研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
生体機能分子の設計と精密分子認識に基づく反応制御
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者齋藤 烈京都大学大学院工学研究科 教授
主たる研究参加者杉山 弘東京医科歯科大学生体材料工学研究所 教授
 吉岡 泰規三重大学工学部 教授
 川西 正祐三重大学工学部 教授
 山口 兆大阪大学理学研究科 教授(平成13年4月〜)
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 ポストゲノム時代を迎え、化学の立場からゲノムを追求する、いわゆるゲノム化学(Chemical Genomics)は米国では大学、企業、ベンチャーを中心に大きな展開があって、ゲノム産業の芽が少しづつ出る状況にあるが、我が国では少なくとも大学においてはゲノム化学の研究はほとんど行われていない。2020年における全世界のゲノム産業は米国のシンクタンクの試算によると、300兆といわれているが、この巨大なゲノム産業創出のためには、“物の作り出せる”化学の立場からの研究が重要なことはいうまでもない。ところがこの有様では、ゲノム産業創出に国際的に大きく遅れをとってしまう。そこでこのCRESTの研究では、最先端の有機合成化学、コンピューターケミストリー、分子生物学を駆使し、まさしく「ゲノム化学」の中核を担うよう学術的にも実用的にも意味のある成果を出すことを目標とした。具体的には、1)任意のDNA塩基配列をアルキル化するテーラーメイドのドラッグの開発、2)DNAミスマッチ認識分子のデザインと遺伝子診断のためのSNPs検出チップの開発、3)光を用いる遺伝子操作法の開発、4)特異な構造と機能をもつ人工DNAの合成と応用、5)GGスタック則などDNAのもつ本質的化学性質の解明、6)DNAを媒体とする電子移動とその制御、7)DNAナノワイヤーの開発、8)抗ガン剤アンプリファイアーの開発、などである。
 本研究は京大工学研究科・齋藤グループと東京医科歯科大生体材料工学研究科・杉山弘教授のグループが中心となって、上記の研究課題を押し進めた。DNAをめぐる量子化学的立場からの研究は三重大工・吉岡グループ、抗ガン剤の増強効果等については三重大医・川西グループとの共同研究で研究を進めた。
3−2 研究成果
3−2−1 任意のDNA塩基配列をアルキル化するテーラーメイドのドラッグの開発
 この研究は、ゲノム研究において重要な配列特異的ジーンブロッカーやDNAをターゲットとする次世代抗ガン剤の開発を目指すもので、既存の天然物やその類縁体の抗ガン剤とは全く異なるものである。これまで任意の塩基配列を特異的に認識することができる数種のDNAアルキル化剤の開発に成功しており、そのいくつかはきわめて強い抗ガン活性を示した。(特許出願) 従来より提案されているDNA2本鎖を架橋とするインターストランドクロスリンク剤は、強い複製阻害や転写阻害をもたらすので抗ガン剤として有望であるが、副作用が問題となる。そこでインターストランドクロスリンク剤に配列特異性をもたせることで、ガン細胞に対する選択毒性の向上が期待される。このチームで開発したImPyLDu86はパートナー分子が存在する時のみ2本鎖を効率よくクロスリンクさせ、またパートナー分子の配列によってクロスリンクする配列を任意に変えることができる特性を持つ。(特許出願)
3−2−2 DNAミスマッチ認識分子のデザインとSNPs検出チップの開発
 ヒト染色体遺伝子の全配列が解明され、これに伴いDNAレベルでの個人差すなわち、人の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphisms,SNPs) を迅速、簡便、安価に検出する手法の開発が、きわめて重要かつ緊急の課題となっている。ここではグアニンバルジを含むDNAの認識手法を拡張することにより、全く新しいコンセプトに基づくグアニン−グアニン(G−G)ミスマッチ塩基対認識分子の開発に世界で初めて成功した。(特許出願) 開発した分子は、グアニン塩基を認識するナフチリジンを2分子持つダイマー構造を持ち、それぞれのナフチリジンがDNAに挿入してグアニン塩基と水素結合を形成している。又、ごく最近A−Aミスマッチを特異的に認識できる分子の開発にも成功している。これらのミスマッチ認識分子をチップにつけてSPRで迅速簡便にSNPsを検出する新方法も開発した。(特許出願)
3−2−3 光を用いる遺伝子操作法の開発
 ウラシルの5位にビニル基を持つ新規に開発した核酸塩基をDNAの5’末端に導入することにより、長鎖DNAの末端同士をテンプレート存在下で光照射をトリッガーとして効率よく連絡する新手法(photoligation)を開発した。(特許出願) この方法で、環状DNA、枝分かれ(branched)DNA、DNAカテナン、DNAのcapping、DNA−PNAキメラ等、さまざまなDNAを可逆的に作りだすことが出来る。これにより、次世代で躍進が期待されるレーザー遺伝子操作法開発のための基礎が確立した。
3−2−4 特異な構造と機能をもつ人工DNAの合成と応用
 このチームではバイオテクノロジーに役立つさまざまな人工DNAも開発している。例えば、室温でも安定なZ型DNAやパラレルDNAである。天然のDNAは5’−3’が逆平行なアンチパラレルであり、特殊な配列でしかパラレルDNAは存在しなかった。通常のG−C塩基対の代わりにiG−C、iC−G塩基対を持つ人工DNAが室温でも安定なパラレルDNAを形成することを世界で初めて実証した。
3−2−5 DNAを媒体とする電子移動とその制御
 グアニンGを選択的に1電子酸化できる新規な核酸塩基CNBPUを開発し、この塩基を導入したDNAを用いて、DNAを媒体とするホール移動を実験的理論的に追求し、Gのカチオンラジカル(ホール)が飛び石づたいに移動するGホッピング機構を支持する実験結果を得た。
 この結果より電子移動の制御についても検討し、DNAに蛋白が結合すると、蛋白結合サイトのGGのみならずそれ以遠のGGも遠隔酸化が抑えられ、ホールの移動が蛋白の結合により制御出来ることが分かった。
3−2−6 DNAナノワイアーの開発
 DNAナノテクノロジーで重要とされてきたDNAナノワイアーの開発に初めて成功した。近年DNA二重鎖は電気を通すことがわかりその応用が注目されている。DNAの電気伝導性は、Gを経るホール輸送と密接に関連するが、天然のDNAの致命的な欠点は電子輸送の過程でGが酸化分解してしまう事である。そこで、グアニン(G)と同程度以上のホール輸送能を持ち、しかもホール輸送過程で全く分解されない新しい塩基BDAを開発し、真のDNAワイアーのプロトコールとなった。(特許出願)
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 齋藤教授の率いるこのチームはゲノム化学を指向し、当初はDNAの光切断等に焦点があたっていたが、その後下記のようなDNAのもつ特性を考えた化学認識法をいくつも編み出した。これらは日本では唯一で、世界的にもリードしている研究であると評価する。
4−1−1.テーラーメイド型ドラッグの開発
(1)Z.−F.Tao, I.Saito, H.Sugiyama, J.Am.Chem.Soc.,122, 1602(2000)
(2)T.Bando, H.Iida, I.Saito, H.Sugiyama, J.Am.Chem.Soc.,123,5158(2001)
  従来のインタークロスリンク抗ガン剤は効果は高いが、副作用も強く問題があった。これをDNAの配列特異性をもたせる化学修飾をすることで任意の狙った位置でのアルキル化が出来るようになった。この方法は発表以後、外国ベンチャー企業から引き合いが多い。
4−1−2.DNAミスマッチ認識
(3)K.Nakatani, S.Sando and I.Saito, “Scannig of Guanine−Guanine Mismatches
in DNA by Synthetic Ligands ” Nature Biotechnology.,19,51−55(2001)
  DNA中のミスマッチ(例えばG−Gミスマッチ、A−Aミスマッチ…)を迅速に検出する手法はSNPS分析でも待ち望まれている。この解決策として、インタークロスする化合物を発掘した。新しい概念を有し、Natureにも掲載され、新聞発表もあって引き合いが絶えない。現在韓国の企業とも接点がある。
4−1−3.その他DNAの光化学、電子移動等の研究
(4)K.Nakatani, C.Dihno and I.Saito, J.Am.Chem.Soc. 39,9681−9682 (2001)
  DNAの光連結によるナノワイヤー合成、電子移動による切断等DNAの物理化学でも顕著な成果があった。これらは今後のナノ化学の基本概念を提供しており、国内からはもちろん外国からも論文のサイテーションが数多い。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 齋藤教授のゲノム化学は国内では並びたつものがなく、全て海外との競争になる。しかしサイテーションを見てもトップクラスにあり、海外でもヒケをとらない研究レベルにある。このチームから生み出された技術は未だラボスケールではあっても将来性豊かなものと認められる。具体的な材料のあるDNAの認識化学から入って、ナノケミストリーへと移行すれば、日本発の「ポストゲノム」が陽の目を見ると考えられる。大いに期待したい。
4−3.その他の特記事項
 齋藤教授は以上のCRESTの成果をもとに事業団研究発展事業に採択された。今後はより具体的なゲノム化学で、活躍を願っている。

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This page updated on April 1, 2003
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