研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
ヘテロ原子間結合活性化による新物質・新反応の開拓
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者田中 正人産業技術総合研究所 ラボ長
  東京工業大学資源化学研究所 教授
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 本研究は通常の有機化合物として知られている炭素、酸素、窒素、水素からなる構成を越えて、それ以外の元素を加えた化学を構築することを目的とした。
 今までにもホウ素、ケイ素、スズ、リン、イオウ等のいわゆるヘテロ原子を含む物質群は、有機合成化学において重要な役割を果たしていることが知られている。また、医薬・農薬、触媒もしくは触媒助剤、機能性高分子、高分子添加物、半導体材料、金属抽出剤等においては、ヘテロ原子化合物自身の機能に着目した応用に関して研究が進展しつつある。最近のカミンスキー触媒やブルックハート触媒、不斉合成触媒、遷移金属をベースとするルイス酸触媒等が広範囲に用いられていることでも明らかなように、炭素と金属が直接結合した物質群の化学−有機金属化学−は化学の地平を飛躍的に拡大し、成功裡に利用されてきた。そこで炭素以外のあらゆる元素と金属とが直接結合した物質群を元素を差別しないで扱う化学の展開を考えると、もう一段の地平開拓に繋がるであろう。本研究においては、周期律表第13族から17族のヘテロ原子系物質群の無機金属化学、錯体触媒反応の有用性を示すことに力点を置きつつ、これらの物質群の持つ機能探索も行うこととした。
3−2 研究成果
3−2−1 ホウ素化合物の反応
 H−B結合の付加反応(ヒドロボレーション)は、有機合成上重要な反応として知られている。また、Si−Si 結合の反応に関しても数多い。しかし、ヘテロ元素Eとの結合(E−B)の反応性に関してはあまり知られていない。
B−C、Sn−C、Si−C結合は酸化反応やクロスカップリング反応により種々の誘導が可能である。従って、これらの結合を同時に形成できれば、有機合成上大変有用である。そこでB−Sn結合を有する化合物(Me3Sn−B−[N(CH3)]2−C2H4)を合成し、その反応性を調べたところPd触媒のもと種々の炭素不飽和結合と付加反応することがわかった。ボリルシランでも、基本的にはボリルスタンナンと同様な反応が進行するが、反応性はやや低い。
3−2−2 5配位ケイ素とケイ素カチオン
 Si−Si 結合連鎖からなるポリシランは、そのσ電子が主鎖を通して非局在化(σ共役)するため、導電材料、発光材料、光導電材料、非線形光学材料への応用が期待されている。その機能の発揮には、高度なσ共役が重要であり、そのためにはケイ素中心の電子状態と主鎖の配座のトランスへの制御がポイントとなる。
 ケイ素は一般には4配位構造をとるが、5配位以上の高配位をとった超原子価ケイ素化合物も知られている。5配位オリゴシランは、対応するクロロメチルシランから容易に合成され、空気中で比較的安定な無色結晶である。(特許出願) 5配位トリシランは227nmに紫外吸収極大を示し、対応4配位トリシランMe3SiSiMeClSiMe3(λmax=215nm)に較べ、電子遷移エネルギーの差が0.31eVにも及ぶ大幅な長波長シフトが見られる。このことから、5配位ケイ素の導入はオリゴシランの電子遷移エネルギーを減少させ、主鎖の立体配座をトランスジグザグ構造に固定することが分かった。5配位ケイ素を含む高分子量ポリシランの機能材料としての展望が開けてきた。
3−2−3 有機リン化合物の合成
 有機リン化合物は、Grignard反応やArbuzov反応等の置換反応で一般的には合成されるが、原子効率の点から必ずしも優れた方法ではない。本研究の結果、水素化ホスホン酸エステルや第2級ホスフィンオキシド等のH−P結合を持った化合物が、パラジウムやロジウム触媒の存在下で、種々の炭素間不飽和結合に効率的に付加することが分かった。(特許出願) この反応系では水素−リン結合の反応性は構造によって異なり、ピナコールから合成される5員環構造の水素化ホスホン酸エステルは特に高い反応性を示す。これを用いると、直鎖アルコールの水素化ホスホン酸エステルでは反応しない末端オレフィンや共役ジエン、アレン類への付加反応も進行する。(特許出願)
3−2−4 ビスマス化合物の反応性
 ビスマス化合物は消化器系の医薬として古くから用いられており、元素としての毒性はなく、資源としての存在量も少なくはない。従って、有用な反応性の開拓は意味がある。反応の解析を容易にするためにBi−C結合を一つしか持たないビスマス化合物を合成し、低原子価錯体との反応を検討した結果、容易に結合開裂することを見出した。この知見に基づき、有機トリフラートやハロゲン化合物とのクロスカップリング反応を開発した。(特許出願) 
 本研究の過程で、一般の蛍光灯のもとでの同様な不均化を含む、ジスルフィド、ジセレニド又はジテルリドとジスズやジ鉛化合物からの、14族元素のカルコゲニド生成反応を見出した。また、触媒量のホスフィンの存在下にジスタンナンと金属テルルの懸濁液を撹拌することによってジスタニルテルリド類が容易に得られる。この種の生成物は、熱分解により半導体に変換される。カルコゲナイド型半導体は、一般に対応するハロゲン化物とアルカリ金属化合物との脱塩反応で合成されているが、これに比べて本法は高収率かつクリーンである。(特許出願)
3−2−5 ヘテロ元素カルボン酸誘導体
 2種のヘテロ元素からなる結合E−E’の付加反応生成物を有機合成的に用いる場合、これらの元素をいずれ有機基に置換することとなる。従ってE−C結合が直接付加する反応は合成のショートパスとしてより好ましい。この点で、COORやCONR2の付加は特に興味深い。この種の反応として、ロジウム触媒による末端アセチレンへのクロロギ酸エステルへの付加反応を始めとする一連の反応を見出した。(特許出願)
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 田中チームは今まで蓄積のあった金属錯体に関する知見を展開して、C,H,O,N以外のヘテロ元素を積極的に化学式に取り組む研究で、世界で誰も扱ったことのないTe,Biの有機化学等の基礎を築いた。数多くの成果があるが、特に重要なPとSiに関する成果を以下に挙げる。
4−1−1.有機リン化合物の合成
(1)L.−B.Han, S.Shimada, M.Tanaka, J.Am.Chem.Soc., 119,8133(1997)
(2)L.−B.Han, C.−Q.Zhao, M.Tanaka,J.Am.Chem.Soc., 122,5407(2000)
(3)C.−Q.Zhao, L.−B.Han, M.Goto, M.Tanaka, Angew.Chem.Int.Ed., 40,1929(2001)
  有機リン化合物とオレフィン、アセチレン等の付加反応において、触媒によって位置選択性が変わること、有機リン化合物の種類によって反応性が変わること等がわかった。この反応の展開として含Pπ共役ポリマーの合成等が可能となり、企業との間で新規材料開発が進行している。
4−1−2.Si−Si 結合
(4)I.El−Sayed, Y.Hatanaka, C.Muguruma, S.Shimada, M.Tanaka, N.Koga,
M.Mikami,J.Am.Chem.Soc., 121,5095(1999)
(5)I.El−Sayed, Y.Hatanaka, S.−y.Onozawa, M.Tanaka, J.Am.Chem.Soc.,  123,3597(2001)
  Siは一般に4配位であるが、ある条件下では5配位をとり、その構造歪による物性発現が期待される。今回比較的安定な結晶体として取り出すことに成功した。これを用いて構造歪による触媒能や電子材料へ応用が期待できる。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 このチームで扱ったヘテロ元素は非常に数多く、それだけ成果が総花的になった面もあるが、Pの化学やSiの化学は従来のレベルを抜け出していて、国際的にも高い位置づけにある。特にPの化学は従来法よりも簡単で安全な合成方法であり、今後農薬中間体や難燃剤等へ応用が効くと考えられている。さらに含Pポリマーは新規機能材料として価値が認められつつある。あとBiやTe等は有機物として精製したものを半導体等電子材料の原料として使用するルートが確立できれば面白い素材となる。
4−3.その他の特記事項
田中正人氏は平成13年10月より、東京工業大学資源化学研教授としてCRESTの成果をもととする基礎化学を担うこととなった。(当面は産総研と兼務)
 新たな飛躍が期待される。

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