研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
多種類化合物群の効率的合成を指向した分子レベルでの反応開発
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者小林 修東京大学大学院薬学系研究科 教授
主たる研究参加者花田 賢太郎国立感染症研究所細胞化学部 主任研究官
 小林 進東京理科大学薬学部 教授(平成11年4月〜)
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 一度に数多くの化学物質を合成し、有用な物質を見つける効率的合成反応の開発は、現代有機化学の主要な研究課題の一つである。本プロジェクトでは種々の効率的合成法の開発を行うとともに、それらを活用する生理活性物質の効率的探索法の開発を目標としてきた。研究体制としては、東京大学大学院薬学系研究科の小林修を代表者として、国立感染症研究所の花田賢太郎博士が合成品の評価・リード化合物の提言を担当し、また、東京理科大学薬学部の小林進教授が生理活性を有する標的化合物および類縁体の全合成研究を担当した。
 ここで行ってきた研究は、大きく分類すると以下の6つになる。(1)水を反応中に積極的に取り入れる視点から有機反応全体を見直し、反応溶媒として水のみを溶媒として用いるLewis 酸触媒反応を開発することができた。(2)有用な新規触媒の開発という観点から、触媒を高分子上に固定化する新しい手法であるマイクロカプセル化という方法を提案した。(3)有効な不斉触媒として、ジルコニウムアルコキシドと様々なビナフトール誘導体からなるキラルジルコニウム錯体を開発した。(4)多種類化合物合成法の開発において、固相上での独自合成法の開発を行った。(5)以上の合成化学的手法を駆使し、生理活性天然物およびその類縁体の全合成研究を行った。(6)また合成の新たなターゲット候補となる化合物を見出すための各種アッセイ法の開発も行った。
 これらの研究は、環境調和型有機合成反応および多種類化合物群の効率的合成法を確立するための基盤となるものであり、また、今後の医薬品リード化合物探索に役立つものである。
3−2 研究成果
3−2−1 水を溶媒とする触媒反応の開発
 すでに本研究者らにより、含水有機溶媒中で有効に機能するLewis 酸触媒が見出されている。今回この触媒系を更に発展させ、水のみを溶媒とするLewis 酸触媒反応の設計を行った。その結果、Lewis 酸と界面活性剤とを組み合わせた構造を有する「Lewis 酸−界面活性剤一体型触媒(LASC)」を開発し、LASCが、水中での向山アルドール反応をはじめとする様々なLewis 酸触媒反応に有効であることを明らかにした。(特許出願) この触媒は、反応基質と水中でエマルジョンを形成し、その疎水的エマルジョン液滴が反応場として機能していると考えられる。次に、界面活性剤型BrΦnsted酸であるp−dodecylbenzenesulfonic acid (DBSA)が、水を反応溶媒として用いる脱水的エステル合成反応に有効であることを見出した。(特許出願) この反応系では、基質と界面活性型触媒とから形成される疎水性エマルジョン液滴が、水分子を液滴外へと排除する一種の脱水装置として機能していると考えられる。この反応系は、「水中での脱水」というこれまでの有機合成では一般的に困難と考えられてきた反応であり、水を溶媒として用いる有機合成反応の新たな可能性を拓くものである。
 更に、含水溶媒中での触媒的不斉反応の開発研究を行い、キラルクラウンエーテルと金属トリフラートを用いる不斉アルドール反応を開発した。(特許出願)
3−2−2 新規高分子担持型触媒の開発
 金属触媒は、有機合成において非常に有用であり、頻繁に用いられている。しかし、その中には人体や環境に対して有害であるものも多い。したがって、使用後は環境に放出しないように回収し再使用できるようにしたい。その手法として高分子のπ 配位を活用する「マイクロカプセル化法」を考案し、マイクロカプセル化スカンジウム、パラジウム、オスミウム等を開発した。(特許出願) それらを用いて触媒反応を行い、本触媒が回収・再使用可能であることを明らかにし、また、マイクロカプセル化オスミウムは、不斉ジヒドロキシル化反応にも適用可能であることを見出した。(特許出願)
3−2−3 新規キラルLewis 酸を用いる触媒的不斉反応の開発
 ジルコニウムを中心金属とするキラルLewis 酸触媒を開発し、種々の反応への応用を行ってきた。(特許出願) また、ジルコニウムアルコキシドとヨウ素置換ビナフトールから調製される新たなキラルジルコニウム錯体が、不斉アルドール反応の優れた不斉触媒となることも見出している。(特許出願)
3−2−4 多種類化合物群の合成に有効な新手法の開発
 固相反応は、ライブラリー構築のための有効な手法として注目され、実際ペプチド等の生体高分子の合成においては、既に固相法による自動合成が汎用されている。ここでは、合成容易な新規トレースレス樹脂である高分子固定化アミン(BOBA樹脂)の開発を行い、Mannich 型反応等に応用可能であることを示した。(特許出願) また、高分子固定化ヒドロキシルアミンおよび高分子固定化アシルヒドラジンを開発し、(特許出願) それらを用いる固相上での双極子環化付加反応等への応用研究も行っている。
3−2−5 生理活性物質の全合成
 中国産アジサイより単離されたfebrifugineおよびisofebrifugineは、熱帯性マラリア原虫に対して極めて強い活性を示す。今回当プロジェクトで開発された立体選択的合成法を駆使し、febrifugineおよびisofebrifugineの不斉全合成を達成し、また、不明瞭であった絶対立体配置を確定した。(特許出願)
 また真菌スフィンゴ脂質合成阻害剤 khafrefunginの相対および絶対立体配置を決定し、更に初めての全合成を達成した。(小林進チーム) さらにスフィンガニンN−アシルトランスフェラーゼを阻害することにより抗真菌活性を有する抗生物質australifunginの全合成にも成功している。
3−2−6 生理活性物質の評価法の開発
 スフィンゴ脂質はアミノアルコール構造を有する膜脂質群であり、有核生物に普遍的に存在する。近年、スフィンゴ脂質が様々な細胞機能に関わっていることが明らかになりつつあり、スフィンゴ脂質代謝の特異的阻害剤は、重要な薬理学的材料としてその開発が広く望まれいる。本研究グループでは、スフィンゴ脂質生合成の初発酵素であるセリン・パルミトイル転移酵素(SPT)を担う遺伝子群のクローニングおよび酵素自身の精製に成功した。そしてこれらの成果をもとに、SPT阻害剤の特異性を生きた細胞内で評価する系を開発した。(特許出願)
 また効率的多種類化合物群合成の新たなターゲット候補となるプロトタイプ化合物を見出すために、スフィンゴ脂質の細胞内輸送活性を測定するアッセイ法を開発した。(花田チーム)(特許出願) これにより、スフィンゴミエリン生合成を阻害する新規化合物を、効率的多種類化合物群合成によって得られた化合物の中から見出した。この化合物は、酵素阻害ではなく細胞内輸送を阻害することによりスフィンゴミエリン生合成を阻害する、世界で初めての化合物である。
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況

小林教授が提案した多種類の化合物の効率的合成法は特に以下の3点について画期的な成果を挙げた。

4−1−1.水を溶媒とする有機反応
(1)K.Manabe, Y.Mori, T.Wakabayashi, S.Nagayama, S.Kobayashi,
J.Am.Chem.Soc.122,7202(2000)
  水の中でより安定に機能するルイス酸触媒として界面活性剤と組み合わせ、エマルジョン液滴の中を反応場とする方法を編み出した。特許はすでにライセンスされ活用されている。
(2)K.Manabe, X.−M.Sun, S.Kobayashi, J.Am.Chem.Soc.123, 10101(2001)
  上記方法を展開して、界面活性剤のみを用いるエステル化反応(水中での脱水反応)も発見した。応用範囲も広く、世界的にも大きな注目を浴びている。
4−1−2.高分子担持型触媒
(3)R.Akiyama, S.Kobayashi, Angew.Chem., Int.Ed.40, 3469(2001)
(4)S.Kobayashi, T.Ishida, R.Akiyama, Org.Lett.3,2649(2001)
  高分子のπ配位を活用するマイクロカプセル化法の発掘で活性及びライフを充分に保証する。この方法も数件の特許はすでにライセンスされ、試料は市場に出ている。
4−1−3.多種類化合物群の合成手法
(5)S.Kobayashi, Y.Aoki, Tetrahedron Lett. 39, 7345(1998)
  ペプチド合成ですでに汎用されている固相反応を有機合成へ応用したもの。この方法を用いてスフィンゴミエリン生合成阻害剤を世界で初めて見出したことは特筆ものである。(以下の論文)
(6)S.Yasuda, H.Kitagawa, M.Ueno, H.Ishitani, M.Fukazawa, M.Nishijima,
S.Kobayashi, K.Hanada, J.Biol.chem.276, 43994(2001)
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 このグループで開発された(1)水中での有機合成手法、(2)マイクロカプセル型触媒、(3)Zrを用いる新規不斉合成法、(4)有機合成ライブラリー構築、(5)これらの手法を用いた各種生理活性物質の全合成、などどの方法をとりあげても学問的にも産業的にもレベルの高いものであり、すでに実用化も始まっている。これらの方法は日本国内はもちろん外国へも多数特許出願されており、経済性が確立されれば、インパクトの大きい技術として今以上に注目を集めることとなろう。
4−3.その他の特記事項
 小林教授はこのCRESTの成果をもとに事業団研究発展事業に採択された。今まで得られた手法をさらに磨きをかけ、有用生理活性物質の効率的合成などに挑戦しつづけてもらいたい。

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