研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
黒潮変動予測実験
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者  今脇 資郎  九州大学応用力学研究所 教授
主たる研究参加者  市川 洋  鹿児島大学水産学部 教授 (平成9年10月〜平成14年10月)
 江田 憲彰  広島大学大学院工学研究科 助教授(平成9年10月〜平成14年10月)
 淡路 敏之  京都大学大学院理学研究科 教授(平成9年10月〜平成14年10月)
 池田 元美  北海道大学大学院地球環境科学研究科 教授 (平成10年4月〜平成14年10月)
 山形 俊男  東京大学大学院理学系研究科 教授 (平成9年10月〜平成14年10月)
 蒲地 政文  気象研究所 主任研究官(平成10年4月〜平成14年10月)
3.研究内容及び成果
 研究チームは7サブグループから成っており互いに緊密な連携を取りながら、次のような研究を行った。
(1) 本州南岸黒潮モニタリング・グループは、日本南岸での黒潮の流量の時間変化や黒潮の流路の変動を明らかにする研究を行った。衛星海面高度計による四国沖での黒潮流量のモニターや、海底に設置した倒立音響測深器(IES)による傾圧的な流量の時間変化のモニターを継続して行った。また、衛星海面高度計データと漂流ブイデータを組み合わせて海面での絶対的な地衡流を推定することにより、日本南岸での黒潮流路の変動を、1993年以降10日おきに高い空間分解能で詳しく示した。
(2) 黒潮上流域モニタリング・グループは、日本南岸の黒潮の上流域に当たる東シナ海、トカラ海峡、および琉球列島南東海域における流速分布とその変動を明らかにする研究を行った。これらの海域で係留流速観測や黒潮を横断する測線観測を繰り返し行った。それによって、奄美大島南東方海域の1000 m以浅には、北東向きの境界流が常に存在していることを示し、その平均的な流量を見積もることを試みた。
(3) 海洋広域モニタリング・グループは、西部北太平洋を定期運行している鉱石運搬船の船底に装着した音響ドプラー流速分布計(ADCP)によって、長期間にわたって広域の表層250 m以浅の海流データを収集した。黒潮、黒潮再循環流、亜熱帯反流、北赤道海流、赤道反流などの基本的な表層海流系の平均的な流速断面の構造が明らかになった。
(4) 海洋データ同化Aグループは、非線形現象の再現性に優れている弱拘束変分法によってデータ同化を行い、逓減重力モデルによって日本南岸での黒潮流路の変動の予測可能性を検討した。衛星海面高度計データを同化して求めた解析場の時系列データを初期条件として予測実験を行った結果、黒潮流路の変動は、統計的には2か月程度先まで予測が可能であることが分かった。海洋データ同化Bグループは、日本近海の黒潮流量の数年周期の変動が1〜2年先まで予測できるかどうかを研究した。太平洋上の経年変化する風応力に対して海洋がどのように応答するかを、単純化した海洋数値モデルで調べ、伊豆・小笠原海嶺での鉛直モードの変換が重要であることが分かった。また、北太平洋上の過去の風応力分布を基にして、黒潮流量の経年変動をある程度(1〜2年)先まで予測できることが分かった。
(5) 予測モデル実験グループは、高精度の海洋循環モデルによって、黒潮変動の力学的なメカニズムを解析し、その予測可能性に関する基礎的な理解を得るための研究を行った。黒潮流路の変動には本州南岸での中規模渦が重要であることが分かり、水平解像度を緯度・経度0.1度の格子間隔にまで細かくして、中規模渦の効果を詳しく調べた。
(6) 実用予測モデル・グループは、黒潮変動の予測を行うための実用的なモデルを開発した。黒潮を含む北太平洋全域の海洋大循環モデルを、洋上の日平均風応力によって駆動しながら、4次元最適内挿法によって衛星海面高度計データを同化することにより、北太平洋の時系列データを得た。このデータの、ある時期の値を初期値として予測実験を行い、日本南岸での黒潮流路の変動が1か月程度までは予測できることを示した。
 これら各サブグループの研究の主要な成果は以下に要約される。
(1) 黒潮の流路の変動に関する研究
 衛星海面高度計データと漂流ブイデータを組み合わせて海面での絶対的な地衡流を推定する方法によって、日本南岸の黒潮や本州東方の黒潮続流の変動をつぶさに記述することに成功した。トカラ海峡付近で始まった黒潮の蛇行が日本南岸を東進しながら発達していく様子や、黒潮続流が大きな蛇行を繰り返しながら激しく変動する様が生き生きと表現されている。この流れのパターンから、最強流部を辿って黒潮流路を求めた。次に、非線形現象の再現性に優れている弱拘束変分法によって、衛星海面高度計データを逓減重力モデル(1.5層モデル)という簡略モデルに同化し、日本南岸での黒潮流路の変動を数値モデルで表現した。その結果を初期条件として、黒潮流路の変動に関する予測実験を行った結果、統計的には2か月程度先まで予測が可能であることが分かった。さらに、黒潮を含む北太平洋全域の海洋大循環モデルを、洋上の日平均風応力によって駆動しながら、4次元最適内挿法によって衛星海面高度計データを同化することにより、北太平洋の時系列データ(再解析データと呼ぶ)を得た。この再解析データの、ある時期の値を初期値とし、外力を気候値に置き変えてモデルを駆動する予測実験を、時期をずらしながら多くのケースについて行い、日本南岸での黒潮流路の変動が1か月程度までは予測できることを示した。
 
(2)黒潮の流量の変動に関する研究
 四国沖の黒潮の流量変動を、現場観測データと衛星海面高度計データを基にして推定した。1992年から7年間の流量変動の記録から、実測された季節変動(1年周期変動)が、北太平洋上の風応力から期待される変動よりもかなり弱いことが分かった。その原因を明らかにするため、理想化された2層モデルの海が、季節変動する海上風に対してどのように応答するかを調べた。その結果、伊豆・小笠原海嶺に相当する海底地形の存在により、北太平洋を東から西に向かって伝播する季節変動のシグナルの大部分が遮られるため、黒潮の流量変化が小さくなることが分かった。次に、四国沖の黒潮の沿岸側と沖合側の海底に倒立音響測深器(IES)を設置し、流量の傾圧的な時間変化をモニターする観測を行った。足摺岬沖黒潮協同観測(ASUKA)時の海洋観測データなどを用いて、IESデータから黒潮域の密度場の時間変化を推定する手法を開発した。また、数年周期の経年変動に関しては、単純化した海洋数値モデルを用いた研究により、伊豆・小笠原海嶺での鉛直モードの変換が重要であることが分かった。北太平洋上の過去の風応力分布だけで、黒潮流量の経年変動がある程度(1〜2年)先まで予測できることが分かった。さらに、黒潮の流量に関する過去のデータを解析した結果、10年以上の長周期の経年変動(decadal変動)については、北太平洋中緯度での風応力の変動に、4年程度の遅れでよく追随しているらしいことが分った。
 
(3)琉球海流系の実態
 日本南岸での黒潮の上流域に当たる琉球列島の東側の陸棚斜面上に、顕著な北東向きの流れが安定して存在していることが分かった。その流量は最大で20 Svに達する可能性があり、この流れが、東シナ海からトカラ海峡を通過する黒潮本流と合体して、日本南岸での黒潮を涵養している可能性が大きい。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 人工衛星を始めとする新しい観測技術、観測データの処理・解析手法、数値モデリング等の目覚しい発展にそれぞれ寄与してきた全国の主要な海洋物理学者を組織し、
(1)黒潮の実態の把握
(2)黒潮流路の1ヶ月予測の可能性
(3)黒潮流量の1〜2年予測に関する知見
が得られたことは大きな成果である。

 なかでも、(1)に関して、南西諸島の東側を流れる琉球海流系が日本南岸の黒潮流量の半分近くを占めるという新しい観測事実は今後更に確認を要する重要課題として提起した意義は大きい。
  (2)に関しては海洋の中規模渦を顕わに表現することがその成否の鍵を握っていることを明確に示し、黒潮流路の短期(〜1ヶ月)予報の可能性を示したことは気象庁の業務にインパクトを与えるであろう。
  (3)に関しては、黒潮流量の長期(〜1ヶ年)変動には太平洋規模の広域の風応力が重要な役割を果していることが示されたが、その予測にかかわるいくつかの知見が得られたというレベルである。黒潮流量の季節変動は伊豆・小笠原海嶺の影響により風成循環の西岸強化流として推定されるそれよりはるかに小さくなることを理論的に示したことは今後の発展につながる貢献である。
 これらの研究成果の主要な部分は近く出版される Journal of Oceanography に約16編の論文として掲載される予定である。

4−2.成果の戦略目標・科学技術への貢献
 黒潮は世界海洋循環の主要な構成要素の一つであり、その変動のメカニズムの解明や予測の実用化への道筋をつけることは、気候変動のメカニズムやその予測の研究を推進することと不可分離である。また、黒潮変動はとりわけ日本の気候や水産・運輸等諸産業にも大きな影響をもたらすので、本研究成果は海洋科学のみならず、我国の気象業務に採り入れられるであろう黒潮変動予測に貴重な参考となるであろう。

 社会的インパクトのより大きい黒潮大蛇行のメカニズム解明と予測実験にあまり手がまわらなかったことは残念である。黒潮変動予測の実用化に向けてさらに解決を要する問題点、予測モデルとデータ同化手法の改善点等を具体的な提言としてまとめられれば、本研究成果は一層有用となるであろう。

4−3.その他の特記事項(受賞歴など)
 特にない。
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