研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
大分子糖蛋白質の極微細構造制御
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者中原 義昭東海大学工学部 教授(平成9年4月〜)
  理化学研究所細胞制御化学研究室 客員主管研究員
主たる研究参加者田村 純一鳥取大学教育地域科学部 助教授
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 本研究は分子量が従来の有機合成で扱う天然物より遙かに大きく、またその構造の複雑さゆえ合成分野において未開拓であった糖タンパク質を取り扱う。真核生物ではタンパク質は大部分が糖鎖をもつ糖タンパク質として存在し、糖鎖にはタンパク質の構造維持のみならず認識シグナルとしての機能があると考えられている。糖タンパク質はホルモン、免疫グロブリン、サイトカイン、レクチンなど生命現象の重要な場面に登場する。血液型糖鎖抗原の例に見られるように生体内では厳密に糖鎖構造が認識されている。しかし糖鎖機能を分子レベルで明らかにするには、純粋な化合物としての糖タンパク質が欠かせない。
 近年のバイオテクノロジーの発展で多くのタンパク質については遺伝子工学技術によって供給可能にしてきた。しかし翻訳後修飾によって生合成される糖タンパク質については、糖鎖構造をも含めて純粋な物質を任意に合成することを生物工学的技術に頼ることはほとんど不可能である。そこで本研究では化学合成法による糖タンパク質合成を提案した。この研究の目的は、従来別々に発展してきたタンパク質化学と糖鎖化学の技術を融合調和し糖タンパク質や類縁のプロテオグリカンを精密合成する方法を確立することである。プロテオグリカンに関する研究は鳥取大学教育地域科学部のグループが担当し、それ以外のテーマは理化学研究所グループと東海大学グループで共同して行った。
3−2 研究成果
3−2−1 糖ペプチド固相合成用コア2型O−結合型糖鎖ビルディングブロックの合成
 Tリンパ球の活性化や免疫不全疾患に伴ってT細胞表層タンパク質ロイコシアリン糖鎖の構造変化として現れるコア2型シアル酸含有6糖をもつセリンユニットの合成に初めて成功した。さらにコア2型糖ペプチド固相合成に展開するため類縁の4糖性ビルディングブロックの合成を行った。そしてN−トリクロロアセトアミド誘導体を用いることで効率的かつ立体選択的にβ−グリコシドが形成された。
3−2−2 シリルリンカーを利用した糖ペプチドチオエステル固相合成法の開発
 糖ペプチド側鎖の水酸基を固相に固定するための新しいシリルエーテル型リンカーを開発し、いくつかの糖ペプチドを合成した。(特許出願) タンパク質の化学合成ではペプチドチオエステルが有効なアシル化セグメントとして活用される。本研究ではシリルリンカーを用いることで糖ペプチドチオエステルのFmoc固相合成を可能とした。糖ペプチドチオエステルはフルオリドイオンまたは酸触媒で固相より切断される。
3−2−3 ポリマーサポート上での糖鎖合成の効率化研究
 糖鎖の迅速合成を目的として研究を行い、沈殿による精製が可能な高分子量ポリエチレングリコール、またはショートカラムでの精製が容易な低分子量ポリエチレングリコールを担体に用いる糖鎖合成法を開発してきた。合成糖鎖を効率的に担体から切断するためのニトロベンジル型リンカーを調製した。ポリエチレングリコール担体上でのオリゴ糖合成反応を簡便にモニタリングするためクロロアセチル基とパラニトロベンジルピリジンによる発色反応とMALDI−TOF MSを用いる新しい方法を開発した。クロロアセチル基を持った目的分子のみを釣り上げるためシステインを固定した樹脂を用いた新規な“capture and release”手法を考案した。
3−2−4 プロテオグリカン分子の設計と合成
 プロテオグリカンは、一般の糖たんぱく質とは異なり、コアたんぱく質と、その結合部分に位置する特異な4糖(結合領域4糖)を介して非還元末端側に延びる2糖繰り返し多糖によって構成される巨大分子である。結合領域4糖によるプロテオグリカンの3次元的構造への影響や、生合成機構、また生化学的機能への関与など研究課題となっている。そこで3糖セリグリシンを単位とするオリゴマー化を行い、3糖糖鎖を4本有するヘキサデカペプチドを合成した。(特許出願) また、コンドロイチン硫酸の機能性の抽出と長鎖化を指向した、新規直鎖型コンドロイチン硫酸クラスターの合成を行った。後者は天然物と同様に糖転移酵素の受容体として活性であることが確認された。
3−2−5 生物活性糖蛋白質の合成
 ガン細胞由来のEMMPRINはガン転移機構の重要過程であるmatrix metalloproteinases(MMP) 産生促進因子でありそのイムノグロブリン様ドメインTにはN−結合型糖鎖が含まれる。Boc法によって合成した糖鎖ペプチドチオエステルを用い、セグメント縮合によって61アミノ酸からなる糖ペプチドを合成した。別途に合成したペプチドのみのサンプルはMMP2産生に全く活性を示さないのに対しキトビオースが結合したものは顕著な活性を示した。小さな糖鎖で活性が示されたことは驚きであり、本研究チームがメインテーマとして掲げる「糖鎖の生物機能を分子レベルで研究」するための格好の実験システムを構築することができた。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 糖タンパク質の合成は糖鎖の機能解明に関し非常に重要だが、地味で困難な作業である。中原チームはその目標に挑戦し、プロジェクト後半にはモデル化合物作りに成功した。
 糖鎖合成の方法論から機能物質の合成までの状況をいくつか示す。
4−1−1.シリルリンカーを用いる固相合成法
(1)A.Ishii, H.Hojo, A.Kobayashi, K.Nakamura, Y.Nakahara, Y.Ito, Y.Nakahara,Tetrahedron, 56,6235−6243(2000)
(2)A.Ishii, H.Hojo, Y.Nakahara, Y.Ito, Y.Nakahara, Biosci,Biotechnol.Biochem.,66,225−232(2002)
  蛋白質の化学合成で用いられるペプチドチオエステル法を糖ペプチドチオエステルへ展開し、シリルリンカーを活用する固相合成法を編み出した。有用な糖タンパク質合成法の一つである。
4−1−2.ポリマー担持での糖鎖合成
(3)S.Manabe, Y.Nakahara, Y.Ito, Synlett, 1241−1244(2000)
(4)H.Ando, S.Manabe, Y.Nakahara, Y.Ito, J.Am.Chem.Soc., 123,3848−3849(2001)
  PEG担体から糖鎖を容易に切り離すニトロベンジルリンカーを開発し、糖鎖合成を効率化するとともに、この反応のモニタリングをTOFMSで見る手法も考案した。この手法は応用範囲が広い。
4−1−3.プロテオグリカン分子の設計
(5)J.Tamura, H.Urashima, K.Tsuchida, H.Kitagawa, K.Sugahara,Carbohydr.Res 332,41−51(2001)
  コンドロイチン硫酸の機能性の抽出と長鎖化を目指し、その一つに糖転移酵素の受容体として活性を示すものを合成できた。
4−1−4.生理活性糖タンパク質の合成
(6)H.Hojo, J.Watabe, Y.Nakahara, Y.Nakahara, Y.Ito, K.Nabeshima, B.P.Toole,Tetrahedron Lett.,42,3001−3004(2001)
  今まで培った方法を駆使し、モデル化合物として合成した61アミノ酸に2糖(キトビオース)をつけただけの糖ペプチドが生理活性を持つことを見出した。分子レベルでの糖鎖の生理機能を見る型が出来た。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 中原チームで開発したいくつかの糖タンパク質の合成手法は、非常に困難であるとされてきたこの分野の合成研究に一段と弾みがつくと考えられる。糖鎖の生理活性を解明するにはまだまだ先のことではあるが、今プロジュクト後半に見出されたモデル(4.1.4項参照)を一つの拠点に積み上げは可能と考えられる。糖タンパク質の合成は多様なものを一つずつ積み上げていくという本来地道な研究ではあるが、もう少しメリハリのきいたアピール法を準備されると良い。

<<単一分子トップ


This page updated on April 1, 2003
Copyright(C)2003 Japan Science and Technology Corporation