研究課題別事後評価結果

1.研究課題名
ダイヤモンド−有機分子の化学結合形成機構と制御
2.研究代表者名及び主たる研究参加者名(研究機関名・職名は研究参加期間終了時点)
研究代表者安藤 寿浩物質・材料研究機構 物質研究所 主任研究官
主たる研究参加者鈴木 俊光関西大学工学部 教授
 古知 政勝静岡理工科大学工学部 教授
 和田 昭英東京工業大学資源化学研究所 助教授
 楠 勲東北大学多元物質科学研究所 教授
 並木 章九州工業大学工学部 教授
 沖野不二雄信州大学繊維学部 助教授
3.研究内容及び成果
3−1 研究の基本構想と展開
 本研究の構想は、本来は無機結晶的であるダイヤモンド表面を微視的、化学的には有機化合物類似の系であるととらえ、ダイヤモンド表面の有機化学修飾、化学吸着状態と固体の電子状態との関連、また表面の化学反応性などを明らかにしていくことにある。本研究を進めることによって、ダイヤモンドと有機分子が直接結合した新しい材料系の設計や安定な極微細構造を持つ素子作製技術への展開などが初めて可能となる。
 通常ダイヤモンド表面の炭素原子は、水素あるいは酸素などの異元素によって終端されている。この終端構造は、有機化学の官能基のごとく様々な化学構造が存在し、この表面の化学吸着状態によってダイヤモンド結晶の表面物性(例えば、電子親和性、表面電導性、表面電位、仕事関数といった物性値)にも様々な変化が認められる。そこで種々の分子との化学結合による表面化学吸着状態の制御を試みた。次にダイヤモンド表面(特に酸化ダイヤモンド表面)上での触媒活性について検討し、ある種の金属が酸化ダイヤモンド表面との弱い相互作用によって特異な触媒活性を示すことを明らかにした。また、これらダイヤモンド表面での反応を応用することにより、気相中あるいは液相中で、ダイヤモンド表面へのカーボン・ナノチューブ、ナノウィスカー等炭素ナノ材料の開発へと展開した。
 このプロジェクトを実施するにあたり(1)クリーンな表面を持つダイヤモンドを準備し、(2)それらの表面特性を調べ、(3)次にその特性を活用した機能を案出し、(4)そして新しい材料を創る、ことが目標となる。そのため、物質・材料研究機構 物質研究所(旧無機材質研究所)安藤寿浩をリーダーとし(材料合成)、東北大学多元研(旧科測研)楠勲教授、九州工大並木章教授、東京工大和田昭英助教授(以上表面特性)、静岡理工大古知政勝教授、関西大鈴木俊光教授、信州大沖野不二雄助教授(以上機能案出)をそれぞれが担当することで進めた。
3−2 研究成果
3−2−1 半導体ダイヤモンド単結晶(001)の調製
 この研究を進める第一条件として原子レベルで制御された良質ダイヤモンド半導体結晶の合成が必要である。ダイヤモンドの気相合成におよぼす不純物の影響と結晶中への取り込みを詳細に調べることにより、原子レベルでより制御されたBドープ型半導体ダイヤモンド表面の調整が可能となった。微量B2H6が与える成長表面形態への影響を原子間力顕微鏡により調べ、表面平坦化と結晶性との関連を明らかにした。ダイヤモンド微粒子によって精密研磨された(001)面は約10nm 程度の凹凸を有しているが、水素プラズマによる表面のエッチングによって凹凸が削られ、表面が平坦化してくる。この平坦化は表面の温度が800℃、30分の反応による場合で、3〜4nm 程度となる。次にほぼ同じ放電条件、表面温度におけるプラズマCVD成長をさせると結晶表面はさらに平坦化し、1000×1000nm2内での高低差が1〜2nm程度となる。そしてCVD反応系にB2H6を数ppm 添加したBドープしたダイヤモンド結晶ではさらに平坦化される。表面がより平坦になる成長条件ではバルクの結晶性も高くなり、良質な表面を作成する条件が見つかった。またダイヤモンド表面に対するS(硫黄)の表面反応の研究の結果から、Sが気相成長に及ぼす影響を予測し、S添加による良質ダイヤモンド結晶の成長も可能となった。この結果、n型の半導体特性を示すダイヤモンドの合成が可能となった。(特許出願)
3−2−2 ダイヤモンド表面の化学吸着による表面物性の制御に関する研究
 ダイヤモンド表面に現れる特異な現象である負性電子親和状態と表面伝導現象について、ダイヤモンド表面に化学吸着する水素原子の吸着構造および水素脱離、酸素付加との関係について明らかにした。水素吸着表面では、ダイヤモンド(001)面では一水素吸着状態にあり、2×1の超構造を取っており電気伝導性を示すとともに、負の電子親和性を示す。それが酸化の進行に伴い表面原子の周期性は1×1に変化し、仕事関数の変化とともに正の電子親和性を示すようになる。
 このように表面第一層の化学吸着原子によって表面物性が大きく異なることは、表面の化学吸着種の制御によりこれらの表面物性を簡単に制御出来ることを示しており、半導体特性の向上に途が拓けた。
3−2−3 酸化ダイヤモンドを触媒に用いるエタンと二酸化炭素からアセトアルデヒドの生成
 ダイヤモンド表面の表面吸着種による物性変化を利用し、酸化ダイヤモンドを金属触媒の 担体として用いる触媒反応を試みた。(特許出願) 酸化ダイヤモンド表面に金属元素を担持することによって金属の酸化状態を金属状態と金属酸化物状態の中間に制御でき、ある種の触媒反応に対して、これまでにない反応活性を発現できたり、あるいは触媒反応の反応機構の理解にもつながってきた。エタンと炭酸ガスよりアセトアルデヒドを生成する新反応を検討したところ、バナジウム酸化物の担体として14族に属する酸化物が触媒活性を示した。中でも酸化ダイヤモンドは最も優れた性能を示した。(特許出願)
3−2−4 三フッ化ホウ素を用いたホウ素添加半導体ダイヤモンドの合成及びその電極特性
 CVD法によるホウ素添加半導体ダイヤモンドの合成において、ホウ素源とハロゲン源を兼ねるものとして三フッ化ホウ素(BF3)を用いて、ダイヤモンド薄膜の合成を行った。ダイヤモンド薄膜は、一般的に化学的に非常に安定であることから、苛酷な環境でも耐えうる電極材料として期待されている。電解フッ素化用の電極としての応用を見るため半導体ダイヤモンド薄膜の電極特性を調べた。その結果ダイヤモンド電極を用いることでジフルオロベンゼンの選択的電解フッ素化が起きていることがわかった。(特許出願)
3−2−5 液相法による配向性カーボンナノチューブの合成
 カーボンナノチューブは電子放出、半導体、触媒担体等への応用で注目されている物質系である。これまでその製法はすべて、真空、あるいは気相法によるものであったが、当グループでは、アルコールをはじめとする各種有機溶液中での高速合成法を開発した。使用する基板への触媒添加、反応条件の制御により、基板に対してほぼ垂直方向に高配向したナノチューブ束の合成が可能となった。(特許出願) メタノール中でダイヤモンド表面に触媒金属(Fe)を微量蒸着した試料を通電加熱することにより、加熱温度を700〜900℃にすると、炭素ナノチューブが短時間で大量に得られる。この方法では高温の基板表面から液相へ向けて温度勾配が非常に急峻なため、化学ポテンシャル、過飽和度の変化が大きく、非平衡状態が高いため、容易にナノチューブが成長するものと考えられる。様々な有機化合物を原料にできるので、種々の新規炭素系物質の創出が可能である。(特許出願)
4.事後評価結果
4−1.外部発表(論文、口頭発表等)、特許、研究を通じての新たな知見の取得等の研究成果の状況
 安藤チームではダイヤモンド表面の特性をさまざまな角度(合成面から、また表面科学的に)で検討し、そこから新しい機能の創出をはかった。プロジェクト最終年における液相法カーボンナノチューブ合成法の発見は、その斬新性や経済面から評価が高い。以下いくつかの成果についてふれる、
4−1−1 ダイヤモンド単結晶表面の調製
(1)蒲生西谷美香、高見知秀、中川清晴、竹内貞雄、安藤寿浩、“気相成長によるダイヤモンド単結晶表面の調製” 表面技術52、827−832(2001)
(2)I.Sakaguchi, M.N.−Gamo, E.Yasu, H.Haneda, T.Suzuki, and T.Ando, Physical Review B60, R2139(1999)
 CVD法による単結晶表面の調製でSをドープすることでn型半導性を示す高品質の薄膜が得られた。従来の型ダイヤモンドと合わせてP−Nジャンクションの形成が容易となり、半導体・電子業界で注目されている。
4−1−2 酸化ダイヤモンドを担体とする炭化水素変換反応
(3) K.Nakagawa, C.Kajita, N.Ikenaga, T.Kobayashi, M.N.−Gamo, T.Ando, and T.Suzuki, Chemistry Letters, 2000, 1100−1101(2000)
 高温における炭化水素の変換は生成物のバラツキ、選択性が問題であったが、酸化ダイヤモンドでは選択率が向上した。今後石油化学の一つの目玉になる可能性がある。
4−1−3 液相法カーボンナノチューブ合成
(4) Y.F.Zhang, M.N.−Gamo, C.Y.Xiao, and T.Ando, Jpn. J.Appl.Phys., in press
(5) Y.F.Zhang, M.N.−Gamo, C.Y.Xiao, and T.Ando, Physica B., in press
 カーボンナノチューブは日本が生み出したハイテク素材である。ところが従来の気相法合成では生産性が上がらなかった。今回の方式だと液相なので低温、高密度で合成が可能となり、スケールアップはこれからであるが、生産性、品質の高さは充分期待できる。
 *これらの成果は全て特許出願を完了している。
4−2.得られた研究成果の科学技術への貢献
 安藤チームから得られた成果は、丁寧な実験に支えられ、表面科学特性がクリアーとなり、ダイヤモンド化学の進展に大きく寄与した。なかでも液相法カーボンナノチューブの合成は液相、低温、常圧条件でよく従来の方法とはエネルギーコスト的に圧倒的に優位に立つので、今後の開発が待たれる。特に興味があるのは基盤材料や反応条件を変えれば、生成する材料も形態も変化することで、新しいカーボンナノチューブ化学が生まれるきっかけともなっている。この方法は国内、海外とも特許出願をしており、夢の多い技術になることが予想される。
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