の手法で観測した。異なる機関に所属する観測船を利用することの制約のため、3〜4月の生物生産急増期の観測を実施できなかったのは残念であるが、これまでアラスカ湾(P)とハワイ沖(HOT)の2地点しかなかった太平洋の定点観測に1点を加え、KNOTでの生物生産速度の季節変化が他地点と際立って異なることを明らかにした。また、これまで皆無であった北西太平洋海域における海洋表層の生物地球化学的過程と大気・海洋間CO2交換にかかわる時系列データが得られたという点で十分意義がある。

 3年間にわたるKNOTでの定点観測の結果を既存の定点観測と比較して、亜寒帯海域の生物生産性の季節変化が特異であることや、これらの差異を生じる生物地球化学的要因についてもある程度明らかになった。残念ながら3〜4月の観測空白期や、黒潮の流入によるデータの乱れ等は本研究の成果の価値を低下させているが、これが止むを得ない事情によることは理解できる。

 本研究課題の主要テーマの一部であるこの海域における二酸化炭素吸収量の定量的推定については不十分であるが、取得されたデータは今後長年にわたって使用に耐える精度を持っているので、観測データセットを作成し、CDROM公開を迅速に実施したことは適切であった。
20篇近い論文の主要なものはDeep-Sea Researchなどの著名な国際誌に発表されている。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 海洋は化石燃料起源CO2の吸収源とされている。生物生産が大きく、季節変化の大きい北西太平洋高緯度海域でのガス交換、表層海水の物理学、化学、生物学的各要素の時系列観測は北東太平洋高緯度海域の定点P(カナダ)、北太平洋低緯度海域の定点HOT(米国)と共に、太平洋全域の炭素循環過程解明の鍵となる観測資料の一部を提供することになるであろう。本研究のために設けられた定点KNOT(Kyodo Northwest Pacific Ocean Time Series)の今後については関係機関の研究者で検討されており、その意味で本研究の成果は先導的役割を果たしている。
4−3.その他の特記事項(受賞歴など)
 日本の海洋化学計測のかかえる大きな問題点となっている13Cと14Cによる生物生産速度の推定についてもっと早い時期に国際比較が行われるべきであった。
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